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十六話

 ほとんど会話も交わさないまま、エメラダとシシリィは市街地を抜ける。そして貴族街へと戻って来た。

 通りを進むその途中で、訪れたばかりの銀細工の店が目に入る。


「あ……」


 そして見知った人物が店から出てくるのを目撃した。アルベルトだ。

 不機嫌そうに眉をしかめて、後ろを振り返る。腕に大きな紙袋を抱えた侍従が、慌てた様子で足を速めた。


「また、あんなに買ったのでしょうか」

「そのようね」


 シシリィの声には、侮蔑と嫌悪が色濃く表れていた。応じたエメラダも似たようなものだ。


「民が苦しいこの時に、重税を課して自分の懐に入れて、屋敷を豪華にすることばかりに必死だなんて」


 シシリィの怒りの呟きは、多くの民の意思を代弁したものと言えただろう。


「行きましょう」

「はい」


 しかし、文句さえつけられない。

 私費をどう使おうが自由だと、鼻で笑われるだけなのが目に見えている。


(ミトス殿の調査は、今どうなっているのかしら)


 密通の証拠が出れば、少なくとも今のように大金を動かすことはできなくなる。

 いや、できなくなるように何としても持っていかなくてはならない。


(もし、それで。命を奪う結果になったら……)


 ためらいはある。これだけ嫌悪しているアルベルトに対してでさえ、無二のものを奪うということに恐れを感じた。


(重い。でも、やらなくては)


 王妃が国の法を守らずにいて、民に理解を得られるはずがない。

 同時に、気の重い仕事を作り出しているアルベルトへとまた別の怒りが湧く。


(どうして法を破ってまで、欲望を抑えられないのかしら)


 まったくもって、理解不能だ。




 晴れない気持ちで王宮に戻ったエメラダは、自室に入ると真っ先に鏡と向き合う。


 そして何度か笑顔の練習をする。嘘でも明るい表情を作っていれば、少しは気持ちも浮上してくるようだった。


(うん、よし)


 少なくとも、ユラフィオと会っても『どうしたのか』といきなり聞かれることはないだろう。


 気合を入れて、侍女と共にユラフィオの執務室へと向かう。今日は朝から大臣たちに捕まってしまったので、執務室に顔を出すのは初となる。


 扉を護る騎士たちと挨拶をして、部屋の中へ。


「ごきげんよう、陛下」

「ああ、ごきげんよう。エメラダ」


 大臣たちが泣いて喜んでいたのを裏切ることなく、ユラフィオは今日もきちんと執務室にいた。


 ……ただし、仕事は捗っていないように見える。机の上でユラフィオの正面に並んでいるのは、書類ではなくお茶とお菓子だったので。


「……」


 それを見たエメラダの表情は、硬いものになってしまう。


 ここに並んでいる品もまた、今日売れなければ生活が成り立たなくなる誰かの糧になったのだろうかと考えてしまったのだ。


「エメラダ?」


 当然、ユラフィオはエメラダの強張りに気が付いた。


「どうかしたのかな」


 エメラダが想定して構えてきたものとは違うが。正に『言われないように』と身構えてきたそのままを口にされてしまった。


「ええと……」


 何でもないが通じる表情ではなかったと、自覚もある。それに、何でもないとは言いたくなかった。

 きっとそれを口にできるのは、目の前の青年に対してだけだと分かっていたから。


「……あの。ロージーベーカリーを見付けました」

「成程」


 エメラダの告白に、ユラフィオは静かにうなずいた。


「……」


 その先に、続けるべき言葉が分からない。沈黙したエメラダをユラフィオは手招いた。


「おいで」

「あ、はい」


 中途半端な位置で立ち止まっていたエメラダは、机の前まで歩み寄る。そのエメラダへと、ユラフィオは皿を差し出した。


「食べてごらん。美味しいから」

「……いただきます」


 ユラフィオが味で選んだお菓子とは思えなかったが、現実を確かめるつもりでエメラダは手を伸ばす。

 口に運んだクッキーは、覚えのある素朴な味わいをしていた。


(……あれ?)


 だから気付けた。


(美味しくなってる……)


 素材は、おそらくあまり変わっていない。素朴と言えば聞こえはいいが、正直に評価をするなら物足りない味わい。


 けれど間違いなく、以前食べたものよりも美味しく感じた。


(生地が違う? 味も少し変わった? 焼き色も……前より揃ってる)


 材料は同じ。きっと配合が違う。そして何より、作るための技術が上がった。


「――……」


 エメラダはそこに、生きようと、前進しようとする強い意志を見た。じんわりと瞳に涙が浮かぶのを、ぎゅっと瞼を閉じて堪える。


「美味しいだろう?」

「はい。美味しいです」


 もしかしたらユラフィオは、もっと未熟なときから知っていたのかもしれない。


「ヴィージールの民は、強い。そして勤勉であり、誠実だ。私は民の皆を誇らしく思うよ」

「はい」


 諦めて投げ出すのではなく、歯を食いしばりながら向かい合う。その美しさが現れた結果だと言えよう。


「だから私たちは、彼らを護らなくてはね」

「――……」


 その結果には、エメラダは『はい』とはうなずけなかった。


 真実、民が望んでいるのはどのような在り方であるのか。

 まだ確信を持って断言することはできない。しかし今日のエメラダは、心からの真実でユラフィオに答えるべき言葉を持っていた。


「わたしも、護りたいと思います。――皆を。きちんと、最後に笑えるように」


 ユラフィオも含めてだ。


(難しいかもしれない)


 それでも、諦めたくない。それがエメラダの真実だ。

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