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夜月暁の短編集  作者: 夜月暁
ショートメッセージ
2/5

-2-

 それから、私と見知らぬ彼とのメールの日々が始まった。

 彼は、ユキトと名乗っていた。

 もちろん、本名かどうかは解らない。しかし、そんなことは関係なかった。お互い、呼び名があればそれで充分だった。

 朝になれば、『おはよう』とユキトからのメールが来るのがお決まりだった。私はもちろん、そんな他愛ない内容のメールにすらドキドキしながら答えていた。

 彼は、まだ二十歳にも満たない学生で、自分は社会人7年目のOLだ。そんなアンバランスな二人だというのに、彼は怖気付くことなく、フランクにメールをよこしてくるのだ。

 もちろん、私が仕事中はメールはできないが、仕事終わりにそれを知らせるメールをすると、待ってましたと言わんばかりにすぐに返信してくれる。

 そんな日々が、疲れた心を癒してくれた。


『沙羅、今日は忙しかった? だったら、ごめん』

 今日はいつもより残業になってしまい、仕事が終わるのが遅くなってしまったのだ。自分のミスは自分でカバーするしかない。しかし、ユキトにメールする頃には、もうどうでも良くなっていた。

 私は、今しがた受け取ったメールを読んで、クスリと笑う。

『忙しくなんてないよ。それに家に帰れば一人だしね。寂しい大人なのです笑』

 浮かれているのを必死に隠し、平常心を思い出しながら自虐的に答えた私は、彼がどう慰めてくれるのか、ほんの少しだけ期待していた。

『僕たち、似た者同士だね』

『似たもの同士?』

 私がそう聞き返すと、彼は『そう。似たもの同士』と返してくる。

 私は、ハッとした。

 そうか。そうだった。

 寂しいから、こんなことしてるのか…

『そうだね。私たち、似てるね』

 そう返さずにはいられなかった。

『でも、沙羅にいい人ができたら、すぐにメール送るのやめるから、言ってね』

「なっ…」

 私の口から、思わずそう漏らしていた。

『…誰かを好きになんてなれないよ。もう恋したいなんて、思えないんじゃないかな…』

 正直に今の心境を文字にした。

 実際にそうだった。

 自分に何かが足りなくて、彼の心が離れてしまったのだろう。何が決定打だったのか、未だに解らないのだ。

 もちろん、完璧な人間ではないから、自分に全くの落ち度が無かったなんて思わないけど…

 彼の心に隙を与えてしまったのは、変えることのできない事実だった。

『相手の男はバカだよね。失恋とか考えちゃダメだよ』

 ユキトはそう慰めてくれたが、改めて、"失恋"という事実を文字で認識してみると、なんとも言えぬ侘しさが私の胸を締め付けた。

 そうなんだ。私は、失恋した。

 改めて自覚した今の自分。何を打てばいいのかわからなくなり、返信の速度が格段に遅くなっていた。気付けば、携帯の画面に雫が落ちていた。

 床に座り、背中を丸め携帯を握りしめていた私は、もう出ないだろうと決めつけていた涙を流していたのだ。

『沙羅』

 手の中の携帯が震えながら、メールを知らせる。

『ごめんね。ちょっと思い出しちゃった』

『泣いてるの?』 

 彼のメッセージを読みながら、私は涙を指で拭った。

『大丈夫。泣いてないよ』

『力になれなくて、ごめん』

 彼の返事が、直接私の胸に届いたような気がした。本当に、『気』なのだけれど…

『そんなことないよ。ありがとう。おやすみなさい』

 これ以上、彼を悲しい気持ちにさせたくない…

 私は自ら今日のお別れを言って、眠りについたのだった。

 相変わらず、夜明けが怖かった。

 私は、昇って行く太陽が空を美しく照らす様子をぼんやりと見ながら、震えていた。

 ひとりぼっちの部屋は孤独で、楽しい時間との落差が激し過ぎる。手を必死に延ばしても、掴む手は、もうない。

(早く…起きて…)

 充電器に差してある携帯電話は、いつでも準備万端だった。思わず、あの小さなディスプレイを見つめていた。まるで、念力でも送るかのように。

 しかし、私の携帯電話は素知らぬ顔をして、そこで立っているだけだった。

 心がおぼつかないまま今日の仕事をこなし、私は帰路についた。久しぶりの最悪な1日のスタートだった。家に着いた今ももう何もする気になれず、ため息ばかりが溢れていた。

 無理に笑い、人と接することに限界を感じていた。いい加減、過去の荷物を捨て、歩き出さなければいけないのに…

(メール、来なかった…)

 たかがそんなことで、私は落ち込むことができる。簡単に不安になることができる。自分が余りに無力であることを自覚するのだ。

 自分には何の価値もない。ユキトもいつまでも泣いている私に愛想が尽きたのかもしれない。

(じゃぁ、仕方ないか…)

 あの奇跡は幻だった。そんなことを思い、無理やり自分を納得させた。食事もろくに喉を通らない。それでも、事務的に水は飲んだ。そして私はこの虚無感を拭えぬまま、眠りについたのだった。

 そんな日々が、もう一週間も続いていた。


Reeee…!

Reeee…!

Reeee…!


 休日の朝だ。体力が限界だったためか、気力が底を尽きてしまったのか、この日は太陽が空を高く昇っていても、目覚めなかった。時計を見ると、すでに10時を過ぎている。夜明けを見ずに済んだことに、ホッとしている自分がいた。

(なんか鳴ってる… 携帯?)

 全身を使って音と光で、仕事をしている携帯電話を手に取り、着信したメールを読んだ。その瞬間、私の瞳孔は一瞬、大きくなった。

『久しぶり。ごめん、ちょっと風引いちゃったりして、体調が悪かったんだ。』

 瞬きもせず、携帯の画面を見つめていた。

(あ… 来た…)

 急に胸の鼓動が激しく打ち付ける。それはもう、痛いくらいだった。

『おはよう。体調、大丈夫?』

 深く息を吸い込み、震える鼓動を抑えながら、返信した。私は、本当に単純だ。たかがこんなメールひとつで、元気になれるのだから。

『だいぶ良くなったよ。沙羅はどう? 心の傷は癒えたかな』

 "癒えた"…?

 今、私は生きている。あなたのおかげで、生きている。こんな大人の自分が、純粋な大学生に助けられている。本当に不思議だった。


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