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「俺は反対した」


初夏の昼休み、今日の小部屋はちょっと蒸し暑い。


いつものセイシルとちょっと頬の膨れたノイエ様、そして暑苦しさの大元、


「は、はじめまして、アーサー様…」


太陽の化身アーサー様がニッコリ座っていた。



「いつもノイエがお邪魔して悪いね」

「いえ、私の部屋というわけでは…」

「そうだぞ、俺の部屋でもある」

「ノイエ様それもちょっと違うような」



ははは、と快活に笑うアーサー様のキラキラの目が眩しい。


「今日は俺も久々にノイエと昼を食べたくてね」


コレがちょっと、と取り出したのは教本だ。


「ああ、もうすぐ試験ですもんね」

「うん、科学系はノイエが得意だから」

「へえ、意外」


ノイエ様っていやぁ、窓辺で読書に耽る深窓の令嬢の如きたおやかさだ。

文学とか得意そうなのに。


「ああ、文学は全くダメ」

「へえ」

「セイシルは?」

「私も文学がダメで」

「ああ、なら俺が教えようか」


口を挟んだのはアーサー様だ。


「こう見えて得意なんだ、文学」

「え!是非!」


そもそも2人はセイシルの一学年上の学生のため、先輩の指導を仰げるなら幸運だ。


「私そんなに仲良い先輩もいないので、

 過去問とか貰ったこともなくて」

「ああ、それなら俺のをあげるよ」

「アーサー様…!」


太陽神アーサーを拝んでいると、


「…なんだよ」


口を尖らせてそっぽを向いたノイエ様がいた。


「ノイエ様?」

「…俺に言えばいいだろ」

「何を?」

「…過去問とか」


「…ノイエ様」

「何」

「思い付きもしませんでした」


ほら、なんていうか、 

ノイエ様は先輩っていうか友達枠なんで。


「それも失礼な話でしたね」

「いいよ、友達枠で」

「ありがとうございます」

「でも過去問は俺に言って」

「はい、そうします」


ふたりのやり取りを、アーサーが生ぬるく見守っている。


「セイシルさんは卒後はどうするの?」

「え、全然考えてないです」

「こっちで就職?それとも地元に帰る?」

「あー…何となく地元に帰るのかな、と思ってましたが…お二人は?」

「俺等はこっちで就職希望。来年度からは色んな研修にも出るよ」


トランジア校は国内イチのカレッジで、16-20歳の国中の秀才が集結している。

卒後の進路もトランジア校出身は引く手数多だ。在学中から青田買いのごとく色んな研修を受け入れてくれる機関が多く、上級生は忙しく飛び回っている。


「へえ」

「研修先は希望が被ったら成績順だからね。

 今回の試験はちょっと頑張りたくて」


昼休みも軽く勉強をね、とアーサー様が朗らかに言う。


「あ、じゃあノイエ様、しばらくこの小部屋譲りましょうか」

「え」

「試験まではアーサー様と勉強に使われては?」

「嫌だよこいつ目立つから見つかりそう!」

「心外だなあ」


はっはっは、とアーサーは笑う。

でも確かにこの2人が揃うと自発光が2倍だからな〜。この小部屋が見つかるのも時間の問題かも。


「それに、私も勉強しないとですし」

「昼休みも?」

「はい、昼休みは図書館が空いているので」


放課後は席が埋まりやすく、ぼっち体質の乙女セイシルにはちょっと居づらい場所なのであった。


手早く昼食を取って図書館に移動すれば、

資料を軽く閲覧する程度の時間は取れるのだ。


「ということで、お互い頑張りましょう」


ぱんぱん、と立ち上がりローブのしわを伸ばしたセイシルの視線の先には、また頬を膨らませたノイエ様が視線で何かを訴えていた。



ハムスターかな?




そして次の日の昼時間。

あらかじめ買っておいたサンドイッチを食べたセイシルは、予定通り図書館へ向かった。


本日はあいにくの雨。雨音と湿気が気になるため不人気な窓辺に面したカウンター席を陣取ると、教本を広げ必要な資料をリストアップするところから始めた。


空いているとはいえ試験前、生徒達の静かな囁きが聞こえてくる。


『あ、このページは試験に出ると教官が…』

『この先はこの公式でいいんだったか?』

『ああ本日も麗しい…窓の雨粒がパールのよう…』


ん?何か混ざった?


ふと隣のカウンターを見ると、ノイエ様が気怠く座っていてギョッとした。


ノイエ様の面した窓枠がさながら絵画の額縁のごとく、窓に貼り付く雨粒が背景に散らばる真珠のよう…と先程の囁きに全面同意してしまうほどの芸術点の高さだ。


こちらを見ようとはしないため、

セイシルも倣って知らんぷりをする。


お互い無言のまま、雨音を聞きながら筆を走らせる。


『よし、今日はこの資料だけ借りて戻ろう』


セイシルは荷物を持ち書架に向かった。

所狭しと立ち並ぶ書架の迷路を進み、目的の棚を探す。


その棚は奥まった位置にあった。

迷路の行き止まりのように三方を棚に囲まれ、セイシルは資料を探す。


『あったあった』


少し高いところにある資料に手を伸ばす。

その時、後ろからニョキッと手が伸びてきて、セイシルの手に触れた。


ビックリして弾かれるように振り向くと、

至近距離にノイエ様の首元があった。


…また背が伸びたんだな。


『しー』と紅い唇に人差し指を添える姿はまさに

フェアリーテイル…


とか何とか見惚れていると、セイシルは手に何か握らされたのに気づいた。

小さな紙片だ。


『試験が終わったら、また』


ノイエ、と締められたメモ書き。

そして、これ、と大きな封筒を体に押し付けられる。

軽く押されるだけで背中に書架が当たる。

本とノイエのサンドイッチ状態だ。


耳元に唇を寄せられ、

ごく小さい、吐息混じりの低い声で、


『やる』


とひと言告げ、彼は去って行った。


セイシルは何となく彼の息が触れた耳を押さえ、鼓動を整えてから図書館を出る。


そわそわしながら午後の講義を終え寮へ戻り、自分のデスクで封筒を開けた。


中身はノイエ様からの、過去問のプレゼントだった。

ご丁寧に解答解説も付いている。



「…綺麗な字」


見た目のイメージそのままの、

でも彼の中身のとはちょっと違う、

流れるような美しい筆跡。


つつ、と指でなぞり、

ふふ、と笑ってしまう。


これもイメージに合うように練習したのかな。


でも最近は背も伸びて、少し精悍さが見えることもある。

ファンガールたちは、彼の成長をやっぱり哀しむのかな。


それは寂しいような、勿体ないような。

セイシルは複雑な心境なのであった。



それから試験まで、

昼休みには図書館でノイエ様と度々鉢合わせた。

隣に座るわけでもなく、会話するわけでもなかったが、なんとなく姿が見えると嬉しかった。


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