四話
(宴会よりはマシだけど)
不要な出費には違いない。
国王が休憩中に嗜む菓子を『出費』と考えなくてはならない経済状況に、エメラダはまた気持ちが重くなる。
だが仕方ない。とにかく戦費がかさむのだ。銅貨一枚でも節約したい。
だからこそ、気に掛かった。
「陛下はよくお茶もお酒もお菓子もお食事も楽しまれていますけれど。お好みの銘柄などもあるのですか?」
あんまりな高級品ばかりが列挙されたらどうしよう、と恐々としながら訊ねてみる。
そのエメラダへ、ユラフィオは微笑んだまま首を横に振る。
「いいや。拘りはないんだ。私の味覚はそう優れてもいないしね。何となく気になった物を指示しているだけだよ」
「そ、そうですか」
やたらめったらに高級品を買い漁っている、という訳ではないらしい。一安心だ。
そこに先程の侍女がワゴンを押して戻って来た。
カップに色鮮やかな紅茶が注がれ、隣には焼き菓子が添えられる。飾り気はまったくない。素朴と表現するのが相応しいクッキーだ。
載せられた皿の精緻な柄と相まって、ますます貧相に見える。
「失礼いたします」
役目を終えると、侍女は一礼して空になったワゴンと共に退出した。
「では、いただこうか」
「はい」
紅茶を一口、口に含む。……普通だ。若干、香りが乏しいような気さえする。
続いてクッキーを味わってみる。……やはり普通だ。見た目通りの素朴な味わい。
外に飾り気がない分、中が凝っているのではとも思ったがそんな事もなかった。
(美味しくないとまでは言わないけれど)
あらゆる味が物足りない。もう一工夫欲しい所だ。
(これは、そう。価格を抑えるために、本来ならばあった方がいい素材までも減らしてしまったというような……)
安価な価格を実現させるための、庶民の間で流通する菓子。そんな印象だった。
しかも材料だけの問題ではない。技術もあまり高くなさそうだ。焼き色に随分と差がある。
「あの、陛下。これは……?」
「町で評判だという店の物だ。どうだろうか?」
「……あの。本当に?」
確認せずにはいられない。
食べる分には問題ないが、評判になるような味ではあるまい。
「そのはずだけれど、なぜだい?」
提供した側のユラフィオは、味も見た目も気にならない様子でクッキーを口に運んでいる。
「陛下。失礼ながら、こちらは評判になるような品とは思えません。誰が陛下にそのような事を言ったのですか」
「え」
真っ直ぐに自分を見て言い切ったエメラダに、ユラフィオは驚いた様子で一瞬固まった。
物凄く予想外の言葉が来てしまった、というように。
「陛下にお伝えした者が、本気で信じていたならまだいいでしょう。しかしもし偽りを述べたのなら、その者の言葉に信を置くのは危険です」
どちらであるのか、真意を確かめる必要がある。
「ああ、ええと。それは、だね……」
「陛下?」
いつも中身以上に饒舌なユラフィオらしくもなく、言葉を探して口ごもった。
(あれ?)
そこでふと気が付く。
話の中身はともかくだが。ユラフィオの話は基本的に分かりやすい。こちらの言葉への切り替えしにも、ほとんど詰まったことがなかった。
(陛下ってもしかして、頭の回転は速いのでは……?)
内容はともかくとして、会話としても的外れではない。
「そう。町に散歩に行ったときに、噂が聞こえてきた気がしたんだ」
「町に散歩!?」
王宮内のみならず、町にまで足を延ばしてふらふらしているというのか。
唖然としたエメラダの叫びに、調子を取り戻した様子のユラフィオが笑顔でうなずく。
「うん。散歩は私の趣味の一つだ」
「ごっ、護衛は。護衛は何をしていたんですか?」
「勿論、付いてきてもらったよ。私を見失わせたら、彼らに迷惑が掛かるだろう?」
護るべき相手を一人にさせたとなれば、確かに不名誉だ。
そもそもとして、予定外にフラフラするユラフィオの行動の方が問題ではあるのだが。それでも責められるのは避けられない。
「だから、町に行くと告げて一緒に来てもらった」
「……その護衛が、先程のクッキーを勧めた訳ではないんですか?」
「確か違ったと思う。あまり覚えていないけれど。すまないが、私はあまり記憶力が良いわけではなくてね」
「そう、ですか」
ユラフィオの言葉がいい加減なのは、いつものことだ。
だがよくよく考えてみると、どうにも違和感がある気がする。
(陛下はいつも、確定した言い方をなさらない)
もし後から違う事実を指摘されても、困らないような言い回しをすることが多い。
それがまた、いい加減だという印象を加速させている訳だが……。
(陛下がぼかした言い方をするのって、『誰か』が関わるときだけじゃない……?)
いっそ一番擁護したいだろう自分の行いに対しては、それらしい物言いをしたのを聞いた覚えがない。
開き直った様な諦めはよく聞くが。
(偶然かもしれないけれど)
問題だと思っていないから行動に移すのだろうし、弁解しないこと自体はおかしくはないとエメラダは思い直す。
だが一度思い浮かんでしまった考えは消えない。
しっくりこない落ち着かなさに、いつの間にかエメラダの眉は寄ってしまっていた。
「彼らの事は、責めないでやってくれるかな。皆、私の散歩が仕事だと信じて付いてきてくれただけだから」
「え、ええ。そう、でしょうね」
ユラフィオの仕事のしなさっぷりは、王宮内に知れ渡っている。護衛たちがユラフィオの散歩を本当に仕事だと考えていたかは怪しい所だ。
(分かっていたけど何も言わなかっただけなのでは)
そう疑ってしまうが、たとえ分かっていながら黙って付き従ったのだとしても、責めることはできない。
護衛の仕事は対象の安全を守ることであり、政に口を出す権限はない。
それに多くの人と同じように、ユラフィオのやる気のなさに諦めているのかもしれない。
思う所は色々あれど、エメラダは反射的にユラフィオへはうなずいてしまっていた。
別のことを考えていたのを悟られるのは、よくないような気がしたのだ。
(考えを悟られる、なんて)
これまで思いもしなかった。