6.ふたり
マークは初めて女性の部屋に訪れて緊張していた。
あるべき物が然るべき場所にキチンと置かれていて、
埃一つ無い清掃が行き届いた部屋。
それは昨日今日の付け焼き刃では、こうはならない事が良く分かる。
マークはソファに座る様に促されて、ダイニングへと向う彼女の後ろ姿を見送る。
歩く度に腰が蠱惑的に蠢き、揺れるミニスカートが色気を増長させていた。
クラウン人形は昨日の夜に考えていた事をおさらいして、再び感心していた。
当初は興味本位であった。
女性との接し方を学びたいといいつつも、
店員との様子を見るに、別段問題無い様に思えた。
改めて契約する際に行使した力を確認してみると、
その真意に気付いて、成る程と感心し、
むしろその手口の鮮やかさに感動すらした。
女性との接し方とした以上、ごちそうになったりプレゼントされたり、
エスコートされたりと、直接的な恩恵を受けるのはむしろ自分側である。
それが、力を行使するにあたって求められる、
このケースでは僅かな代償を打ち消しているのだ。
斯様に追い詰められた状況で、良くもまぁ思い付いたものだと思うと、
強い興味を持ったのだ。
クラウン人形は、幾つかのチーズとワイングラスを持って来た。
マークはワインを開けてグラスに注ぐ。
「僕達の出会いと今日の日に。」
そう言いながらマークはグラスを掲げ、彼女もそれに習う。
「美味しいわね。」
「うん、そうだね。」
「あぁ、マーク。今日は素晴らしい日になると思うの。」
彼女はそう言いながらマークの肩に頭と身体を預けた。
「………僕も、同じ事を予感していたよ。」
「あぁ……マーク……」
ジッと見つめ合う。
彼女は初々しい恥じらいと喜びの表情を浮かべている。
他人から見れば、狂笑を浮かべるだけの単なるクラウンなのだが、
マークだけは理解していた。
2人とも申し合わせる訳でもなく、同時にコーヒーテーブルへグラスを置くと、
それが合図となって、そっと抱き合ってキスをした。
いつからだろう。
お互い惹かれ合っていたのは。
いつからだろう。
数多の人間の1人から特別な1人となったのは。
いつからだろう。
不気味なクラウン人形でなくなったのは。
ふたりは恋に堕ちていた。
キチンと整えられたシーツの清潔なベッド。
お互いの強い匂いや熱い温もりが欲しい。
眼と眼の会話でそう語り合い、そのまま抱き合い倒れ込む。
クラウン人形は目を奪われた。
引き締まった筋肉、6つに割れた腹筋、健康的な身体。
何時だったか、体質なんだ。髪の毛もそうならないか心配だよと
戯けて語った無駄毛の無い肌。
クラウン人形は、これから繰り広げられる事への期待と緊張でドクンと胸が鳴る。
マークは努めてゆっくりとブラウスのボタンを外す。
そこで驚愕した。
純白のブラジャーがその大きな胸を優しく包み込んでいた。
興奮で喉が渇きながら感嘆と共に声を漏らした。
「なんて綺麗なんだ……」
「ウフフ……ありがとう。」
彼女はクイッと腰を浮かしたので、
横のファスナーを下ろしてミニスカートを脱がせた。
マークは余りの興奮でクラクラした。
予想通り、パンティもそこにあったからだ。
正面に精巧なオーブリエチアの花が刺繍された、
純白のパンティだった。
「あぁ……キミの想い、確かに受け取ったよ。」
「まぁ、マーク。嬉しいわ。さぁ、来て。」
お互いにどれだけ相手を想っているか、
想いの丈を肉体に乗せてぶつけ合う。
絡み合うふたりの肉体。
お互いの鼻をさする身体の香しい匂い。
心と心、身体と身体。
お互いの全てを使って相手を愛せる喜び。
マークは、自分がどれだけ愛しているかという想いを肉体に乗せて彼女へぶつける。
クラウン人形もそんな想いを受け止め、
急な曲線を描く美しく蠱惑的に蠢く肉体で彼を包み込む。
ふたりで1なる所へ。
やがてふたりだけの世界へと昇る。
お互いが居れば他に何も要らない。
相手の為なら何でも出来る。
そんな無限で無償の愛。
そんな愛に包まれた、ふたりだけの世界にふたりは居た。
「あぁ……マーク、愛してるわ。」
「僕もだよ、愛しい人。」
抱き合ってキスを交わす。
愛の熱に焦がされた夜は真夜中過ぎまで続き、
ふたりは抱き合って深い眠りに就いた。
翌朝、申し合わせる訳でもなく、同時に目が覚めた。
「おはよう、マーク。素敵な夜をありがとう。
今朝も気持ちの良い朝よ。」
「おはよう、愛しい人。
キミみたいな素敵な人を愛せるなんて、僕は幸せ者だよ。
愛させてくれてありがとう。」
「あぁ……! マーク!」
「愛してるよ!」
ベッドの中で手を取り合い、ふたりの世界の余韻を感じながら、夢のまどろみの中で抱き合う。
やがてふたりは、朝食がてら散歩に行こうという事になった。
クラウン人形は純白のブラウスに、
ややブルー掛かったフレアスカートに着替えた。
「綺麗だよ、愛しい人。」
「ありがとう、マーク。」
手を繋ぎ、近所のダイナーへと向った。
彼女から漂うジャスミンの香りが、
マークの鼻をふんわりと撫でて、心をくすぐった。