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17.丸く収まる

 ルーカスとソフィアは控室からこっそりと廊下へと出た。

 今は皆花火を見るために庭先に出ていて建物の中にはいないだろう。

 けれど、どこに誰の目があるのかわからないものだ。まだ正式な発表をしていないうちはふたりで控室から出てきた姿を誰にも見られたくなかった。


 けれどルーカスは少しソフィアとは違う考えのようだった。

 ソフィアの腕を掴むとずんずんと広間のほうへ向かっていく。


「ルーカス腕を離してちょうだい」

「離すさ。君の義父のところまで行ったらね」

「ルーカス?」

「今すぐ男爵に伝えておきたいんだ」


 二人の婚約のことを。

 それを聞いてソフィアは驚きで飛び上がった。


「待って、今は駄目よ。伯爵家のパーティーなのよ。後日うちに来てくれたらいいから。焦らなくてもいいじゃない」

「ソフィー、正式にはちゃんと改めてお伺いするよ。君の実家の方にもちゃんとね」

「実家はいらないと思うわ……。手紙で十分よ」


 夫が亡くなったとはいえ、ソフィアはフォルス男爵家の人間だ。実家に戻ったわけでもないし、父ももういない。母には知らせたいが、新しい父や兄弟たちにはあまり積極的に知らせたいとも思っていなかった。

 父や弟はどんな性格だっただろう? 妹たちはもう幼いころに分かれたきりなのでわからないが、伯爵家と伝手ができたと勘違いさせてルーカスに迷惑をかけさせる可能性が捨てきれなかった。

 

「さっきの事覚えてるかい?」

「ええ、素敵な告白よね?」


 ルーカスはくすっと笑うといたずらっぽく笑った。


「それは一番素敵な思い出だけど、さっき私が失礼な客人を殴ったことだよ」


 ソフィアはカッと頬を朱に染めると唇をかみしめた。

 自分だけがまだ夢の続きを見ているような、ひとりだけ浮足立っているように思えたからだ。

 ルーカスはもう切り替えているようで恥ずかしかった。

 

 スーカスは広間を覗き、義父と夫人を見つけるとソフィアの手を離した。

 ふたりは花火を室内から見ているようだった。花火はあまり見えないが、人込みを避けたかったのだろう。

 テラスへのガラス扉が開かれたままなので、歓声と花火の音が良く聞こえてきた。


「ソフィア、多分このままだとあの男を殴ったことで君と男爵に迷惑がかかるかもしれない。でもそれを今すぐ解決する方法があるんだ」

「ど、どういうこと?」

 

 ルーカスは義父に近づくと声をかけた。


「伯父上、お話があります」

「おお、ルーカス、ソフィアも。ずいぶん遅かったから心配したよ」

「レモネードを取りに行って誰かに絡まれたのではなくて? 大丈夫だったかしら。ラーディントン伯爵が連れて帰ってきてくれてよかったわ」


 ソフィアはその時になって、ポートデール夫人にレモネードを取りに行くと言って離れたことを思い出した。

 そして今自分の手には何も握られていないことも。

 ソフィアはくるりと会場内を見渡した。

 テーブルの上にあるレモネードを取りに行かねば。今にも駆けだしそうだったソフィアの手をルーカスが取る。


 義父と夫人は、おや? と言った表情をした。


「ふむ。聞こうか」

「後日改めてご挨拶に伺いたいと思っていますが、とりあえずご報告をさせていただきたく。先ほどソフィアさんにプロポーズさせていただきました。ご結婚を認めていただきたく思います」

