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ラブコメ書きたかった。

この作品の世界には貴族制度はありません。

魔法のないホ◯ワーツをご想像くださいませ。

校舎の奥の奥、

旧礼拝堂の隠し小部屋でだらしなくくつろぎ、

セイシル・ジーンは大口を開けた。


国のはずれの港町で生まれ育ったうら若き乙女セイシルは猛勉強の末、この国家イチの4年制寄宿学校カレッジ、トランジア校に入り込む権利を手に入れた。あの猛勉強の日々は一体何のためにあったのか。今ならわかる。購買部の押しも押されもせぬNo.1メニュー、このトマトスパゲッティパンを口いっぱい頬張るためである!


しからばごめん!


いざ!


もぐり!



「やめらんないねェ…」


口の周りをトマトソースで真っ赤に染めて、

セイシルは悦に入った。



トランジア校に入学してから数ヶ月。

寮も相部屋のためひとりになれる場所がほぼ皆無のこの学校生活で、セイシルが探しに探して見つけ出した隠れ家がこの隠し小部屋である。



この旧礼拝堂そのものがもう使われていないため、当初から目を付けていたセイシルであったが、ごそごそ探ったら何と裏から入れる隠し扉を見つけてしまったのである。

壁にある開閉式の格子を開けると、礼拝堂の中を覗き見ることもできる。


こりゃ昔の人が悪いことに使ったな。


旧礼拝堂自体には同じく人目を忍びたい者たちがそこそこ訪れることもあるが、未だこの部屋は見つかっていない。



セイシルの楽園である。



「もう泣くのはおよしになって、ね?」

「だって…だって…!」

「仕方ありませんわ、今日のノイエ様は、あまりにも!」



ふいに礼拝堂から声がし、

格子をうすーく開けて覗いてみる。



おいおい、あのローブの飾り紐の色、

うちの学年の女生徒じゃないか。


涙ぐんだひとりを中心に、

複数人肩を寄せ合って慰め合っている。


なんだなんだ、失恋でもしたか?



「分かりますわ、さっきのノイエ様の微笑み!」

「なぜわたくしの網膜はプリント機能未搭載なのかしら…!」

「それを見守るアーサー様の笑顔の眩しさ!」

「胸像にするべき…!」

「美術の先生に石膏を分けてもらいましょう」

「それより絵画もよろしいのでは?」

「絵画といえば、イートン画伯の新作!」

「ああ!あの天上の美を描いた作ですわね!」

「ノイエ様がモデルとの専らの噂ですわよ」



「と……尊い〜〜〜!!」



……セイシルはそっと格子を閉めた。

何か思ってたのと違った。



『まーたあの二人の噂か』



ノイエとアーサー。

このトランジア校に在籍する一学年上の男子学生である。

他学生に全く興味のないセイシルでも知っている有名人だ。



何で有名かって?

良いのである、顔が。



彼らを表す言語表現については、

彼女らファンクラブが紡ぐものに勝るものはないので拝借するが、



『明るい金髪に金の瞳、

 たくましい体躯に弾ける笑顔…

 ああ、あの厚い胸板を型どって枕にしたいですわ…!

 老若男女皆に愛されるあの白い歯!

 上腕二頭筋にブランコを付けて日がな乗り回したい!

 太陽の化身アーサー様…!』


『ノイエ様の濡羽色の髪から覗く、

 ライトブルーのいつも潤みがちな瞳の湖に身を投げたい…

 アンニュイでクールな表情、白い肌に華奢な手足…

 唇は真っ赤なベリーのよう…

 月下美人とはかの方のこと、

 いっそわたくしが手折ってしまいたい…!』



とまあタイプは全く逆なようなのだが、

何故か仲が良くよく一緒にいるらしい。


セイシルはとおーくからチラッと見たことがあるが、確かにそこだけやたら輝いていた。



興奮した様子のファンガールたちが立ち去ったあと、引き続き昼時間を楽しむセイシルの耳に、カタ、とまた礼拝堂のドアが開く音が聞こえてきた。


今日は来客の多い日である。


足音は礼拝堂の奥の奥へと移動し、何やらごそごそ衣擦れの音をさせてから静まった。



この時、セイシルは変な好奇心を出すべきではなかった。


暇であったこと、

先ほどのファンガールたちがちょっと面白かったこと。



それらがセイシルの好奇心を刺激し、

ちょっとだけ格子を開けて覗き込んでしまった。



まさか足音の主が格子の目の前で、

なぜか上半身裸で大口開けてトマトスパゲッティパンを今まさに頬張ろうとする瞬間だとは。



バッチリ目が合った足音の主は音もなく叫び、

うっと目を見開いたあと、

蒼白い顔がじわじわ真っ赤になっていく。



アレ?

