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「で」
「うん」
小部屋につくなりノイエ様はそのあまりの隠れ家感に感動し、いそいそシャツを脱ぎ大口開けてパンを頬張りはじめた。
「やっぱり人気者も大変って訳ですか」
口周りを真っ赤にしたノイエ様にハンカチを渡し、もぐもぐと咀嚼する様子を眺める。
「うーん…
俺としてはほんと注目して欲しくないわけ」
「へえ、それだけ美しいのに」
「ありがと。でも俺、
あんま自分の見た目好きじゃないんだよね」
ファンガールが聞いたらショック死しそうな言葉だ。
「へえ。
芸術の域だと思いますけどね」
「どこがだよ!!」
ノイエ様は鼻息荒く立ち上がる。
「見ろよこの肌!
真っ白でスベッスベ!」
「羨ましい」
「ヒゲが生えねえんだよ…!!」
バッとめくったスネも、
む、無毛……!
「つるっつるですね…」
「見ろよ、この脚。
無毛の上に細いだろ」
「羨ましい」
「こんなヒョロヒョロ羨ましいもんか…!」
「あと見ろよこの顔!」
「美しい」
「あまりに線が細いだろ!
あとやたら目がでかい!」
「羨ましい」
「必要以上に幼く見えるんだよおお!」
ノイエ様は吠えた。
『ちょっと自分見た目気に食わなくてェ』の自虐風自慢ではどうやらなさそうだ。
「なんか…ストレス抱えてるんですね」
「分かってくれる?」
自身の膝に埋めた美しい顔を上げ、
ノイエ様はセイシルに己の心情を吐露し始めた。
「…今はいいよ、若いから。
天使みたいに翼付けて絵を描かれても、
筋トレしてるのを哀しげな眼で見られてもさ」
「ああ…華奢でいてほしいとかそういう」
「でもさ、俺もこの先年を取るわけ」
「はい」
「40,50にもなってヒョロヒョロ真っ白はさすがにないだろ」
「うーん」
「それにさ、俺としては多分、
もう少し大人になれば少なくともヒゲと毛は生えてくると思うわけ」
「はい」
「俺もそれを望んでるし。
でもさ、アーサーと違って…あ、アーサー分かる?」
「はい」
「良かった。
アーサーはいいよ、金髪だからヒゲも毛も目立たないし。
ほら、俺黒髪だから」
「あ」
「そう。生えてくるとしたら真っ黒な毛なわけ」
「あー…」
「スネや脇はまだしも、
ヒゲは皮膚の下だと青くなるだろ?」
青髭のノイエ様…!
セイシルは吹き出しそうになるのを何とか堪えた。
「しかも顔立ちは多分そんなに変わんないだろ。
想像してみなよ。
童顔細面の色白青髭ヒョロヒョロ野郎」
ついにセイシルの表情筋は敗北した。
「ぷぷ、ご、ごめんなさい、はは、あ、申し訳」
「いいよ、笑ってくれて」
失望されるより、笑ってもらったほうがマシだ。
「だからさ、
俺の見た目はどう考えても今がピークなの。
褒めてくれるのはありがたいけど、
この先が怖いんだよ」
「ああ…」
「絶対言われるだろ、『劣化した』って。
勝手に褒めそやして勝手に失望されてもね」
だからなるべく注目してほしくないの。
「アーサーはいいよな、
最初っから男らしいガタイで顔つきで」
「確かに、アーサー様は逞し系ですもんね」
「君もアーサーみたいなのがいいだろ?
将来夫にするならさ」
「いえ、私は結婚は望んでませんので」
「あ、そう。珍しいね」
「まあそういう女子もいます」
「そっか。実はさ、
前に女の子が噂してるの聞いちゃったんだよね」
『ノイエ様は大変に美しくていらっしゃるけど、
結婚は恐れ多いですわね』
『だって私より間違いなく綺麗ですもの、
長く一緒にいたら劣等感で死にそうですわ』
『やはりかの方は薔薇の花と一緒にクリスタルに閉じ込めてその美を永遠のものとするべきですわね』
「あー俺は結婚したいのになー、
と思ったら悲しくなっちゃって」
「なるほど。
でもノイエ様、私は結構、
話しやすくて面白い人だと思いましたよ?」
「君は受け入れてくれたけどね。
前に普通に食堂でトマスパパン食ったら、
みんな目を逸らしやがんの」
『げ…幻想ですわね…』
『そんなまさか、ノイエ様がそのような俗世の食物を召し上がるなど…』
「あと、『俺』って言うのも嫌がられる」
『俺…?
まさか、ノイエ様の一人称は僕一択…!』
『僕であってくださいませ…!神様お慈悲を…!』
「みんなを失望させくないからさ、
なるべくリクエストには応えてるわけ」
乙女セイシルは感銘を受けた。
ああ、だからこの人、いつもアンニュイなのか。
ファンの期待に応えるアイドルの鑑じゃないか!
ありったけの尊敬の念をこめて、セイシルは囁いた。
「ノイエ様は、
優しくて真面目なのですね」
…ノイエ様は面食らった顔をして、
口をぱくぱくしてこちらを見ている。
「ところでノイエ様」
「な、なに」
「お昼時間、とっくに終わってます」
セイシルはニヒルに笑いかけた。
「サボっちゃいましたね、一緒に」
ノイエ様の見開いた目と、
じわじわと染まる頬を眺めながら、
乙女セイシルは思った。
オカメインコに似てるな、と。