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5.気になる

 ソフィアとフローラは買い物を終えて仕立て屋の前でルーカスを待っていた。ソフィアもだが、フローラも滅多に来ない王都の街並みに楽し気にあたりを見回している。

 店の反対側にある建物へ目をやり、レースで飾られているボンネットを少し上げて指さした。


「あそこに貸本屋? があるみたいだけど本を貸してくれるところなの?」

「そうよ」

 

 本は高価だ。

 欲しいからと言って簡単に買えるような代物でもなく、本を読みたくても手が出ないことも多い。庶民だけじゃなくて貴族も利用している人は多いはずだった。


 ソフィアも領地の村にある古い貸本屋に何度もお世話になっている。村ではあまり読む人が多くないのか、新しい種類の本の入荷は少なかった。村に一軒しかない貸本屋に潰れてほしくなくて、過剰に本を借りに行った覚えもある。

 

「本を借りる時最初に預託金を預けておくのよ。そして本を返す時に、その半額を返してもらえるの」

「へぇー。本を読むのにお金がかかるのね……」

 

 フローラのような名門貴族は、自宅に図書室があり代々の当主が買いためたものがあるはずだ。だから本を買う、ではなく借りるという発想が興味を引いたのだろう。


「伯爵家には本がたくさんあるんじゃない?」

「たくさんあるわ。でも私が読んで面白い本は多くないの。お仕事の本とかが多くて」

「そうなのね。貸本屋ならフローラの好きそうな物もあるかもしれないわね……」


 ソフィアも王都の貸本屋は初めてなので、どんなものがあるかわからず曖昧になってしまった。

 けれど、きっとフローラのような若い娘でも読み進められるような小説だってあるかもしれない。

 そう言うと、入ってみたいわ。と瞳を輝かせるフローラ。


「ソフィアお姉さま、入ってみましょうよ」

「でも伯爵がいらっしゃったら探してしまうわ」

「大丈夫よ。通りの反対側なんですもの。窓からお父様が来たら見えますわ」


 小首を傾げて可愛くおねだりされたら、ソフィアも抗えなかった。

 じゃあ少しだけ……。と言って二人は道路を横断して貸本屋へと入った。


 扉を開けると古い紙のにおいと、インクの混ざりあった独特な香りがした。

 

「薄暗いのね……」

 

 フローラがそう言った通り、仕立て屋は燦々と陽光が入り込み明るい印象で、貸本屋とは対照的だった。

 室内は陽の光を期待できるような明るさでははく、天井からライトが下げられていて、ところどころランプも置かれていたのでそれを頼りに本を探す。

 本の背表紙にはラベルが貼られていた。


 男性たちだけじゃなく、身ぎれいな恰好をした女性達もいて各々楽しそうに過ごしていた。

 椅子に座り、メガネの男性書店員と話をしているジャケットを身にまとった男性を横目で見ながらソフィアは手袋を見ていた。

 

「ここは手袋や日傘も売ってるのね」


 ちょうど今使っていた外出用手袋がみすぼらしくなっていたところだった。

 仕立て屋でいい物をと思っていたが、ここの物でも十分に使えそうだった。値段を確認すると支払いを済ませる。


 フローラは王都で有名な恋物語を手に取ってパラパラとめくっていた。


「その本面白そう?」

「そうね、少ししか読んでいないからわからないけれど恋愛物語が好きなの」


 頬を染めて可愛らしく言う。恋物語に自分を重ねて胸をときめかせるのは若い女性でなくても好きだろう。

 ソフィアが笑顔で借りるか聞こうとした時、フローラの視線が通りの先を見つめてパッと顔を輝かせた。


「あ、お父様が来たわ!」

 

 通りの向こうから背の高い紳士が颯爽と歩いてくるのが見えた。

 長い脚を動かし、人込みをかき分けて仕立て屋へと向かっている。

 

 ソフィアとフローラは急いで貸本屋から出ると、仕立て屋の前へと戻っていった。


 娘たちが貸本屋から出てきたのが見えたのか、ルーカスは帽子をちょっと持ち上げると笑って言った。

 

「待たせたか。もっと時間がかかるかと思ったんだ」

「待ちくたびれたわ。こんなに遅いならもっとドレスを注文してもよかったわね」


 意地悪な笑みを浮かべたフローラに、ルーカスはわざと慇懃に言った。


「それは申し訳なかった。では謝罪の意味も込めて。可愛い娘にお土産だよ」


 小さな薔薇を使ったアレンジメントの花束を差し出すと、フローラは頬を染めた。


「素敵! ピンクの薔薇、大好きよ。お父様ありがとう」

「我が従妹殿にはこちらを。娘が迷惑をかけたお詫びと思って受け取って欲しい。気に入ってもらえると嬉しいんだが」

「まぁ、そんな……。とっても美しいですわ」


 オレンジの薔薇のアレンジメントだった。

 美しい花束。驚きと喜びで目の奥にじんわりと涙が滲んでくるのがわかった。


 花なんて貰ったのはいつぶりだろう?


 胸がつまり言葉を失ったが、ルーカスのエメラルドの瞳を見てどうにか答えを返すことができた。

 オレンジの薔薇の花言葉は「絆」や「信頼」を意味する。ソフィアが伯爵家に受け入れられたようでうれしかった。

 

 仕立て屋の後は、当初の予定通り散歩を三人でしたが、まるで夢のような時間だった。


 天気も良く、愛らしいフローラは公園にいる独身男性に周波を送られていたし(ただし全部無視をしていた)、ルーカスの長身と優し気な顔立ちも女性たちの視線を集めていた(ただし全く気にかけていなかった!)。

 フローラもルーカスもソフィアをまるで古くからの友人のように接してくれて、本当に楽しく過ごすことができた。


 今日一日でルーカスをかなり知ることが出来たんじゃないかと思う。

 娘だけじゃなくて、この間知り合ったばかりの従妹にもこんな気の利いた贈り物をくれるのだ。巷で流れているような「人嫌い」の面もなく、穏やかで誰もが惹かれずにはいられない人柄だとも思った。

 気難しく気の休まらない相手かと思っていたが、全くそんなことはなくて。

 むしろ心地の良い相手だとソフィアは思ったのだった。


 ルーカスも、ソフィアとの会話を楽しんでいるように見えた。

 義父とも交流をしているようだったし、人嫌いには見えなかった。


 ――人の噂なんてあてにならないものね。

 

 でもそれなら何故、ルーカスは再婚しないのだろう?


 ハンサムで気配りのできる伯爵でしかも資産もあるなんて、子持ちだとしても女性たちが放っておかないに違いない。

 もしルーカスに仲人をするのが大好きな親戚がいたとしたら、本人の意思に関係なく紹介されまくっていただろう。


 もしかしてそれが苦になって人を避けるようになった? それならありそうだった。


 ソフィアは深入りすべきじゃないと頭では理解しながらも、ルーカスのことについて考えを止めることができなかった。

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