十二話
「っ……!」
(やはり)
エメラダがまさかと思ったことを、ユラフィオはすでに覚悟しているのだ。
「だから、エメラダ。君は私に近付いてはいけない。私の愚かさを叱り、君の思う通りに国を、民を慈しんでくれ。この国に、私のために何かをする者は一人もいてはいけないのだ」
王として、国を終わらせるために。首を差し出す覚悟をしている。
「私の祖が始めたことだ。血に連なる者として、決着を付けなくてはね」
「そんなの……っ」
納得ができない。認めたくない。
感情は素直に、即座に否定した。なのに言葉に詰まってしまった。
『諦めるのは得意だ』といったユラフィオの声が、頭の中で再生される。
「ヴィージールは、民を救う大義を掲げて立ち上がった。どうか私に、国の成り立ちを裏切ることをさせないで欲しい」
「――嫌です!」
優しく穏やかに、けれど支配者として。臣下に生き残るための命令を口にしたユラフィオへと、エメラダは反射的に、思い切り拒否していた。
「……うん。君はそう言うのだろうなと思った」
困ったような微笑を浮かべて、ユラフィオは言う。おそらくだが、今は本当に困っているのだろう。
演技の表情も本物から来るのだと、あまり関係のない考えがエメラダの頭を過る。同時に、嘘か真実かも雰囲気で分かるものだなとも。
「貴方は国の王で、わたしは臣下である妃ですけれど。同時に、唯一同じ道を踏むことができる伴侶でもあります」
頂に座し、誰とも並ぶことのできない王の孤独に、それでも最も近い位置で支えることができる地位。
「話してくださったのだから、覚悟をしてくださったのでしょう?」
「私のことなど、見限ってくれれば良かったのだけれど。君があまりに誠実だから。きっと私と同じ道を歩もうとしてしまうのだろうなと思って」
説得するためには話すしかない、と判断したらしい。
きっと話してもエメラダは納得しないだろうと予想もしつつ。
「知らせないまま巻き込むのは、不誠実だろうから」
「気付かないからって輪の外に出すのも、誠実とは言わない気がしますが」
「それで護らせてくれるのなら、本望だよ」
自身の名誉も誇りも、ユラフィオはとうの昔に投げ捨てる覚悟をしてしまっている。
「貴方がどんなにわたしを護ろうとしても、わたしは絶対離れません」
「困った覚悟だ」
「だから、どうするつもりなのか教えてください」
ユラフィオは一人ですべての咎を負うことを望んでいる。協力者もいないか、いても僅かだろう。できることは限られる。
「そうだね……。では、エメラダ。町へ行こうか」
「は?」
「どうしても、知らなければならないことがあるんだ」
取り急ぎ、現在残っていた重要性の高い案件に判を押して。エメラダはユラフィオと共に町に出かけることにした。
城の門を出たところではっと気が付く。
「そう言えば!」
「ん? 何か気になることがあったのかな?」
「ロージーベーカリーのことを教えてください!」
探すように命じてはいたが、まだ報告は来ていなかった。もうユラフィオ本人に聞いても良いだろう。
「まさか、忘れたとは仰いませんよね?」
「さて、どうだっただろう。知っての通り、私はあまり記憶力の良い方ではなくてね」
「そういうの、もういらないですからっ」
白々しい。
軽く睨みつつ訴えても、ユラフィオはにこりと微笑んだだけだ。
(言わないつもりね)
ユラフィオはまだエメラダを同士だと認めていないのだ。彼が必要だと考えない情報は共有してもらえない。
同時に、エメラダに隠したい何かがあるということでもある。
(絶対探し出すわ)
ただ、ユラフィオに聞いても答えが返ってこないのは分かった。一旦話を変えることにする。
(大体、いくら愚か者を演じて民に愛想をつかされようと言ったって、無駄なパーティーでの浪費とか、しなくてもいいと思うのよね。他に……他には……ええと)
やるべきではない行いはいくらでも思い付けた。しかしそれはつまり、民にさらなる負担を強いることに繋がるのだ。
(実のない悪政って、難しいかも……)
悪影響を与えないなら、そもそも悪政とは言われまい。
「では、質問を変えます。町で何をするつもりなんですか?」
「工芸品を見に行こうかと」
「……無駄遣いですか?」
「それは誤解だ。商品を購うのは店の利益にもなるのだから、まるきり無駄とは言えないだろう?」
商品が売れなければ商売にはならない。ユラフィオの言葉は大局的には間違っているとは言えなかった。
(本当なら、流通が活発になって、皆が相応に買い物を楽しめればいいのだけど)
経済に余裕のない現状では難しい。
「確かに、無駄遣いという言い方は失礼でした。陛下に必要かどうかはとにかく」
趣味で集めて、鑑賞に使うのだとしても限度はあるだろう。ついでに、ユラフィオが工芸品の収集家であった記憶はない。
「手厳しいね」
「こんな時世です。まずはわたしたちから身を慎むべきではないでしょうか」
「異論はないよ。今度、議題に取り上げてみてはどうかな」
「……やっています」
賛同は得られていないが。
(可決させるためには、もっと同志を増やさなければならない。けれど協力を取り付けられそうな相手がいない……)
政治を回すためにユラフィオをせっつくための同志はいても、自分たちの財を切り詰めようと同意してくれる者は少ないのだ。
下手に強硬姿勢を続ければ孤立してしまう。
(陛下のことを言えないわ)
結局、エメラダとて何もできていないのだから。
落ち込み、俯いてしまったエメラダを微笑で見守りつつ、ユラフィオはゆったりとした足取りで道を進む。
目的地があるかどうかも分からない、正しく散歩のような歩みだ。
エメラダたちが歩いているのは、富裕層が暮らしている区画になる。多少活気がない気はするが、国に落ちている暗い影は窺えない。
この地区だけを見ていたら、国が傾きつつあるなど思いもしないぐらいには。




