『落花生帝国戦記』もしくは『落花生を育ててみたよ』
一作で二通りの読み方ができます。
【ルビなし】『落花生帝国戦記』
緑に覆われたこの国では、黄色い花の下、地中に命が育まれる。
新たな命の誕生を見守るコイケの国を守る戦いの記録。
【ルビあり】『落花生を育ててみたよ』
落花生の種をもらったので植えてみた。
園芸素人コイケの落花生を守る戦いの記録。
ルビがとても多いので画面が混み合いますがご了承ください。
ムシも出ます。苦手な方はご注意ください。
広がる緑の葉が風に吹かれていた。四枚ずつの丸い葉が所狭しと伸び、その付け根からはきれいに二つ折りに束ねられた新たな葉が顔を覗かせる。生い茂る緑の下、隠れるような黄色の点。
平和そのもののこの国。今は花の季節を迎え、あちこちに小さな黄色い花が咲いていた。
花は命が宿る目印。ここから地面へと伸びる管の先、新たな命が育まれる。
雨の降らぬ地ではあるが、幸い地を潤すだけの水はある。青々と広がる葉は更に増え、太陽と水の恵みを地中に蓄えていくのだろう。
――渡る風にさわりと揺れる葉を眺める者がいた。
こうして穏やかな日々が続き、やがて命の誕生を迎えるのだと。なんの確証もないのにコイケは信じ込んでいた。
思えばこの頃には既に予兆があったのかもしれない。
表面上の平和に浸り、疑うことも、備えることも怠った。
コイケが己の浅慮を知るのはその暫くあとのこと。
目にした光景に、コイケは呆然と立ち尽くすしかなかった。
国を見渡す鉄塔のいくつかに、見慣れぬ兵がうろついている。
見逃すにはあまりに膨大な数。なぜ今まで気付かなかったのかと思いながら、コイケは急いで周囲を確認する。
死角にはいくつも拠点が作られ、そこら中を兵たちが忙しなく行き交っていた。
ぞわりと背筋を這い上がる悪寒。
この光景の末路をコイケは知っていた。
この国が興る二年前。同じこの場にあった国が新たな命の誕生の前に壊滅に追い込まれた。
為す術もなく失われていった緑。
それが今、ここに再現されようとしている。
襲い来る兵たち。既にこれだけ蔓延る中では、できることなどたかが知れてはいたが。
それでもコイケに残された道は、戦うことだけだった。
まずは武力行使。鉄塔にうろつく敵を排除し、目についた拠点をすべて片付ける。
たとえ虐殺と言われようとも。コイケにも守るべきものがあった。
文献で、有効だという手立てをいくつか調べ上げた。薬物兵器を使わないとなると、取り得る方法は三つ。
黒弾、酸弾、そして白弾。たとえ一気に七割を排除できるとしても、後の汚染を考えると白弾は使いたくない。武器庫に眠っていた銃に、まずは黒弾を込め、コイケは再び戦いへと赴いた。
比べた結果、酸弾の使用を決めたコイケ。一日三度、物陰にも気を配りながら駆逐を続ける。
たとえその時目に映る敵すべてを倒しても、暫くするとまたうろつき始める兵たち。永遠に続くのではないかと思われた攻防戦だが、数日経つと様子が変わってきた。
明らかに敵の数が減り、残る兵も幼兵のみ。殲滅は難しくともこのまま優位を保てれば、なんとか地中の命が育つまで耐えられるかもしれない。
殺伐とした心にそんな希望が灯る。
このままいけば――。
そう思いながらも気を抜かず、コイケは銃を手に毎日欠かさず見回りを続けた。
――しかし、現実はそれほど甘くはない。
兵にやられ、鮮やかな緑色を失いつつある葉の上に、今までの兵たちとは違う格好の兵の姿。
第二勢力が現れた。
第二勢力を確認しても、コイケのすることは変わらない。
日々酸弾にて敵を屠っていくのみだ。
終わりなき戦いも、日々を追うごとにまた楽にはなってきた。第二勢力も数を減らし、今度こそと思っていたコイケを嘲笑うかのように。
第三の、そして第四の兵たちが襲い来た。
埒が明かない。
そう思ったコイケは再び文献を紐解き、ふたつの追加手段を取ることにした。
ひとつは国の片隅に眠っていた燻弾。既に蔓延る敵には効果はないが、これ以上新手を寄せ付けないための牽制にはなるかもしれない。
そしてもうひとつ、油弾の使用。
白弾と同等の効果があるといわれる油弾。汚染もなく敵を葬ることができるならこれ以上のことはない。
そう判断して、コイケは銃に油弾を装填した。
敵に荒らされ、褪せた緑が目立つようになったこの国。
これでこの戦いに終止符を打つことができればと。
そう願いながら、引き金を引いた。
数日後、コイケは言葉も出ずに立ち尽くしていた。
油弾の効果は覿面だった。
あの日以来どの兵も見ていない。しかし、奴らが去ったのは油弾を恐れたのではなく――。