やばい、これパン詰まらせてる!


焦ったセイシルは小部屋を飛び出した。

礼拝堂の中の上半身裸男に駆け寄り、

その真っ白い背中を勢いよく叩打した!


出た?!

無言で問うとふるふる、と首を横に振って男は答える。


大変だ大変だとセイシルは男の背中を抱き締めるように鳩尾で両拳を組み、


「セイヤッ!」


と真上に引き上げた。

ごぼ、と音がして男の口からパンが飛び出し、

次いで激しい咳込みと荒い呼吸が飛び出す。


ハイムリック法成功…!



寸でのところで救命に成功したからいいものの、己がうかつに驚かせてしまったことで命の危機に晒してしまったことをセイシルは土下座して詫びた。



「驚かせて大変申し訳ございませんでした…」



怖かった…本当に……


「ゲボ、げほ、

 いいや、むしろ助かったよ」


男は掠れた声で顔を上げて、とセイシルの肩を叩いた。


「いや〜まさか、

 あんなところから覗く目があるとはね」


驚いた驚いた、

と黒髪をかき上げる男の、

その、ご尊顔が………



「………顔が眩しい」



『月下美人』ことノイエ様が、

そこに降臨していらした。



「えーと、失礼承知でお聞きしますが、

 ノイエ様…でよろしいですか?」


「ああ、うん。

 あれ、もしかして君が先客だった?」



長いバサバサのまつげがふるふる、と震える。



「まあ、一応そうですね」


「あ、そっかそっか、ごめんね」


「ところでノイエ様、

 …なぜお脱ぎに?」


脱いだまま丁寧に置かれたシャツとローブを見、

己の上半身が裸であるのを見、


「わあっっ!」


とノイエ様は飛び上がった。



「あ、怪しい理由じゃない!

 ただ、服が汚れそうで怖くて!

 ほら、今日は珍しくあのパンが手に入ったから楽しみにしてたんだけどあのパン白シャツに飛んだら大惨事だろ?!」



真っ白い頬がさっと血の気を帯び、

唇も目元もより紅く色付きまぁ何とも色っぽい……



「ノイエ様」

「な、なに」

「なんかイメージと違いますね」



ノイエ様のパブリックイメージったら、

クールで儚げでアンニュイな、

抱きしめたら折れそうな美しい人、といった感じなのに。



割と…わんぱくだな?



「…う、うるさい」


ちら、とこちらに流し目をよこし、


「幻滅した?」


と紅い唇を尖らせた。



「いや幻滅するほど知りませんが」


淡白で正直な乙女セイシルは答えた。




「……そっか」


軽く目を伏せ息を吐くノイエ様。

なんか花でも背負ってそうだな。


「あの、ノイエ様」

「なに?」

「よろしければ、続きを召し上がられては?」

「あ、うん」

「私は先程の部屋に戻りますゆえ」

「あ、あれ部屋なんだ」

「はい。あ、そういえば」

「お、おう」


「ついさっきまで、

 あなたのファンガールたちがここに」



その瞬間ノイエ様の顔が明らかな落胆に翳った。

なんなら「悲劇」とかいう絵画ができそうだった。



「ここも…駄目か……」



ノイエ様の両肩には襲いくる哀しみに肩を抱いて慰める聖人たちの幻想が見え、その瞳はいっそうの水気をたたえ今にも涙が零れ落ちそうに揺れている。



「なんか…すみません…」


思わずセイシルは謝った。


「いいんだ…君は悪くない…」


頭を振った拍子に涙の飛沫を散らした美しい人は、今から怪物の生贄にされる姫君のごとき儚さだ。



緩慢な動きでシャツを羽織るその白い背中はまるで事後のごとく色っぽ…おっと危ない。



セイシルは驚いた。

淡白で正直で、イケメンには一切の興味のない乙女セイシルであるのに、ノイエ様の前ではまるでポエムのように耽美な表現が流れるように浮かんでくる。



これが魔性……!



「あの、よろしければ」

「うん?」

「あの小部屋…使いますか?」

「え、いいの?」

「私もいて良ければ、ですが」



セイシルとて苦労して見つけた隠れ家を譲る気はさらさらない。

譲歩として共有するならばまだ許せた。



「行く…」



あどけなく小首を傾げてトマトスパゲッティパンを握りしめるノイエ様に、セイシルはまたも魔性を感じて目眩がした。




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