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八話

「は――、はっ。承知いたしました!」


 流れるように言葉を向けられ、指示をされた侍従は思い切り戸惑った声を出してから慌てて承諾の返事をした。

 ユラフィオからまともな命令を与えられたのが、もしかしたら初めてだったのかもしれない。


「よ、良いのですか」

「そうだね、ミトスは忙しそうだから気は引けるが。話ぐらいはしてくれるだろう」

「そ、そうではなくて」


 帝国との関係が悪く、国境には常に不穏な気配が漂うヴィージールだ。軍はとにかく忙しい。

 未来の近衛騎士団長と目されているミトスは、実際の階級以上に仕事が多いだろう。


 しかしどれだけ多忙であろうと、王からの命令を断る理由にはならない。


 ゆえにエメラダがうろたえたのは、ミトスの都合に対してではない。ユラフィオがエメラダの言葉をそのまま受け入れた方にだ。


(いえ、こちらの要求を言われたままに通すのはいっそいつも通りのはずなのだけど……)


 だがなぜだろう。いつもとは違う気がする。

 しばし考えて答えに辿り着いた。


(丸投げじゃないからだわ!)


 常のユラフィオならば、ではミトスとエメラダで話してくれと場所を用意するだけだろう。しかし今日は自分も存在する執務室で、話し合いに参加する事を前提とした物言いだった。


(喜ぶべきなのかしら……)


 気付くと微妙な気持ちになる。

 これまでのやる気のなさをまた思い知らされて、悲しくなる気持ちとどちらが上か。判断し難い。


「さて。では私たちも執務室に行くとしようか。呼んでおいて待たせては、ミトスも怒ってしまうだろうしね」

「余程でない限り、怒ったりはしないと思いますが……」


 きっと伝令を受け取ったミトスも戸惑っているだろう。


 食事を終えて、エメラダはユラフィオと共に執務室へと向かう。手を引いて連行するのではなく、後ろに付いて歩いているのが何とも不思議な気分だ。


 そうしてエメラダとユラフィオが執務室に付いて間もなく。伝言を受けてすぐに来たに違いないというぐらいの時間でミトスが姿を見せた。


「陛下。お呼びと伺い参じました」

「うん、よく来てくれたね。忙しくしている所にすまない」


 短く整えた緑髪と、紺碧の瞳。今年二十二を数えるミトスの精悍な顔立ちと均整の取れた体躯は、王の側に侍る近衛騎士として絵に描いたように様になる。

 真っ直ぐにユラフィオへと向けられた眼差しは、感情を差し挟まない気真面目そのもの。


「問題ありません。陛下のご下命とあれば、多くの物事より優先されるのは当然です」

(全て、と言わない辺りがミトス殿の正直な所よね)


 ユラフィオよりも優先するものがあると、隠さないのだ。


 ミトスの言は間違っていない。王もまた、国を維持するための役職に過ぎないのだから。

 国のためにならば犠牲になる事もある。


 とは言え王も一人の人間。己が犠牲になる事を、真の意味で受け入れられる者は少ない。


 だがミトスは役割に準じたそれを、平然と求めてくる人間だ。彼自身も同様である。その正直さ、真っ直ぐさがミトスの危うい所だ。


 人間は、理屈の正しさのみで生きている訳ではないのだから。


「では、私が呼ばれた理由をお聞かせいただけますか」

「ミトスは、最近我が国で起こっているという異変に心当たりはないかな?」


 何ともぼんやりとした聞き方だ。エメラダが話していないので、把握していないユラフィオのする質問としては仕方がないだろうが。


「我が国で起こっている異変、ですか」


 ユラフィオの問いをそのまま繰り返して、ミトスは困った顔をする。


「税収の落ち込みについてでしょうか。それとも脱国者が増えている件か、もしくは陛下を暗殺しようという不届き者の活動が活発になっていることですか?」

「いや、その辺りは報告を聞いているよ」


 どれも大事のはずだが、ユラフィオの声にも態度にも変化はない。大方の者が『事態の大きさを理解していない』と呆れた息を付く原因でもある。


 しかし改めて考えてみれば、どれだけ理解が浅かろうとも大変な問題であることぐらいは分かるのではないか。


(理解はしているけれど、重大だとは捉えていない……なんて、まさかね)


 それならそれで、今度は感性が大問題だ。


「その他に、ですか? ――私にお訊ねになったということは、陛下には気掛かりがおありなのでしょう。まずはそちらをお聞かせいただけますか」


 どうやら、細かく数え上げればきりがないと踏んだようだ。


 問題が山積みの国内に、エメラダはまた頭が痛くなる。だが強引に頭痛は押しやって、ユラフィオとミトスのやり取りのみに意識を向けた。


「実は私も良くは分からないのだけど。エメラダ、ミトスに話をしてくれないか?」

「エメラダ様?」


 ユラフィオからエメラダに顔を向けたミトスの表情は、納得したものになっていた。


 主動がエメラダであったことに対してだろう。やはりユラフィオから呼ばれたのを不思議に感じていたようだ。


「先程の、アルベルト殿とのやり取りをわたしも見たの」

「そうでしたか」


 やや緊張しつつエメラダが告げると、ミトスは事もなげにうなずいた。


「エメラダ様が察されている通りかと思いますが、ご報告しておきましょう。アルベルトは帝国と密通している可能性があります」

「帝国と……!?」


 良からぬことだろうとは思っていた。しかし明確な画策を想像していたわけではない。

 ミトスに言われて事態の形が明確になって、エメラダは初めて気付かされた。


「証拠はありません。しかし近いうちにご報告に上がることができたかと思います」


 現段階では疑いでしかない。だから報告はしていなかったという、自分の擁護も兼ねた主張だ。


「なぜ、伯爵ともあろう者が密通など……。帝国に亡命でもしようというの?」


 ユラフィオの不甲斐なさを責めるのは脇に置いておいて、アルベルトの立場から考えてみる。


 アルベルトはヴィージールで相当好き勝手な行いをしているのだ。主に金銭面で。

 それは伯爵という地位を持ち、政治に参加できる権利を持つヴィージールでのみ吸える旨味。


(今すぐにでも爵位剥奪したいけど! そうすれば欲望のままに好き勝手なんてできなくなるから!)


 憤りはあるが、実現は難しい。

 アルベルトが好き勝手出来るのは、爵位があるだけでなく仲間もいるからだ。その仲間たちが彼を庇う。


 だからこそ、だ。

 ヴィージールを裏切って帝国に寝返ったところで、今より厚遇されるとは思い難い。


「陛下。動かぬ証拠を揃えてから申し上げるつもりでしたが、良い機会です。この場で提案させていただきます」

「何かな?」

「アルベルト・ポイドンを処刑するべきです」


 微塵も感情を動かさず、ミトスは当然の刑を求める口調できっぱりと言った。


「――」


 もしも密通、国への裏切りが真実であれば、重罪だ。国庫から金を掠め取るのも重罪だが、それさえ些細と言えてしまう程、犯した罪の大きさが違う。

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