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14.ソフィアの反論

 陽も落ちて、少しずつ人々が中庭へと移動していく流れが出来始めていた。

 どうやらそろそろ花火が始まるらしい。

 

 ソフィアは夫人が扇で顔をしきりに仰ぐ仕草に気が付いた。

 人の熱気に当てられてしまったのかもしれない。

 押し付けがましくならないように、控えめに声をかけた。


「レモネードを取って参りますわ」

「まぁ、ありがとう。でも従僕を呼ぶわよ」

「いえ、この人込みですもの、取りに行った方が早いですわ。椅子にお座りになってらして。すぐ戻ります」


 ごった返している人の波の中から従僕を探すのは難しそうだった。見つけても、気付いてもらえるかもわからないくらいホールには人がいた。

 ルーカスは自分が行くと言ってくれたが、ソフィアは義父とルーカスに夫人を任せて、その足で飲み物のあるテーブルを探した。


 人の波を縫い、テーブルについた時にはソフィア自身少し疲れてしまい、レモネードを手にすると早速口をつける。

 人が多すぎて息がつまりそうだった。夫人もおそらく人が多すぎて少し具合を悪くしていたのかもしれない。


 皆庭へと移動しているようなので、もうすぐ解消されるとは思うけれど。


 じんわりとかいていた汗が引くのを待つと、ソフィアは改めてレモネードを手に取った。


 その時、ソフィアに向かって話しかけてきた男性がいた。


「お久しぶりですな。ソフィア・フォルス男爵夫人」


 ソフィアは顔が青ざめるのを感じた。

 

 その呼び名は間違いだ。

 フォルス男爵夫人は義父の亡くなった妻にのみ使われる名称なのだ。夫はまだ爵位を継いでいなかったから。

 とはいえ、普通だったら何も言わず流すところだ。

 貴族席の片隅にある男爵家の嫁の呼び名など誰も気にしないから。


 ソフィアが青ざめたのは、その声に聞き覚えがあったからだった。

 忘れたくても忘れられない。


「ホーリンさん、あなたどうしてここにいらっしゃるの?」


 ソフィアは固い声で問いかけた。

 ホーリンは唇をピクリと引きつらせると、ぎこちなく笑顔と呼べる表情を作って答えた。


「それはご招待いただいたからですよ」

 

 ソフィアは眉をひそめた。信じられなかったからだ。

 いくら”気の置けない夜会”と言われても、伯爵がこんな男を招待するなんて信じたくない気持ちだった。

 

 ――もしかして不正な手段で手に入れたのかも? それかお金を出して買ったとか?


「何か勘違いされてるようですが、伯爵は私に恩を感じていらっしゃるようで」


 だから招待されたと?

 ますます信じられない気持ちだったが、ソフィアはホーリンとこの場にずっといるのも良くないと感じて離れることにした。

 

「そう、ではお楽しみになってくださいませ」


 優雅に頭を下げると早々に離れる。


 真っすぐに義父のいるところに戻ってしまうと、ホーリンがついてくる気がしてわざとホールから人の多い庭の方へと進んでいった。

 義父だけでなく、夫人やルーカスにまで迷惑をかけることは避けなければならなかった。

 この男なら、夫人にむかって聞かれてもいない名前を堂々と名乗りそうだったから。

 

 庭の人込みを抜けて、後ろを振り返る。

 着いてきていないようだった。

 ソフィアは安心して、速度を緩めた。中に入れそうな室内を探す。


 この建物には、広い庭の中に茂みが多くあり耳を澄ますと恋人同士の睦言が聞こえてきそうだった。

 

 ソフィアは室内を確認するために扉から中をのぞいた瞬間、後ろから強く手を引っ張られた。

 よろめき転びそうになったところを誰かに支えられる。


「おやおや、暗いですから足元にはお気をつけください」


 わざとらしく言われて、ソフィアはパッと身を離した。

 辺りを見回したが、見える範囲に人がいないようだった。

 よかったけれど、まずい状況だった。早く室内に戻りたい。

 

「あなたが手を引っ張ったのでしょう? こんなことをするなんて信じられないわ!」


 ホーリンはフン、と鼻を鳴らすと顔を歪ませた。

 人がいないのを知っているようで、もう表情を取り繕う気もないようだった。


「お前も夜会で男漁りか?」

「なっ……!」


 失礼な言葉にカッと頭に血が上る。唇をぐっとかみしめる。


「あの男ともう寝たのか?」

「え?」


 突然ぶつけられた言葉に、頭が付いていかず理解できなかった。

 ホーリンはそれをどう受け取ったのかにやにやといつか見たような下卑た笑いを浮かべた。


「あのハンサムな伯爵様だよ。噂になってるぜ。未亡人は後がないからなりふり構わずだな。それとも夫がいなくなってご無沙汰だったか? 相手なら俺がいつでもしてやるって言ってるのに」

 

 そして舌なめずりするように唇を湿らせると、ソフィアの身体をじっとりと眺めた。まるでドレスの上から身体を想像するような目線でソフィアは一歩後ろへ下がった。

 ソフィアは震える唇でなんとか言葉をつなぐ。


「下種の勘繰りはやめて」


 けれど、ホーリンはにやにやと笑うのを止めず、じりじりと獲物を見つけた狐のように距離をつめてきた。

 ソフィアは怯える自分を叱咤した。


 ――ソフィア、これじゃホーリン夫人に馬鹿にされた時のままよ。


 馬鹿にされてふざけたことを言われ、泣いて部屋に閉じこもった恥ずかしい記憶が蘇る。

 

 ――こんな人たちに貶められたままでいいわけないでしょ!


 ソフィアは背をピンと伸ばすと尊大に見えるように言った。


「あなたにどうこうされるなんて死んでもご免だわ! それに、仮にこの先爵位を得ても品性がなければ誰にも相手にされないわ」

「なんだと! クソが!」


 品性がないと言われたことは通じたらしい。

 ホーリンは見下していた女に言い返されて、顔を赤くするとソフィアの手を掴み茂みに引きずりこもうとした。


「人を呼ぶわよ!」

「呼んでみろよ。お前のほうが破滅だろ。なんせ俺は、品性のない下品な商人らしいからな」


 ソフィアは息を大きく吸い込み、声を出そうとした時信じられないものをみた。

 殴られ宙に舞うホーリンだ。

 

「ソフィー、大丈夫か?」

 

 まるで神話の英雄がそこに現れたのかと思った。

 額に汗を流し、息を切らしているルーカスだった。

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