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七話

(どうか、陛下が逃げていませんようにっ)


 新たな心配の種が出来上がった今、程度の低い――個人のいい加減さによる心労で、無駄な時間を取られたくない。


 やや足を速めてユラフィオの私室に到着。扉を護る近衛騎士二人が、エメラダを見て敬礼をする。


「ご苦労様。陛下はいらっしゃるかしら」

「はッ。この扉から出られてはおりません」

「しばらく前に侍従の方が入って行かれましたので、今頃は身支度も終えているのではないかと思われます」


 もし部屋から脱出していれば、侍従が黙ってはいまい。どうやらしっかり中にいる間に来ることができたようだ。


「ありがとう。では、通してもらうわね」

「はッ」


 騎士の一人が扉を開けて、エメラダのための道を開ける。二人の間を通り抜けて、私室へと通じる控えの間に入った。


「これは、エメラダ様」

「陛下を迎えに上がったわ。待たせてもらって良いかしら」

「すぐに陛下にお伝えしてまいります」


 扉の前で待機していた取り次ぎ役の侍従が、部屋の中へと入っていく。その背を見送り、エメラダはソファに腰掛けた。


 ややあって再び扉が開き、侍従と共にユラフィオが姿を見せる。


「やあ、エメラダ。おはよう」

「おはようございます。ご機嫌麗しく、陛下」

「うん。私は今日も健やかに眠り、起きることが出来たよ」

(……あら?)


 逃げないようにと警戒して、今日のエメラダは朝の早い時間にこうしてユラフィオの元へと突撃してきたわけだが。

 意外にも、ユラフィオに寝ぼけた様子はない。


(朝も遅いのではと思い込んでいたけど、勝手な想像だったのね)


 生活習慣はしっかりしているのかもしれない。


「ところで、今日は随分早いようだが。どうかしたのかな?」

「それは、陛下を迎えに……」


 答えかけて、エメラダは途中で言い淀んでしまった。

 いつもはしないことをしているのだ。逃げ出すのを疑っていましたと白状するも同然な気がした。


 ――気まずい。


 仕事を放り出す疑いが持たれる、ユラフィオの普段の行いが問題なのだ。

 その主張も間違っていないと思いつつ、気まずさは消えない。ユラフィオが逃げる素振りもなく、こうして部屋にいたからだろうか。


 そもそも自分の行動の意図をユラフィオが気にする可能性を、エメラダは想定していなかった。

 なのに顔を見て、今更うろたえてしまっている。


 エメラダは内心、相当慌てふためいていたわけだが。対するユラフィオはいつも通りに、穏やかだが覇気のない微笑みを浮かべただけだった。


「それは、ご苦労だったね。では一緒に行こうか。ああ、先に食事がいいな」

「は、はい」


 逃げられる前に身柄を確保する事ばかりに意識が行っていたので、朝食の事は二の次になっていた。

 ユラフィオの行動には規則性もないので、食事の時間すら合わないことが多い。


 共に食事をとる事を諦めてから、大分経つ。

 並んで食堂へ向かいながら、思う。


(顔を見て共に食事をするのは、何日振りかしら)


 王と王妃という関係上、よろしくない気がする。

 分かっているがどうしようもない。


 以前から変わらない件に落ち込むよりもと、新たに浮上した問題の方を訊ねてみることにした。


「あの、陛下」

「うん、何かな」

「近頃、陛下の周りで変わったことはありませんか?」


 衛兵を追って行った近衛騎士の姿を思い出しつつ、問い掛ける。


 アルベルトはともかく、ミトスは真面目だ。ユラフィオを軽視していたとしても、職務は重んじるだろう。


 形式として報告を上げているかもしれないと考えたのだ。


「私の周り? うーん」


 訊ねれば、一応考えてはくれるのだ。

 真剣みはあまり感じられないのんびりとした様子で首を捻って。


「思い当たらないなあ」


 ……実のある答えは返ってこない訳だが。


「そうですか……」


 エメラダも本気で期待して聞いたのではなかった。それでも多少は落胆しつつ、ユラフィオの答えを受け入れる。


 ここまでは、内容は違ってもいつも通りだと言えた。

 憂いたエメラダの様子に、ユラフィオは再び首を傾げる。


「私に聞いたということは、エメラダの周りでは気になる変化があったのかい?」

「えっ」


 訊ね返されて、エメラダは驚いた。思わず顔を跳ね上げてしまった程だ。

 その動きで自分がいつの間にかうつ向いてしまっていたのを自覚する。心の内でこっそりと反省した。


「うん?」


 エメラダの驚愕の眼差しを、ユラフィオは不思議そうに見つめ返す。


 驚いた部分に関しては、疑問に思わないでほしかった。何しろユラフィオがこちらからの問いかけ以上に話を発展させたことなど、これまでなかったのだから。


 しかし勿論、そんな無礼な考えを口にできるはずもなく。


「い、いえ。特に、何も……」


 反射的に誤魔化しつつ、問われた内容への答えを紡ぐ。

 しかしそれも言葉にしている途中で弱くなり、ついには止まってしまった。


 正確な所は分からない。しかし『何かが起こっている』危惧を間違いなくしているのに、誤魔化そうとしている。

 自分の不誠実さに気が付いたのだ。


 エメラダが欲しい回答は、きっと返ってこないだろう。それどころか、どこかでうっかり口を滑らせて余計な混乱を招くかもしれない。


 それでも、報告はしっかりするべきだった。


(わたし、ポイドン伯爵と同じことをしようとしている)


 気付けて良かったと安堵する。


「エメラダ?」

「――わたしの周りでではありませんが、不審な動きをしている者がいます」

「……おや」


 ユラフィオは僅かに驚いた声を出した。相変わらず間延びはしていたが。


 それが不審な動きをしている者に対してなのか、エメラダが話を打ち明けたことに対してかは――判断が付かない。


「不審とはどのような?」

「憶測で口にするのは、相手にも申し訳なく思います。……できればミトス殿も交えて話したいのです」

「分かった。エメラダが言うのならば、話を聞いてみよう。君、すまないが、ミトスに私の執務室に来るようにと伝えてもらえるかな」

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