4.デート
数日後のランチ。
デイリー・ブリューでマークはクラウン人形とランチをしていた。
「結局のところ、42の答えに対応した問いは
何だったのかしらね。」
「更に750万年掛けて計算する必要があるね。」
「ウフフ、本当にね。
私は、輪廻転生しても、いつも主人公に悲惨な末路にされて終わる
彼のエピソードが好きだわ。」
「あぁ、あの話は興味深いよね。
連続俺殺しめ! と猛り狂って文句を言われても、
本人からすれば「は?」って話だしね。」
「ウフフフフッ! 本当にね!
貴方はどんなシーンが好きなの?」
「僕は空を飛ぶ事についての散りばめられた話が好きかな。
丁度、今のシーンの次にも出て来るよね。
空を飛ぶには、高い所から飛び降りて落ちる事を完全に忘れる事だって。
そんなバカなって思って、可笑しくて可笑しくて。」
「ハハハッ! そうね。
私も好きだわ。」
「後はハツカネズミが実は一番高度な知的生物で、
人間は3番目って設定も面白いね。
人間は愚かにも自分達が一番だと思っているっていうのが、
実際にありそうな面白さがあるね。」
「ウフフ。そうね。
ハツカネズミの見方が変わりそうよね。」
マークはその反応で、クラウン人形の正体についての考察を軌道修正した。
「本当、面白い事を考える人がいるわね。」
「そうだね。面白いよね。
ところで、明日の土曜日は空いているかい?
良かったら、リバーサイド・グリーンで会おうよ。
その公園にいつも来てるフードトラックは、
大きなチーズバーガーと、濃厚なレモネードを出すんだ。」
「わぁ! それは良いわね!」
「多分、キミはチーズが好きだろ?
きっと気に入ると思うんだ。」
「良く分かるわね! 凄く楽しみだわ!」
「さて、そろそろランチタイムは終了だ。
会社に戻らないと。」
「そうね。午後も頑張れそう。
ありがとう、マーク。
何だか、女性との接し方をレクチャーする契約なのに、
貴方はもう満点な気がするわ。」
「ありがとう。
でもそれは、キミがトレーナーとして気を使ってくれているおかげだよ。」
「ウフフ。そうなのね。」
クラウン人形は両肘をテーブルに付けて前屈みの姿勢で
マークを少し下から見上げた。
顔は兎も角として、首から下は何とも言えず艶っぽいと感じた。
すると、不思議とクラウン顔も魅力的に思えてきたので、
ついついポロッとこんな事を口走った。
「あぁ勿論、僕達の相性が良いっていう事が、
一番の要因かな。」
「ウフフフフッ! そうよね。
その通りだわ。」
クラウン人形は、満足そうな雰囲気をしているように感じた。
マークは2人分の支払いをして会社へと戻って行った。
クラウン人形は、そんなマークの後ろ姿を見送った。
すると、楽しいランチタイムが終わったという事実を再認識して、
胸の奥にチクリとした感覚を覚えた。
翌日の午前。
マークとクラウン人形は待ち合わせの場所で時間通りに落ち合い、
リバーサイド・グリーンへと向った。
「ウフフ、凄く嬉しいわ。
私ね、今日が凄く楽しみだったの!」
「あぁ、同じだね。
僕も凄く楽しみだったよ。」
「私たち、気が合うわね。」
クラウン人形はそう言いながらマークの顔を上目遣いで覗き込んだ。
マークは突然の古典的なアピールで逆にドキリとした。
そして気付いた時にはクラウン人形に肘を差し出して、
彼女の腕が絡み付いていた。
人形にも関わらず艶めかしく肉感的な胸や腰が、
マークの感触を刺激した。
それと同時に人間の様な、いや寧ろそれ以上のフワリとした感触は、
不思議な安堵感も得た。
2人はゆっくりと公園を歩く。
そしてそっと顔を見合わせる。
周りの音がサッと引いていき、
まるで自分達だけに世界が存在しているかの様な感覚を覚える。
お互いの目で「世界の果てまでこうして歩いて行きたい」と
声無き会話で意思疎通する。
そしてクラウン人形は、自然とマークの逞しい腕にスッと指を這わせて、
その硬い感触を味わう。
そんなマークも、クラウン人形のその仕草に温もりと
カタルシスを感じたのだった。
クラウン人形の身体は火照っていた。
そして頭の最奥がジンジンと熱くなる感覚。
今なら何でも出来そうな万能感。
2人しか居ないうるさい上司も、今なら簡単にあしらえる気がした。
そして、感覚的に契約終了の気配を感じ取る。
しかしクラウン人形は、マークは未だ学ぶ事があると強引に遠ざけて先延ばした。
暫くゆっくりと歩き、やがてベンチに腰掛けた。
その光景は初々しいカップルそのものである。
ただ、女性は不気味なクラウン人形である1点を除いて。
昨日の夜に放送された映画の話題や、出演していた俳優の話、
読んだ小説の話など、取り留めのない会話が繰り広げられ、
二人の世界を演出する。
あっという間に時間は経過して昼時になった。
マークは、フードトラックでチーズバーガーとレモネードを
2人分購入してクラウン人形に手渡した。
「ありがとう。わぁ、凄く美味しそうね。」
クラウン人形は美味しそうにチーズバーガーを頬張った。
マークはそんな仕草に思わずドキリとした。
改めて不気味なクラウン人形の顔を見ると、
不思議とそこに不気味さは無く、
可愛らしいとすら感じ始めた自分が居て、内心驚いた。