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夜月暁の短編集  作者: 夜月暁
ショートメッセージ
4/5

-4-

 しかし、私の気持ちとは裏腹に、彼からのメールは徐々に減っていった。

 以前のように朝から晩までといったようなやり取りはなくなってしまったのだ。しかし、時々来る彼からのメールの内容は、何事もなかったかのように他愛ないことだった。

 そして、なんとなく不安に感じていたことが的中した。ついにラリーが続かなくなったのだ。投げたボールは帰って来ることなく、何処かの茂みに隠れてしまったまま、放ったらかしにされることが多くなったのだ。

 これにはさすがに私はイライラしていた。しかし、彼は大学生だ。きっと、他に何か打ち込めるものができたのだろう。

 そう考えることで、その苛立ちを何とか消化しようとしていた。

 それでも、何度も携帯をチェックしていてしまう。そんな自分にうんざりしていた。


(私は、彼からしたら年も十は上で、オバさんだ。顔も知らないおばさんなんて、最初から選択肢になんてないよね)


 そう思うと、本当に悲しくなった。彼があの時、私の心に光を灯してくれたから私は一歩ずつ、前に進むことができたんだ。だけど、きっと彼は私との言葉のやり取りが次第に重荷に感じたのかもしれない。

 文字はそれだけでは感情を持たない。だから読んだ人の心次第で、どうにでもなってしまう。それは、最初から解っていることだ。

 きっと私のことを、"面倒な女"、とか考えているかもしれない。私は彼に対する疑念が止まらなかった。

(完全に嫌われる前に、消えた方がいいのかな…)

 私の指は、いつしか彼へのメールを打たなくなっていた。



 メールが完全に途絶えてから、約ひと月程経っていた。相変わらず、人とのコミュニケーションにしんどさを感じていたが、正反対の自分を演じていた。そうすることで、何かにつけて他人を頼る弱い自分を払拭しようとしていたのかもしれない。しかし、彼の存在はいつまでも忘れることなどできなかった。何度もメールをしようと他愛ない文面を作るのに、送信ボタンだけは押せなかった。

 きっと彼は、きっかけを掴んで学生生活を楽しく過ごしていることだろう。その邪魔を私がしてはいけない。

 私は、彼の役に立っていただろうか?

 そのことだけが、気がかりだった。





 ある日の仕事終わりのことだった。

 今やすっかり仕事あがりのメールチェックすらもろくにしなくなっていた。虚しくて、そんな気になれなかったからだ。

 今晩は、後輩から人数合わせにと、無理やり合コンに借り出されることになっていた。

 会社のトイレで化粧を直していると、カバンから少しはみ出している携帯が、鳴り出したバイブで床に落ちてしまった。

 私は慌てて拾い上げると、すでに鳴り止んでいた携帯を開き、着信していたメールに目を通したのだ。

 その瞬間、大きな衝撃が私の心をえぐっていた。視線はどこをみていいのか解らず、定まらない。私は、トイレに後輩を残したまま、走り出していた。


『沙羅に、謝らなければならないことがあります。俺は、元気な大学生ではなく、ただの病人です。嘘をついたりして、ごめん。新しい環境で頑張ろうとした矢先、ある病気が発覚したので、一番大事なものを手放して死ぬことを選びました。

 このメールが届く頃には、きっと俺はメールすらも打てず、死と生をさまよっているかもしれない。最期のわがままを聞いて欲しい。俺の手を握りにきて。目を見て、ありがとうを言わせてくれ。病院は……』


 今朝、ヒールの低い靴を履かなければならない気がしていたのは、あながち間違えではなかったようだ。おかげで転ぶことなく、私は全速力で病院に向かっていた。

 病院は、会社の近くだった。それでも少しでも早く向かおうと、タクシーを止めようとしたが、夕方のこの時間は思うように捕まらず、結局走っていた。

 そんな走り通しの私は、滑り込むように病院の自動ドアをくぐり、受付をそのまま通過すると、エレベータに直行した。しかし、3基あるエレベータはどれも上の方にいる。私は躊躇する間もなく、廊下の脇にあった階段のドアを開けた。そして一気に5階まで駆け上がった。

 死ぬかと思うくらい、ガンガンと打ち付ける鼓動で胸が痛かった。しかし私の胸の痛みなど、彼の痛みに比べたら、大したことないはずだ。

 息つく間もなく、足早に病室を探しながら、胸の鼓動が高鳴って行くのを感じていた。

 まだ、時間はあるの?

 私はどういう顔をして彼に会えばいいの?

 初めまして?

 久しぶり?

 立ちすくみなくなる程の恐怖を、私は覚えていた。足は、小さな震えが止まらない。

 ふと立ち止まり、ある病室の前で立ち止まった。

(ここかな…)

 部屋の番号を確認する時、そこに患者の名前が記されている。それを見た瞬間、私の頭の中は真っ白になった。

 そしてすぐさま、病室の引き戸を開けた。病室の中は窓から射す真っ赤な西日に満たされていて、眩しかった。その光に誘われるように病室に入ると、私は、目の前の光景が信じられず、目の前にあるベッドを見つめていた。



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