「まぁ!」


 夫人が少女のように頬を赤らめて声をあげた。

 義父が咳払いをすると、夫人も扇で顔を隠して取り繕う。

 ぱたぱたとせわしなく仰ぐ。


「ソフィアの気持ちはどうなんだい?」

「お義父様、このような場で言うべきではないと重々承知しております。ですが言わせてください。私もラーディントン伯爵と同じ気持ちです」

「なら私が何も言うことはないようだ。ふたりとも幸せにな」


 ソフィアとルーカスは顔を見合わせて微笑んだ。


「素敵ね! こんな場面に立ち会えるなんて私も嬉しいわ!」

「サリア……」


 夫人が喜びの声を上げる。義父は苦笑していた。

 女性はいつまでも恋の話が好きなのは本当のようだった。ソフィアは夫人にもガレアントの恋愛物語が売れるかもしれないと密かに思ってしまった。


「この年になるとね、そんな話もなかなか聞かなくなるものなのよ。私の息子も娘も皆結婚しちゃってますからね。孫だって結婚している子がいるのよ」


 花火はいつの間にか終わっていたようで、室内にぽつぽつと人が戻ってきていた。

 そのまま庭先でもガーデンパーティが出来るようにもしているようで、外で楽しんでいる人たちも見える。


 ソフィアはルーカスに微笑むと、その肩越しに見たくない人物を発見してしまった。

 瞬時にこわばった表情を見てルーカスも気が付いたようだった。


 ソフィアが恐れていた人物が来てしまった。

 ホーリンは真っすぐにソフィアの元へ向かってきた。

 ギラギラと瞳を怒りに染めてこちらへ向かって突進して来る。

 唇が切れて血が滲んでいるのが見えた。ホーリンの明らかに殴られたような顔に、会場の何人か気が付いて視線で彼を追っている。


 ホーリンはソフィアとルーカスの前に来ると、怒りを押し殺した声を出した。


「謝罪を求めます」

「何のことだ?」

「この怪我のことです」


 貴族社会は不名誉な噂が立てばたちまちに孤立してしまう。

 ホーリンもそれを知っていて、自分が犯した暴挙のことはルーカスもソフィアも誰にも話さないと思っているのだ。

 夫のいない女性が、知人の男とふたりきりで夜の庭に居ただなんて、真実はどうあれ好き勝手に噂される格好のネタになってしまう。

 夫がいなくて寂しいとか、誘っただとか噂されるに違いない。ソフィアにそんな考えが頭に過り、手をぎゅっと握りしめた。


「君は何か勘違いをしているようだ。転んだのではないかね?」

「転ぶ? こんな転び方どうすればできるのか教えて欲しいくらいですよ」

「では酒の飲みすぎではないか?」

「なに……!」

「ところで、私は君の事を知らないのだが?」


 カッと顔を赤くしたホーリンが言い募ろうとしたところでルーカスが口をひらく。

 伯爵家のルーカスと、爵位のないホーリン。知り合うはずもない間柄だ。

 そして知り合いでもないのに身分が下の者から上の者へ話しかけるのはマナー違反だ。

 怒りで頭がいっぱいのホーリンは気が付いていないようだった。


「ああ、結構。君に自己紹介を願ったわけじゃないんだ。ただ、このパーティーに正式に招待されていたのかデリーウッド伯爵に聞きたくてね」

「な、なんだと?」

「伯爵はまだか?」


 ルーカスはいかにもいらだった様子で近くにいた従僕に話しかけた。

 従僕は焦りながら人込みの中へ消えていくと、すぐに大きなお腹を揺らしながら速足でデリーウッド伯爵がやってきた。

 

 ホーリンはそれを見て赤かった顔を青くさせると、お辞儀をしてその場を去ろうとした。

 しかし、それより早く夫人が伯爵に声をかけた。


「デリーウッド伯爵!」

「は、はいっ!」


 デリーウッド伯爵は夫人に呼ばれて小さく飛び上がった。


「なんだか知らない方がいるわ。あなたのお友達なの?」


 扇で口元を隠し、伯爵を睨みつける。

 

「は、いえ、それは……」


 歯切れ悪くもごもごと話す伯爵に、夫人は眉を上げて抗議の意を示した。

 

「はい! 違います。どうやら何か手違いがあったようです」

「ならいいのよ」


 ホーリンは伯爵の言葉に顔をすっかり顔を青くすると、なんで、とかどうしてとか言い募ろうとした。

 それに伯爵は煩わしそうに手を振る。

 素早く従僕がやってきてホーリンを会場から連れ出そうとしたとき、ルーカスが思い出したように言った。

 

「君、私の妻に何か話があるなら今後はラーディントン伯爵家まで来るように」


 ホーリンは顔を引きつらせると、従僕にせっつかれながら会場から出て行ったのだった。

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