人を思うカタチ
何本もの触手を捌ききれなくなり、ラヴィーネは勢いよく吹き飛ばされた。即座に治癒魔法で自身を治療し、片足を引きずりながらロゼット達のもとに向かった。
「ラヴィ、口から血が…」
「ふっ飛ばされた時に口の中切っただけよ。それに治療も終わっているわ。」
ラヴィーネは袖で乱暴に血を拭き、暴れまわる化け物を指さした。
「それより、アレの心臓は移動しているのよね。規則性はないの?」
「まだわかんないよ。もう少し観察してみないと…」
「そう、なら腕の一本でも切り落として弱体化を図るわよ。ロゼは透視を続けながら援護して頂戴。」
謎に上から目線な事が気にかかったが、ラヴィーネはいつもそうだ。深く考えるほうが間違っている。
「ガ―チェさん、無茶ですよ!二種類の魔法を同時に使わせるなんて…!」
リシュアは思わず反論したが、ラヴィーネは全く気にも留めていない様子だ。また、ロゼットの中でも既に返事は決まっている。ロゼットは大きくため息をつきながら、頭をポリポリと掻いた。
「はいはい…やれば良いんでしょ、やれば。」
ラヴィーネは返事の代わりにロゼットに背を向け、化け物と正面から向き合った。
「信じてるわよ。」
小声でそう呟き、化け物に躊躇なく突っ込んでいった。
触手の攻撃をレゾナンスで受け流し、どんどん距離を詰めていく。しかし、化け物がラヴィーネの間合いに入る直前、化け物は無作為に無数の針を飛ばしてきた。そのうちの二、三本がラヴィーネの頬や脚を掠めたが、ここで足を止めるわけにはいかない。多少のダメージを覚悟したその時、ラヴィーネの横腹に直撃しそうになっていた針が凍り、先の尖った部分は氷に阻まれ、ラヴィーネがダメージを負うことはなかった。瞬時に辺りを確認すると、その他にも何本かが凍り始めている。ロゼットの魔法の力だと、そう確信した。ラヴィーネは凍った針の上を飛び移り、上へ上へと上がっていく。ロゼットもラヴィーネの動きに合わせ、的確な位置で針を凍らせた。
「(化け物はドロドロとした塊から魔物の腕や上半身などが出ているわ。そして、触手や針はドロドロの塊の中から出ている…狙うのは触手でなく、突き出ている魔物の腕ね。)」
ラヴィーネは天井スレスレの高さまで上がり、化け物の懐に飛び込んだ。勢いよく剣を振り上げると、魔物の腕を一撃で切り落とした。腕は地面に落ち、切り口から大量の血が吹き出した。ラヴィーネはそのまま魔物の顔面を蹴って飛び上がり、宙返りをしてロゼット達のもとに着地した。
「それでロゼ、なにか分かった?」
「あぁ…大発見だよ!まず、アイツの心臓は何本もの管で繋がれていて、管は腕一本一本に繋がっているんだ。それと、心臓は動いているんじゃない。骨格と呼べるものが内部にないから、アイツが動く度に揺れているだけ。」
「つまり、心臓を体から切り離すには腕を全部切り落とす必要があるってことかい?」
ロゼットはコクッと頷いた。ラヴィーネが容易く一本切り落とせたことを鑑みると、腕の強度はそこまで高いわけでは無さそうだ。ようやく勝機を見出すことが出来たのだ、これを逃したくはない。
「腕は後…九本くらいですか。一人三本ずつなら何とかなりそうですね。」
「さらっと僕を戦力外通告しないでよ…」
地味に傷つきながらも、リシュアが正しいことを言っていることも理解していた。ロゼットは複雑な感情で胸がいっぱいで、嫌な汗と涙を禁じ得なかった。
数十分の闘いの末、リシュアとラヴィーネは三本ずつ、リエーテは一本の腕を切り落とすことに成功し、ロゼットは三人を化け物の攻撃から守ることに専念した。それでも全ての腕を切り落とすに至らなかったのは、化け物が数多の触手や針、魔法などを用いた圧倒的な手数で抵抗してきたこと、そして闘いの中で個々に疲れが見え始めたからだ。
