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十一話

「私は本当に、臣下に恵まれてしまった。君のような誠実な女性を、私の妻にしてしまうのだから」

「どういう意味ですか?」


 臣下やエメラダのことは褒めつつも、その誠実さが自分に向けられることを喜んでいない様子だ。


「私にはもったいないという話だよ」

「そんなことありません」


 今度は感情のままの否定ではなく、確固とした意志を持って言い切る。


「わたしは貴方の妃として、恥ずかしくない人間になるために努力をしてきました。貴方が認めてくれるのなら、報われたと嬉しく思います」


 どれだけ周囲から認められていても、ユラフィオとの仲が上手く行かなかったら寂しい。

 それに、気になる点もいくつもある。


「もったいないだなんて言うほど認めてくださっているのに、どうして相反する行いばかりをするんですか」


 考え方に共感できないと言われた方が、まだ分かる。しかしユラフィオは民のための政治を否定しない。なのに何もしない。


 たとえ言い張るようにユラフィオ自身に才覚がなかったとしても、王という立場でできる人材の後押しをすることは可能だろうに。


 まるでただ、時が流れるのを待っているかのようだ。


「エメラダ。君は帝国領を訪れたことはあるかい?」

「えっ、いえ、ありません」


 唐突な質問に驚きつつ、正直に答える。現在のヴィージールとメリディーン帝国の関係性で、気軽に旅行などできるはずがない。


「うん、私もないのだけれどね」

「だと思います!」


 むしろあったら驚愕する。


「しかし民は私たちより余程敏感で、逞しい。細いながらも交易はされているんだ。できる相手になったと、商人たちが見做した証でもあるね」

「はい」


 入ってくる帝国性の品物の質に、また危機感を覚えずにいられないのだ。


「今の帝国は税制度が見直され、法を順守するための各種機構が整い、治安も安定してきている様だ」

「はい。だからこそ、わたしたちもより強く備えなくてはならないと」

「なぜだい?」

「……はい?」


 問われた『なぜ』が分からない。エメラダは戸惑いそのままに間の抜けた声を上げた。


「知っての通り、我がヴィージール王国は元々帝国のヴィージール州だ。祖父上が勝手に独立を宣言したに過ぎない」

「そ、そうですけど」


 腐敗した圧政から、民を救うためにだ。


(……あれ?)


 国の起こり、そして現状の在り様を考えて、エメラダは違和感を覚えた。


「祖父上の判断が正しかったか間違っていたかは、もっと後世の歴史家たちが考察することだろう。今の私が言えるのは、祖父上の判断によって救われた人々がいるということだけだ」

「はい」


 飢えるほどの重い税から解放され、理不尽な暴力に怯えて家の中で息を潜めなくてもよくなった。立ち上がったエデルヴァルドに感謝した人々が、今のヴィージールを、ユラフィオを支えている。


「そして帝国という国もまた、強かった。今の政治中枢には、かつての官僚はほとんどいないらしい。宰相に付いたクラストフ殿を中心とした新勢力が、政を掌握した」


 宰相であるロナード・クラストフは四十の半ばを少し越えたあたりだと聞く。

 エメラダたちの親世代だと言える。


(もし、ロナード殿の台頭がもう少し早かったら。あるいは、お爺様たちの世代にいてくれたら)


 ヴィージールは、今も帝国の州の一つであったかもしれない。


「つまりだね、ヴィージールが独立し続けなくてはならない理由が、もうないのだよ」

「え、ええ!? でも、そんな」


 じゃあ帝国に戻りますなどと、簡単に行くわけがない。


「納得しない人が、大勢いると思います。特に祖父母や、親世代の人は」


 帝国の悪政によって、実際に苦しめられた人々だ。


 今でこそ小競り合いに収まっているが、数十年前は互いに大勢の犠牲を生む戦争をしていた。

 父を、子を亡くした者も少なくない。


 そしてそれは、ヴィージールだけの話ではない。帝国も同じだ。

 一度戦いを始めれば、恨みは両陣営に広がっていく。どちらが始めて、どちらに大義があったかなど、感情の前には然したる意味を持たない。


 喪った者にとっては、親しい誰かの仇でしかなくなってしまう。


「勿論、納得しないだろう。特に、今政治を担っている者たちは」


 多くがエデルヴァルドに共感して帝国を敵と定めた本人か、その子どもたちだからだ。

 彼らの恨みや敵愾心は、実感のある強さだ。


 一代隔てたエメラダたちとは、明確な温度差があると言っていい。


「彼らを説き伏せる力を持てないのは、間違いなく私の罪だ。しかしどうしても、このまま帝国と戦い続けるのがヴィージールの最良だとも思えないのだよ」


 戦が最良の選択になることなど、あってはならない事態とも言える。


「今しかないのだ。これ以上続ければ、私たちの世代もまた、禍根を生む。大規模な戦となる前に、決着を付けなければ」

「……どうやって」


 降伏など、誰も認めない。ユラフィオの意思が国政に反映されることはないだろう。


「それは、言わずにおこう。君は何も知るべきではない」

「どうして。わたしは貴方の」

「私の、妃なのだから」


 本来ならば運命を共にするはずのその関係を、ユラフィオは真逆の理由として口にした。


「君がなぜ私の妃にされてしまったかは、君もよく知るところだと思う」

「皇族の血を引いているから、ですよね?」

「そうだ。ではなぜ、皇族の血を欲したのだと思う? 独立して、他国となった我が国だというのに」


 帝国と袂を分かったというのに、帝国内でこそ活きる血筋を欲した理由とは何であるのか。


「……いずれ、帝国領を侵略することを考えていたから、だと思っていました」


 いざ支配しようとしたときに、支配者の血筋に連なるか否かは反発心を大きく左右する。


「うん。私も同意見だ。現状だけを見ると都合のいい妄想に取り付かれていると言われそうだが、祖父上が独立したときには誰もが可能性を見出していたのだろう」

「はい」


 帝国が安定しつつある今となっては、然程の意味はない。

 血を引いているとは言っても、帝国との橋渡しを出来るほど近いわけでもないのだ。


 正に、勝利の後の言い訳。箔付のために求められたに過ぎない。


「だが、私にとっても幸いではあった」

「……?」


 ユラフィオの頭の中にある理由は、エデルヴァルドがしたものとは違うだろう。だがそれ以上は分からずに、エメラダは話の続きを待つ。


「皇族の血を引く君を、私の妃だったという理由で道連れにはしないだろう。まして、事実はないのだから」

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