5.2人の時間
その日の深夜過ぎ。
マークはなかなか寝付けずに居た。
仕方が無いのでベッドから起きてビデオゲームを点ける。
しかし半ば上の空でプレイするのでミスが続き、
2回のミスで貯めたパワーを失ってしまう。
深く溜め息をつき、ビデオゲームを消すとリビングでブランデーをグラスに注ぎ、
昼間の彼女との事を反芻しながらあおった。
気を紛らわそうと、テレビの電源を入れてデタラメにチャンネルを切り替える。
女性モデルがあられもない姿でプールで仰向けになり浮かんでいた。
異様な程細い手脚に、それに不釣り合いな大きな胸。
明らかに詰め物の胸に嫌悪感を覚えてチャンネルを変えた。
映画が放送されている。
名前は直ぐに出て来ないが美人女優で有名な人だ。
高い演技力も手伝って、まるで精巧な人形の様な顔に見えてくる。
テレビに興味を無くして電源を切ると、ふと彼女を想う。
当初はアンバランスで不気味に感じていた顔と身体が
むしろ自然で魅力的であり、
今観たモデルや女優より随分マトモに感じた。
スマホを取り、交換した連絡先をタップしかけるが、時間を見て思い留まる。
クラウン人形もまた、借りている部屋でマークの事を想っていた。
昼間の公園で感じた、あの太い腕の感触。硬い筋肉。
それに身体を絡ませて得られる至福と安堵感。
時間が止まってしまえば良いと強く願う気持ち。
部屋に1人で過ごすのが、こんなにも辛いのかと感じていた。
過去、事故で死線を彷徨う妻が助かる為なら、
どんな犠牲も厭わないと決死の覚悟で迫って来た男を
ふと思い出した。
そしてなるほどなと、今更ながら理解した。
次に彼に会えるのは、月曜日のランチ。
せめて明日は、彼に借りた小説を読んで過ごそうと決めた。
そんな事を考えながら、帰りに立ち寄った雑貨店でプレゼントしてもらった、
精巧なローゼルの花が刺繍されたハンカチを見て彼を想う。
我慢できなくなり、スマホを取って彼の連絡先をタップしかけて、時間を見て思い留まる。
クラウン人形は火照った身体で何とか眠ろうとしていたが、彼の事が頭から離れなかった。
2人は長い日曜日を過ごした。
しかし、それも電話越しに話していた時だけは、
1時間が1秒間に感じた。
そして待ちに待った月曜日のランチタイムになった。
マークは大急ぎで、デイリー・ブリューへと向う。
すると、店の前でバッタリとクラウン人形と会った。
「わぁ、ここで会えるなんて! 嬉しいわ!」
「同じ気持ちみたいで、嬉しいよ。」
「ウフフ、本当ね。」
2人は共に店へと入り、お互い顔を見合わせて楽しいランチタイムを過ごした。
そして待ちに待った次の土曜日になった。
今日は映画を観に行く約束をした。
クラウン人形はこの日の為に秘策を用意していた。
そして、待ち合わせの場所に時間より20分早くマークが到着した。
マークは待ち合わせ場所で待つクラウン人形を見て息を呑んだ。
今迄は、グレーの全身タイツの様なボディだけだったのだが、
この日は、ネイビーブルーのシャツにミニスカートを着ていたのだ。
「あぁ……凄く……綺麗だ……」
クラウン人形は恥じらう様な表情と仕草で喜びを伝える。
「ウフフ。嬉しい……。」
マークは肘を差し出し、クラウン人形はマークの腕に抱き着き、
女性より女性らしい急な曲線を描く身体を預けた。
その瞬間、フッと周りの雑踏が遠ざかる。
お互い見つめ合い、声無き声、眼と眼の会話で通じ合う。
映画館内でも、手を繋ぎ合い、時折指と指を絡め合いながら鑑賞する。
終わった後は、近くのレストランで昼食を取った。
「面白かったわね。」
「そうだね。」
「でも気になる所があったわ。
貴方はどう?」
「僕もだよ。
現実だと彼は連邦法で裁かれる筈だから、
もっと罪は重い筈だよ。
それに、あんな所はホワイトカラークライムを
犯した者が行くような環境だね。
彼には相応しくない。」
「そうなのよ。
私も同じ事を思ったわ。
まぁ、俳優上がりの監督の2作目にしては、
凄く良かったと思うわ。
彼は前作のアクションより、
今作の様なサスペンスに向いているのかもね。」
「そうだね。前作は「トータルマックス」だっけ?
悪くは無いが良くも無い、そんな映画だったね。」
「そうね。
アクション映画といえば、この作品とこの作品は同じ世界を共有していて、
みたいな作品で溢れているわね。
そんな中で所謂単発作品としては、大健闘だわ。」
「なるほど。それは鋭い意見だね。
確かに俳優達は、そういったアクション映画に疲れているみたいな話を聞くからね。」
次から次へとお互い話は尽きない。
あっという間に2時間程経過して、店員からのコーヒーのお代わりはいかがの
帰れ催促のタイミングが狭まって来たのだった。
「ウフフ、いい加減にしろって。」
「アハハ。そうだね。
何だか悪い事をしたよ。
キミと居ると時間の経過が早いんだ。」
「そうね、私もよ。」
マークはチップを弾み、会計を済ませてレストランを後にした。
そして再びクラウン人形が絡み付くその胸元に望む、深い谷間に目を奪われた。
そのタイミングでクラウン人形が畳み掛ける。
「ねぇ、マーク。もし……良かったら……だけど、
私の部屋に寄っていかない?」
「あぁ、勿論だよ。招待してくれてありがとう。
途中でワインを買って行きたいけど良いかな?」
「えぇ。勿論よ!」
そう言いながら2人は帰路へ着いた。