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7.一緒にダンスを

 ルーカスが今でも亡き妻を愛している。

 

 その事実はソフィアの心を想像以上に暗いものにしていた。


 ソフィアは侯爵家の舞踏会の隅でフローラがダンスを踊っている様子を見つめていた。

 

 お相手はなんと次期公爵だった。若くハンサムな男性に会場の女性たちの多くがダンスを踊りたそうに秋波を送っていたが、彼はまっすぐにフローラのところにやって来ると、丁寧にルーカスに挨拶をしてからフローラに踊りを申し込んでいた。


 驚きに言葉を無くしていると、一緒にいたルーカスが説明してくれる。


「実は彼と娘は幼馴染なんだ。親戚もいるから何度も会ったことがあって」

「そうなんですのね」

 

 フローラは彼があらかじめ出席するかどうか知っていたのだろう。

 どうりで今日は、やけに張り切っていたはずだ。

 

 ソフィアは、フローラとルーカスと一緒に参加するため、伯爵家に少し早く訪れていたのだが、先日仕立てたばかりの新しいドレスを着て、着替えてを繰り返しその度に何度も似合っているかどうかを確認してきた。

 髪型も何度も鏡で色々な角度から確認して、巻の形やハネの具合を厳しい目でチェックしていた。

 馬車の中でもちっとも乱れていない髪の毛を何度も撫でつけ、その度に巾着に入れた鏡を取り出し覗き込んでいた。

 

 フローラの、「私綺麗?」攻撃には優しいルーカスもいい加減うんざりしているように見えた。

 このままでは侯爵家に着いてもフローラは降りそうになかったし、ルーカスも馬車の中で寝たふりを決め込みそうだったので、ソフィアは皆の幸せの為に、今日のフローラは一番美しいということを納得させる役目に尽力した。

 

 実際、フローラはいつも可愛らしくて、誉め言葉には苦労しなかったのでソフィアにとっては大変ではなかった。

 

「まだ大学なんだけど来年卒業なんだ。そうしたら結婚しようかということになってるんだよ。まあ、まだわからないけれどね」

「とっても素敵だわ! もうお約束しているのね」


 それでフローラのあまり舞踏会での真剣じゃない様子にも納得がいった。

 ダンスを申し込んでくる男性に対しての素っ気なさに、ソフィアの方が気をもんでしまうほどだったがもう好きな方、しかも公認の相手がいるならそんな態度にもなるだろう。


 フローラが言っていた言葉が思い出される。

 愛し合って結婚したい。それはきっと現実になるだろう。若いカップルのふたりは互いに夢中なことを隠しもしていなかった。

 ソフィアは思いあうふたりを見ていて胸が鈍く痛むのを感じた。

 自分には夫と得ることのできなかった感情だった。

 

 過去に思いを巡らせていると、ソフィアはふと自分の前に手が差し出されているのに気が付いた。


「ソフィア、私たちも踊らないかい?」

「ご親切に感謝するわ。でも私付き添いなのよ」


 首を傾げて言う。

 

「付き添いでも踊ってはいけないというルールはないはずだよ」


 ソフィアは差し出された手を取りたくてたまらない気持ちに自分がなっているのに気が付いた。

 でも同時にこれ以上、ルーカスを深く知るべきではないとも思っていた。間違いなく今以上に心を持っていかれてしまうだろう。

 引き返せないところまで来てしまったら?

 彼の深いエメラルドの瞳に魅せられて帰ってこれなくなってしまったら?


「きっと娘たちは2曲目も踊るよ。黙って待っているのも退屈じゃないか」

「そんなことない、踊っている皆を見るのは楽しいわよ。それに私、ダンスは久しぶりで下手になっているわ」

「奇遇だね。私も久しぶりなんだ。君が上手いと私の下手さが際立ってしまうから、少し下手くらいがちょうどいいよ」


 ソフィアの前半の言葉を聞かなかったことにして、いらずらっぽく目を細めるルーカスにソフィアは観念した。

 もう次の曲はなんだっけ? とかもっと素敵な舞踏会用のドレスを選べばよかったとか。そんなことはすっかり忘れてしまい、気が付いたら差し出されている手を取っていた。


 舞踏場の中央に連れていかれる。

 キラキラと光るシャンデリアの真下に連れてこられて、ソフィアは感動と驚きとで頬が高揚して心臓が飛び跳ねているのに気が付いた。

 遠くでフローラがこちらを驚きの目で見ていた。フローラだけじゃない、他の女性たちも。


 指先が少し震えている。

 足も少しもたついている。

 表情も少し緊張で固くなっている。

 

 最初はそうだったが、ソフィアは踊っているうちに、周りに見られるのがだんだん楽しくなってきていた。未亡人の自分が話題の伯爵のファーストダンスに選ばれたのだ。


 ルーカスは微笑みながらソフィアを見つめていた。

 ソフィアが楽しんで踊り始めているのが嬉しいようだった。

  ルーカスは謙遜していたがリードも完璧で、ソフィアはまるで自分がこのフロアで一番踊りがうまいと勘違いしてしまうほどだった。


 そしてソフィアは華麗にターンをした時に……、彼の足を思い切り踏みつけた。


 ぐにゃりという足の感触に気付いて、一気に現実に引き戻され慌てる。


「や、やだどうしよう! ごめんなさい!」

「ソフィア、ソフィア落ち着いて。大丈夫だからそのままダンスを続けて」

「そうね、そうよね、でも痛かったでしょう。ごめんなさい」

「痛くないさ。君は軽いからね。私が大事な従妹の足を踏むのでなくてよかったよ」


 調子に乗ったせいでルーカスの足を踏んでしまい、恥ずかしさと申し訳なさで涙目になる。

 謝ることに夢中で、ルーカスの言葉もほとんど耳に聞こえてこなかった。


 フロアの中央に出てきた時のように、ぎこちない動きでダンスを続けるソフィア。

 ルーカスは空気を変えるように咳払いをすると、秘密を打ち明けるように囁いた。


「実はね」

「ええ、痛む?」

「私は領地で農作業もしてるんだよ。」

「え? 農夫に混じって作業してらっしゃるの?」


 伯爵が? そんな驚きでルーカスを見つめる。

 

「そうだよ。ここからが内緒にして欲しいんだけれど……。農作業のお陰で、実は足の爪先まで鍛えられているんだ!」


 パチッとウインクまでされて、ソフィアは口を開けて惚けてしまった。

 そしてすぐに、ルーカスの優しい思いやりに気付いてうっとりと微笑んだ。


「ルーカス、ありがとう」

「また舞踏会で踊ってくれるかい?」

「私でよければ。でもまた踏んじゃうかもよ?」

「なら、練習を一緒にしなければいけないね」


 さっきまでの緊張や恥ずかしさはもうなくなっていた。

ここまでお読みくださりありがとうございます。

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