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十三話

「――うん。この店は取り扱っていそうだ」


 ややあってユラフィオが足を止めたのは、趣のある門構えの店だった。

 丁寧に磨かれてきた木の扉は、艶を持って美しい。経た長い年月はそのまま風格を与え、一目で歴史を伝えてくる。


 説明は不要だ。エメラダも名前を知っている店だ。

 銀細工の名店として、貴族たちからも愛されている。


「何をお求めなのです?」


 ユラフィオ自らが足を運ぶべきかはともかく、品質としては王侯貴族が求めてもおかしくない。そういう品物を取り扱っている店だった。


「見てから決めるものではないかな?」

「それはそうですけど、種類とか」

「うーん。どうだろう」

「買おうとしているのは陛下ですよね!?」


 求める品物さえ決まっていないということは、必要となったわけではないのが明らか。


(やっぱり、無駄遣い……)


 じとり、とエメラダの視線が責めるものになる。

 真正面から受けるのは痛いだろう非難の視線を事もなげに笑顔で受け流し、ユラフィオは店内へと入る。


「……わあ」


 後から続いて入ったエメラダは、一瞬ユラフィオへの不満も忘れて感嘆の声を上げた。

 広い間隔を取って優雅に陳列された品々は、店を照らす明りによってさらに美しく輝いている。


 精緻な銀細工の調度品は、古くからヴィージールの名産だった。近くに銀鉱脈が豊かな山が広がっているためだ。

 他州においても、何なら帝都においても評価が高いと聞く。


「いらっしゃいませ」


 入り口近くにいた従業員が、店の雰囲気に馴染む上品さで腰を折る。


「案内はいらない。しばらく二人で見て回りたいのでね」

「かしこまりました」


 さすがに、ユラフィオの顔を知っている様子だった。だからこそか、若干心配そうな眼差しが追って来る。

 商品価値を損なう行いをしないかどうかを疑われているのだ。


(理解はできるけど。面白くはないものよね)


 気に留めない振りをしつつ、エメラダはユラフィオに付いて品々を眺めてゆく。


「陛下であれば、王宮に招いた方が良いかと思いますけれど」

「それでは散歩ができない」

「しなくていいと思います!」


 つい否定してしまってから、はたと気が付く。


(待って。今のは、一概に否定はできないのでは)


 果たしてエメラダの予想通り、振り返ったユラフィオが生真面目な表情で緩く首を横に振る。


「散歩は良い運動だよ。エメラダも始めてみたらどうかな」

「健康法としての否定はしませんが!」


 問題は、ユラフィオが仕事を放り出しているという部分だ。

 そうしてぐるりと店内を回ったユラフィオは、満足そうに一つうなずく。


「うん。素晴らしい品々だ」

「否はありませんけれど」


 一級品しか取り扱わないことで有名な店だが、こうして直接足を運んでみても評判に偽りなしと素直にうなずけた。

 同意したエメラダに、振り返ったユラフィオが驚いた表情で視線を送って来る。


「凄いな、エメラダ。君はこの品々の素晴らしさが分かるのか」

「仰ったのは陛下ですよね!?」

「ははは。私に審美眼はないよ。ないなりに、好ましくは感じたけれどね」

「堂々と言うことではありませんから!」


 とは言え実のところ、エメラダの審美眼もユラフィオと大差ない。ただ、知識によってそれが素晴らしい品であることが分かる。

 知識は努力によって身に付けた力の一つである。


「そう言えば、アルベルト殿も工芸品の愛好家でいらっしゃいましたね」


 店内を何となく眺めているうちに、ふと耳に挟んだ情報が浮かび上がる。


 気に入ったものは無茶をしてでも手に入れようとすることで有名だ。

 その蒐集癖のせいで汚職に手を染めているのではと囁かれるほどである。


「そうだね。ポイドン家はずっとヴィージールに根付いている名士の家系だから、土地の文化を愛しているんだろう」


 大分良い様に解釈した表現に聞こえる。ユラフィオらしいと言えばそうだろうが。


「だからって、法を犯してでも蒐集するなんて無茶苦茶ですけど」

(特に、最近は酷いわ)


 アルベルトの屋敷は工芸品で埋まっているのではと囁かれるぐらいに買い付けが派手になっている。


(もしミトス殿が言うことが本当なら。そのうちのいくつかは、きっと帝国に贈っているのでしょうし)


 郷土愛が聞いて呆れる。


「さて。では、行こうか」

「お求めにはならないんですか?」

「うん。今はいいよ」

「はあ……」


 予約を入れていたわけでもないので、店が他の客入りを制限したりといった損害を被ったわけではない。

 しかし釈然とはしない。本当にただ眺めるだけで終わってしまった。


「もしエメラダが望むのなら、何かを贈ってもよいけれど」

「ご遠慮申し上げます」


 真顔になって即答してしまった。


「うん」


 予想通りの答えだったのだろう。ユラフィオも惜しむことなくあっさりとうなずいた。


「さあ、行こうか。――ああ」


 店を出る間際、ユラフィオはふと思いついた様子で足を止める。


「もしかしたら、近いうちにまた寄らせてもらうかもしれない」

「かしこまりました。お待ちしております」


 わざわざ告げたということは、その『かもしれない』はほぼ決定事項である。


「どうして近いうちに、なのですか?」

「今ではないからだよ?」

「言葉遊びをしているのではなくて!」


 白状するつもりはないようだ。


(買わなかったということは下見だったのでしょうけど。一体何を見ていたのか)


 一緒に回ったエメラダからは、店内をぐるりと一周した、以外の発見がなかった。ユラフィオが特別に興味を示した品もなかったように思う。


「さて。私の用は終わったが、どうしようか。散歩を続けたいのならそうするが」

「……わたしに用という用はないので、戻ります」


 ユラフィオが考えていることが、やはりさっぱり分からない。

 そのことに悔しい気持ちになりつつも、どうしようもなかった。


 不満を隠さない語調で答えたエメラダに、ユラフィオはいつも通りの微笑で応じるだけ。


「では、そうしようか」


 知らなければならないと言って、仕事を中断してまで出てきたわけだが。


(陛下には、出掛けてきた甲斐があったのは間違いなさそう。でも、一緒にいたわたしには目的が分からなかった)


 帰る道を辿りつつも、エメラダはずっと頭を悩ませ続けた。

 結局、答えは見つからなかったが。

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