16.確かめ合う心
「嘘じゃない。何故そう思ったんだ?」
「だって……、奥様がいらっしゃるじゃない」
実際にはもう亡くなっているが、この間妻への愛をこの耳でしっかり聞いている。
好きな人にプロポーズされる。
夢にまで見た瞬間が今現実として起きている。
本当は「私も!」といって飛びつきたい気持ちだったのに、おかしなことに口から出たのは否定の言葉だった。
ルーカスは小さく唸ると言葉を続けた。
「妻のことは愛していたよ。そしてフローラのこともね。私はずっとこのまま生きていくんだと思っていた。妻のことを心の中に残し、娘の幸せだけを願って生きていく人生だ。それはそれで素晴らしいものだろう」
ルーカスは何かを思い出すように遠くを見つめて言った。
「でもね、君が現れたんだ。ソフィー、君はすごいよ。本の出版だって娘もとても楽しみにしている。君のしようとしていることは意味のあることだし、きっと多くの人がその本を待っているはずだよ。君は気付いていなかったと思うけれど、妻が死んでから娘と少し距離が出来てしまった。君が来てくれてから何かが動き出したのを感じるんだ。日常の全てが輝いて見えるようになった。君のおかげだよ。そして僕は気が付いたら君から目が離せなくなっていたんだ。今僕が愛しているのは君だ。君しか見えないんだ」
今度こそソフィアも否定をしなかった。
否定したくなかった。
ルーカスは愛おし気な目でソフィアを見つめる。
「私の気持ちは今伝えた通りだけれど、君の気持ちを教えてくれるかい? ソフィー」
「わ、私は、あなたの事素敵だと思ってるわ」
ソフィアの声は小さく、ほとんど囁くようだった。
首を傾げるルーカス。
ソフィアの瞳から一瞬も目をそらさず、彼女の手袋に包まれた手を持ち上げて指先にキスを落とす。
「それから?」
「そ、それから?」
ソフィアはルーカスをまじまじと見つめた。
黒髪も意志の強そうなきりりと整った眉毛も男らしくて素敵だ。
エメラルドの瞳はいつも穏やかな色を映していて、見つめるだけでソフィアを夢見る世界に連れて行ってくれる。
でもこんなに情熱的だとは知らなかった。
「私にはこんなに愛を囁かせておいて、君は教えてくれないの?」
見つめられて、ソフィアはとろりと溶けてしまうかと思った。
ルーカスの瞳の奥にいつもとは違う欲望の炎が見えたから。
「わた、私……」
ソフィアは息を整えると、吐息のような囁きで呟いた。
「あなたの事を愛してるわ」
弾む心臓を押さえながらようやくそれだけを口にした。
それ以上は言葉を紡ぐことができなかった。
何故なら、ルーカスの少し薄い唇がソフィアの唇を塞いだからだ。
角度を変えて何度も口づけられる。
ソフィアはいつ自分が目を閉じたのかわからなかった。
いつの間にか瞼を閉じて、手は彼のたくましい二の腕を離すまいと掴んでいた。
二人の唇が離れた時になって、ソフィアは小さく頷いてプロポーズに応えることが出来たのだった。