エピローグ
あれから一年後、アイリスの命日にロゼット達四人は彼女の家を訪ねた。アイリスの墓参りをするためだ。一人一人が花を手向け、一緒にアイリスの冥福を祈った。祈りが終わった後、ロゼットは感慨深そうに言った。
「僕達の旅が終わってから、もう一年経つんだね。」
「早いものですよね。あぁそういえば、皆さんは今何をしているんですか?」
リシュアの問いに最初に答えたのはロゼットだった。
「僕は診療所を開いたんだ。怪我人の治療、それとカウンセリングもやってる。」
「ロゼは包容力があるから、結構カウンセリングも好評なのよ。因みに私は子供に護身術を教える家庭教師をしているの。」
「ガ―チェさんが先生に向いているとは到底思えないんですけど…」
毒舌なラヴィーネの性格がうつったのか、リシュアは突発的に思ったことを言ってしまった。ラヴィーネは不機嫌そうにリシュアを睨んだ。
「失礼ね、少なくとも貴方よりは沢山のことができるわよ。そうそう、住居を買う資金がなかったから、ロゼと同棲してるわ。」
[同棲]という言葉にリシュアとルーダは思わず驚きの声を漏らした。ロゼットは既に好意を伝えているのだろうか、それとも恋愛感情は抜きにしてただ共に住んでいるだけなのだろうか。とてつもなく気になり、リシュアは思い切ってロゼットに聞いてみた。
「(ロゼットさん、告白したんですか!?)」
「(う、うん…一応僕、ラヴィの彼氏ってことになる。)」
「(良かったですね!)」
まぁ付き合うと思っていたが、という言葉が喉元まできた。
一年前、アウネロの墓を作った日にロゼットはラヴィーネに自分の思いを打ち明けた。何故そうしようと思ったのかは本人にもわからないが、あの時に言わなくてはならないと、そういう気がしたのだ。
「…好きだよ。」
「…は?(なんて言った?え、好き?ロゼが、私を?…いいえそんなわけないわコイツは偽物そう偽物魔物は切り伏せなきゃ平常心平常心平常心。)」
ラヴィーネは考えることを放棄し、本能のままに腰の剣に手をかけた。人生初の恋物語は想像以上に受け入れ難いようだ。
「ラヴィの…」
「これは魔物、きっと夢…ブツブツ。」
「ラヴィのいつでも冷静なところとか、笑顔が可愛いところとか強気なところとか…とりあえず全部好き!大好き!」
二人きりの澄んだ空気に、ロゼットの声が響く。ロゼットは火だるまを通り越して炎そのもののような顔色になっていた。
「……本気で言っているの?さっき羅列されたこと一切心当たりないのだけれど。」
「僕から見るとそうなの!それよりどうなの!?ラヴィは僕が好き、嫌い?」
「…嫌いじゃないんじゃないかしら。でも、愛の告白をするならプロポーズまでちゃんとしたらどう?」
ロゼットは少しの間オタオタとした後、深呼吸をした。ラヴィーネの正面に向き直り、跪いて手に触れた。
「僕と、お付き合いしていただけましゅか?」
噛んだ。プロポーズで噛んだ。一瞬の静寂の後、ラヴィーネは突然吹き出したように大笑いした。
「アハハ…なんか拍子抜けしたわ。やっぱりロゼはダメね、私がいなくちゃ。」
冷静沈着なラヴィーネがあまりに笑うので、ロゼットも釣られて笑ってしまった。少しの間、二人は涙が出るほど笑い合った。
「んふふ…で?ルーダくんは?」
「実は…執事として父の屋敷で住み込みで働いてるんですよ。ボクは表向きでは死んだことになっているので、今は『ゼファ』と名乗ってます。どうやらボクの名前の候補の一つだったみたいです。」
ルーダにとっての本当の家族は、彼を育ててくれたアイリスだ。しかし、アフィーノ将軍もかなりの人格者だ。ルーダも一緒に暮らして居心地が悪いと感じることはないだろう。
「右目、まだ見えないの?」
「はい、お医者様曰くもう治る見込みがないそうです。」
ルーダは決して悲しくはなかった。生活は多少は不便だが、それでも大切な人に目をあげたと考えれば寧ろ誇らしいくらいだった。
「皆色々な道に進んでるんですね。私は踊り子として世界中を旅しているんです。」
「僕を旅に誘う時、それが夢だって言ってたもんね。良かったじゃん!」
「はい、毎日新しい発見があって本当に楽しいです!」
かつての旅の仲間と一年ぶりに会い、それぞれの今の職について語り合う。その中で、ロゼットは思わず本音を漏らした。
「リエーテさんも来れたらな…」
「仕方がないですよ。ギルドの誘拐事件で服役中なんですから。」
リエーテは誘拐に加担したものの、殺人自体はしていなかったので刑期は短い方だった。それでも後六年程は牢屋の中だ。面会には定期的に行っているが、こうして一緒に墓参りできる日は遠い。
「墓参りも終わったし、僕はそろそろ診療所に戻るよ。患者さんを待たせてるからね。」
「そうね、私もそろそろ仕事に戻る時間だわ。」
「お二人共、お仕事頑張ってください!ボクも頑張ります。」
「また来年…必ず会いましょうね!」
四人は笑顔で手を振り、それぞれ違う道を通って行った。彼ら自身の心休まる場所へと帰るために。