大きさのある敵の腕に攻撃を当てるためには、こちらも腕と同じ高さにいる必要がある。かといって距離を詰めすぎると攻撃の回避が困難になるため、三人はどうしても高く飛び上がり、空中を縦横無尽に移動しなければならなかったのだ。その点、リエーテは忍者という職業柄、空中での身のこなしを完全に理解しており、最小限の動きで回避することが出来ていた。しかし、クナイと手裏剣などの投技では殺傷能力に劣るのも事実だった。
「ぜぇぜぇ…まだ、二本残ってる。」
「リシュア、このくらいでへばってどうするんだい。それに、無駄な動きが多すぎるよ。」
リエーテはそう言いながら化け物に手裏剣を投げ、魔物の目を潰した。リシュアは息を切らしながら化け物との距離を詰め、舞うように扇で腕を切り刻んだ。
残る腕はあと一本という所で、化け物は残った腕を引っ込めようとしていた。ラヴィーネが即座に気づき急いで向かったが、既に腕の関節部分が見え隠れしている。
「間に合え…私に、出来ないことはないのよ!」
「今から氷の足場を作る、五歩先で左に飛んで!」
壁から氷の足場が作られ、ラヴィーネはそれに飛び乗った。腕の三分の二がドロドロの塊の中に引っ込んでおり、もう時間がない。ロゼットは咄嗟に空気を凍らせて巨大な手を形作り、腕をガッチリ掴み力のかぎり引っ張った。腕の皮膚が千切れ始めたところで、ラヴィーネが一刀両断した。
「や、やった!これで…」
ロゼットは透視で心臓が切り離されたことを確認した。その直後、化け物は床に転がった自身の心臓を見つめた。化け物から聞こえる何体もの命の叫び声が、部屋中に木霊する。
「イダイ、イダイ!ゴメンナサイ、ゴメンナサ…」
「グガ…ガアァァァ!」
「嫌ダ、ワタシ死ヌノ?…怖イ!」
一同は様子を見て、化け物が生命活動を停止するのを待った。しかし、いつまで経っても化け物は悶絶するばかりで動き続けていた。
「こいつ、まだ生きている?あ、潰れたはずの目が…!」
リエーテに潰された魔物の目が再生していく。カイルの見立ては外れた。心臓を切り離しただけでは、化け物は死ななかったのだ。
「そんな、これじゃどうしようも…」
ロゼットは絶望のあまり肩から崩れ落ちた。その時、ふと化け物が飛ばしてきた針が目に入った。針は掌くらいの大きさで、飛び道具としては使えそうだ。せめてあの化け物に一矢報いようと思い、ロゼットは針を化け物に投げようとした。
「…それ、貸してくれますか?」
後ろから声がした。振り返ると、そこにいたのはルーダだった。
「ルーダくん!?どうしてまたここに…?」
「…気がついたんです。ボクの知っているカイルさんは、もう死んでいたんだって。あそこにいるのは、もうカイルさんじゃなくて…ただの化け物だ。」
ルーダはロゼットから針を取り上げ、彼を押しのけて前へ出た。ふと化け物と目が合った。
「沢山、遊んでくれた。沢山、愛してくれた。カイルさんが、どんな大罪人であっても…ボクはカイルを肯定してあげたいんです。例えそれが、カイルさん自身の消滅でも。」
化け物は愛おしそうにルーダを見つめ、抱きしめようと切断された腕を一生懸命伸ばしてきた。ルーダは涙を流し、それでも彼なりに精一杯笑ってみせた。いつもカイルが自分にそうしてくれたように。
「やっぱり貴方は、最後まで優しいままだね…さよなら、カイルお姉ちゃん。」
ルーダは針を逆手に持ち、自身の右目にそれを突き刺した。紅色の涙が一滴、床に垂れた。