油が染み込みじっとりと重みを増したように見える黒ずんだ葉は、葉先から茶色く枯れ始めている。芽吹きかけていた新たな葉も先が黒く変色していた。
――ここにもう、その価値がないからではないのか。
軽やかに風に揺られていた葉は、今やベタベタと重く垂れ下がり茎ごと沈む。
鮮やかな緑が風と遊ぶ、かつての風景はもうここにはなく。
広がるのはただ、油にまみれた無惨な光景。
それでも諦めることができずに、コイケは毎日銃を手に見回りを続けた。
これすらやめてしまうと、もう本当に滅びてしまうような気がして。
縋るように、行動だけでも以前通りを貫く。
愚かな行為だとわかっていた。
それでも、やめることができなかった。
日増しに枯れた部分は広がり、一枚、また一枚と葉を落とすようになった。根元が見えないくらいに茂っていた頃が嘘のように、殺伐とした光景が広がる。
変わり果てた国の姿に、コイケは嘆きを呑み込みただただ身体を動かした。
自分の選んだ選択は間違っていたのだろうか。否、あのままでもいずれはあの兵に蹂躙され、同じような末路を辿っていたに違いない。
だから仕方なかったのだと、言い聞かせてはそれでもと思う。
繰り返す自問自答。
虚しさを胸に、それでもコイケは銃を携え変わらぬ日々を送る。
僅かに残る緑が潰えるまで。
すべての希望が失われるまで。
この地の下に、命が育まれていると信じて――。
出口のない迷路を進むように。同じ問いを投げかけてはわからぬ答えを模索する日々が続いた。
風に吹かれるとカサカサと鳴る、乾ききった葉。
緑に溢れたあの頃の景色はここにはない。
己の慢心が招いた現状でも、今更コイケに償う手立てはなく。
ただの自己満足でしかない見回りを重ねていく。
こんな状況で、果たして地の下の命は無事なのだろうか。
もうとっくに失われているのではないのか。
そんな不安を抱き始めた時だった。
それはほんの小さな兆し。
すっかり茶色く枯れた葉しかない茎、その途中、僅かに見えた薄い緑。
場違いなほど色鮮やかなそれを目にし、コイケは息を呑む。
落ち続ける葉。黒ずみ垂れ下がる茎。
朽ちるのを待つだけのその中に、小さな命の輝きがあった。
滅びゆく運命に抗い続けたその答えだというわけではないとわかってはいたが。
それでも、まだ淡く頼りない、しかし若々しい生気を帯びるその芽に。コイケは片隅に押しやっていた希望を再び取り戻す。
やがて若芽が小さな葉を広げる頃には、まだかろうじて暗い緑の残る先端にも新たな葉が顔を出し始めた。
折り畳まれた葉は次第に開き、若い緑を太陽に向ける。
吹く風に、さわりと柔らかく揺れる葉。
長らくここにはなかったその光景を再び目にすることができたコイケは、銃を握りしめて誓う。
たとえあと僅かの間だとしても。
今度こそ、この希望を守り抜くことを――。
そして、ついにその日はやってきた。
ずっと心の支えとしてきた銃を置き、コイケは国を見つめる。
あれ以来伏せがちの茎には、数は心許ないながらも生き生きとした緑の葉。
あの絶望を乗り越えた、希望の証が揺れていた。
この地の下に宿っているはずの命があることを信じて。もう場所を示す花はないが、残された命を繋ぐ管を辿り土を掘る。
思い出す戦いの日々。手に掛けた命の数を誇るつもりは毛頭ない。
自分も、そして相手も。命を繋ぐために必死だった。ただそれだけのこと。
――果たしてこの先に本当に命が生まれているのだろうか。自分は守り切ることができたのだろうか。
過ぎる不安を振り払うように、一心に手を動かす。
やがて管の先にある小さな塊に手が触れた。丁寧に取り出し、土を払う。
現れたのは命が眠る硬い殻。表面にはあの惑う日々を映し出すかのような迷路模様が刻まれている。
殻の中の命は大抵ふたつであるが、おそらくこれはひとつだろう。
小さく細いその姿はあまりにも頼りない。しかしそれでも、あの苦難の乗り越えこうして生まれてくれたのだ。
無事に生まれてくれたことへの喜びを胸に、また新たな場所を掘っていく。
ひとつ、またひとつと。土の中から現れる命の殻。
今、すべての苦労が報われるのを感じながら。
コイケはひとつずつ、その喜びを掘り出した。
最後までお読みくださりありがとうございます。
かなりルビが煩い作品、読みにくくなかったでしょうか。
ルビなし、ルビあり、どちらも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
なんてことない日常も、こうして物語となり得るのかもしれませんね。




