13.気取らない夜会
デリーウッド伯爵家の夜会は毎年珍しい催し物をしてくれると社交界では人気のある夜会だった。去年は皆仮装をして誰が誰かわからない状態でパーティを楽しんだそうだ。
今年は伯爵邸ではなく、大きな庭のある美術館を貸し切っていた。一番大きな部屋を舞踏室として使っている。普段は舞踏会が行われない会場だが、伯爵が有力な出資者の一人ということで、特別に使わせてもらえているそうだ。
普段とは違う雰囲気と、陽が落ちたら花火を打ち上げる予定だと聞いていて、皆そわそわと楽しそうにしている。
とわいえ、そわそわと落ち着かないのは珍しい催し物があるというだけではないようで。
「なんだか見慣れない人達もいるようね」
会場を見回したサリア・ポートデール伯爵夫人は隣に立つ義父に、口元を扇で隠し表情は笑顔のままで首を傾けて囁いた。
ポートデール夫人は義父より少し年下の老婦人だ。
落ち着いたモスグリーンのドレスを身にまとっている。しゃんと背筋をのばしていて、今でもかつての華やかな風貌の名残を残している優美な人だ。
夫は既に何年も前に亡くして、今は息子が伯爵を継いでいる。有力な貴族の一人で、女王陛下ともお知り合いなのだ。あまり頻繁に夜会に出てこない人だが、彼女とお知り合いになりたい人も多い一方で、彼女ににらまれたら社交界で生きていけないとまで言われるくらいの影響力を持っている人だった。
そんな有力貴族の女性と義父が親し気に会話をし出したものだから、ソフィアは内心驚いていた。
「珍しい人たちが多いな」
義父も微笑みながら答え、ソフィアも笑みを浮かべながら聞いているので傍目には楽しんでいるように見えるだろう。
「知っていたら欠席しましたのに」
ポートデール夫人は瞳を伏せて悩まし気に呟いた。
会場は大きく、たくさんの貴族がこぞって訪れていたが、夫人のような有力貴族から貴族名鑑に載っているかも怪しい人たちもいた。
けれど、いるということは少なくとも招待はされてはいるはずだった。
「どうしてもって頼まれて来たのよ。毎年楽しい夜会だって評判だったけど、今年は趣向を変えたのかしら?」
「招待状には”気取らない夜会です”となってましたわね」
ソフィアがそっと言葉を添える。
「そうねぇ。”気取らない”の意味をご存じないようね」
「”気軽”な夜会でも、”気安く”されるのとは違いますものね」
すると夫人は、まぁ! と口にした後に、くすくすと上品に笑った。
「あなたお名前なんだったかしら?」
「ソフィアです」
「アルバート、あなたにこんな娘さんがいたなんて知らなかったわ。早く教えてくれればよかったのに」
「うむ。七年前から娘だよ。君は夜会に出てこないから紹介のしようもないよ」
夫人は顔に微笑みを浮かべ言う。
「今日は私の近くにいるといいわ。話しかけられても困るでしょう?」
ソフィアは目線でお礼を言うと微笑んだ。
基本的に身分の高い人から声をかけられるまで、下の人は話しかけてはいけないルールだ。また、知り合いでもないのに話しかけることもマナー違反のため、知り合いたかったら、さらに知り合いから紹介してもらう必要があるのだ。
ソフィアは男爵家なので無遠慮に話しかけられるのを防ごうと言ってくれているのだった。
今は夫人と話したい人達が、遠巻きにちらちらとこちらに視線を送っているが、夫人は全て知らん顔をしていた。
「ソフィア、今日は早めに切り上げようか」
「そうした方がいいわ。私も義理を果たしたら帰るし。せっかくアルバートに会えたのに残念だけど」
「なに、また会えるさ」
「そうね。今度一緒に絵画でも見に行きましょう。出資している者がいるのよ。ソフィアさんもいらっしゃいね」
ソフィアはそれに淑やかに微笑んで、はっきり答えるのを避けた。
少しの時間しか過ごしていないが、義父と夫人が仲の良い友達だということはわかった。そんな2人の時間を邪魔するようなことになってはいけないからだ。
――なんとかは馬に蹴られ……と言うしね。
もちろん、2人がそんな仲だと邪推しているわけではないのだけれど。
会場は義父と夫人のように、落ち着かなさげにしている人もいたがなんだかやけに馴染んでいるような人たちも多かった。
あちらこちらで男性たちが小さく盛り上がっていて、数人固まると他の部屋に移動していく様子も見えた。
「どこに行くのかしら?」
ソフィアは誰に聞かせることもなく小さく呟いた。
それを耳にした義父が答える。
「あれは商談だろうだな」
「お商売ですの?」
「投機の勧誘だろうか。不動産か香辛料か鉱山か……物はわからんがね」
もちろん、ここでは本格的な話はしないさ。と続ける義父。
ソフィアは知らない単語が出てきて口を閉ざした。著作権の時と言い、知らない言葉が多すぎる。大人しく口を閉じ、後で調べようと思った。
夫人は知っていたらしく、苦々し気に言った。
「殿方のみなさん、ご存じないようだけれど本当に良い話なら自分でやればいいのよ。それをしないのは何故?」
義父は軽く肩をすくめて答えた。
人込みをかき分けてルーカスが近づいてくるのが見えた。
丁寧にあいさつをすると、夫人が首を傾げた。
「フローラ嬢はどうなさったの?」
「フローラは夜会に疲れたようで、先日から妻の妹の家に遊びに行っています。あそこには娘さんが4人もいるからフローラも楽しいようです」
「そうなのね。今日の夜会ならそれでよかったかもしれないわね」
「ええ。……確かデリーウッド伯爵の息子さんの妻は元商家の男爵家でしたね。だからでしょうか、騒がしいですね」
穏やかなルーカスも何か思うところがあったのかもしれない。
小さくそういうと、気分を変えるようにソフィアに言った。
「先ほどメルトランド子爵夫妻に会ったよ。後で挨拶に行くなら付いていこう」
「まぁ、シエナも来ているのね。是非挨拶したいわ」
ルーカスは微笑んで頷いた。