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7.色彩

マークとクラウン人形は、近所のダイナーを訪れた。


「おう、マーク来たか。」


「おはよう、トム。」


端のボックス席に座り、スーザンにモーニングプレートとコーヒーを2つずつ注文した。


スーザンは驚いた。

最初見掛けた時には、マスターや客の手前、

女優とはぐらかしたが、実は娼婦の様だと思ったのだ。

ところが今見た時は、気品に溢れており

何処かのセレブかと思った程だった。


「あぁ、とても美味しいわね。」


クラウン人形ばマークにはにかみながら言った。


「うん、そうだね。」


マークも笑顔で答える。


「一昨日だったかしら。

「サウスダコタのオークション」を観たわ。」


「あぁ、去年公開されたサスペンスだね。

僕も前に観たよ。」


「結局、いつも朝の通勤時にバスで一緒になる、

あのおじさんが彼女の異変に気付いたから良かったものの、

旦那は知らぬ存ぜぬで酷かったわ。」


「まぁね。でも彼女の方こそ、本当に友人とは言え、

ロバートと二人きりで飲みに行ったりと、

彼女に全く非がない……とは言えないと思うけどね。」


「そうね、その通りだわ。

それに、オークションの品を運んで来た係員とはセットで、

人身売買を白昼堂々としているのは凄い設定だと思ったの。」


「そうなんだよね。

あのシーンは凄い上手いミスリードだと思う。

一見何の変哲も無いオークションシーンが淡々と流れるからね。」


いつも通り映画の考察合戦で話は盛り上がり、

そして彼女からの切り出しでダイナーを出る事になった。

ふたりは当然の様にリバーサイド・グリーンへと向う。

そしてあの日のベンチに座り、今迄の素敵な思い出を語り合っていた。

やがて昼食になり、あの日のチーズバーガーとレモネードを頬張る。

そして話は昨日の熱い夜に追い付いた。

そこで抱き締め合い、まるであの日の熱い夜を、それだけに濃縮して再現したかの様な濃厚なキスをする。


やがて彼女が切り出した。


「ねぇ、マーク………。

行かなければならない所があるんだけど、

付いてきてくれる?」


マークは遂に来たかと思った。

胸がズキンズキンと痛みを伴う激しい鼓動を打つ。


「………分かった。」


マークは目をつむり、暫くして開いてから答えた。

彼女に先導され、例の場所へと向かう。

今迄は、意図的に近寄るのを避けてきた場所。

とあるビルの裏路地。


目の前には、既に楕円形の黒い粒子の様な膜が用意されていた。


「マーク………契約は……、成ったわ。

貴方は望んだ事柄を学んだ。」


「そう……だね……。」


「本来なら……ここで対価を貰う筈だけど………

今回は既に対価は無いわ。

多分、貴方の計算通りだと思うわ。」


「そう……だね……。」


「さぁ、このポータルを入れば……貴方の世界よ。」


「あぁ……愛しい人! 僕は……!」


「あぁ! マーク! 嫌よ! 私、貴方と離れたくない!」


「僕もだ! もうキミが居ない世界なんて考えられない!」


ふたりは強く抱き合った。

そして熱烈なキスを交わす。


「あぁ……マーク………愛してるわ。」


「愛しい人……愛してるよ。」


「ダメ……もう……時間が……。」


マークは契約の残り香の影響で、このままでは彼女に悪い影響が出る事を悟る。

そしてそれは既に秒読み段階にあった。

マークは意を決して黒い楕円形の膜に身体をゆっくり通した。


「愛しい人! 本当に愛してる! 誰よりも!」


「マーク! 私! 私! いや……! 嫌よ!」


そして時間が訪れ、膜は小さくなって行く。


「あぁぁぁぁぁ!!!」


彼女に黒い閃光が全身に走り、良くない影響が始まった事を告る。

それは彼女のブラウスやスカートを無情に引き裂き、

彼女は苦悶の表情を浮かべて両膝を付いてしまった。


その苦悶の表情を見ていられず、マークは彼女を楽にしてやろうと慌てて残りの身体を膜に押し込む。

すると彼女の表情は徐々に和らいでいった。


「マーク!」


「あぁ、愛しい人!」


そしてマークの身体は全て膜へと消た。

気付くとマークは何の変哲も無いビルの裏路地に立っていた。

周りに彼女は居ない。

マークは居ても立ってもいられず、彼女の部屋へと走る。

しかしそこは空き部屋となっており、誰も居なかった。

マークは失意の内に帰路へと着いた。


誰も居ない我が家。

部屋に夕陽が差し込んでいるが、酷く薄暗く感じた。

結局マークは一睡も出来ずに月曜日の朝を迎え、

そのまま重い身体を引きずって会社へと向った。

外の景色は全て色褪せており、彼女と待ち合わせた場所やリバーサイド・グリーン、

ダイナー、デイリー・ブリューだけが、

彼女との思い出と共に、微かな色彩を帯びていた。

そしてその微かな色彩も、滲んで見えた。

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