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畏怖の仔  作者: 一兎
3/5

解き方

お咎めはなかった。

というより脱走を測った際にやっていた話し合いがまだ続いていた。

よくそんなに話す事があるな。行きと同様に窓から帰宅する、靴を脱ぎ立ち上がった所で叔母が廊下に顔を出した。

「孝吉、今起きたの?」

慌てて手に持っていた靴を後ろに隠す、俺は二度寝したことになっていた。

「あ〜、嫌、起きてたけど」

「ほんなら言わんと、お腹減るでしょ」

祖母の言葉で何も腹に入れていない事を思い出す、忘れていた空腹が腹の虫を鳴らした。

「ご飯持って来るから」

「うん、ありがと」

いそいそと台所へ向かう背へ礼を言う、相変わらず世話好きだな。靴を押入れに仕舞うべく部屋へと足を踏み入れる、敷きっぱなしの布団が足の踏み場をなくしていた。

「…布団そのままだったか…」

緊張の糸が切れたのか急に眠気が襲ってきた、でもご飯は食べたい。取り敢えず靴を片付け布団を畳んだ、ゲームでもして気を紛らわそうとスマホを起ち上げた。

ホーム画面に三俣稲荷神社の御神木が浮き上がる、遠くの方で猫達がたむろしていた。

「……」

二つの鋭い眼光が脳裏にちらつく、あぁもはっきり怒気を向けられると流石に凹む。理由は薄々気付いてはいたが家系の問題であり俺個人のそれではない、でも何か…俺個人に向けてたような…。

そんな分けないか、と思い直した所で叔母がお盆を手に戻って来た。

「あ、ありがと婆ちゃん」

立ち上がりお盆を受け取る。

「居間行かんようにしぃ、まだ話しとるで」

「…分かった」

釘を刺してきた所を見ると、よっぽど聞かれたくないのだろう。後でこっそり聞き耳を立てに行こうっと。

ご飯と味噌汁、焼き鮭、祖母がご飯を作っている為うちはもっぱら和食だ。腹を満たすとより体が重くなったが、俺にはまだやることがある。スマホをズボンのポケットに突っ込んで祖母に見付からぬよう居間へと足を向けた。


話し合いは平行線が続いていた。今回の三俣稲荷神社の焼失は思ってもいない事態だった。

「やっぱりあの時みんな終わらせておけば…」

「おい、村田さん、いつまで同じ事言ってんだよ」

「早急に村の皆を避難させましょうよ」

各々が思いの丈を発しても事は進まない、深い溜息が漏れる。

「皆さん、落ち着いて下さい」

「こんな時に落ち着いておれるか!彼奴等がいつ俺達を殺しにくるかわからんのだぞ!」

「だからこそ!…対策をしておきたい」

誰かがゴクリと唾を飲む、殺気立っていた空気が少し和らいだ。

「あのぉ…」

村田さんが控えめに手を上げる、先程まで声を荒げていた釜瀬さんが煙たそうに睨み付けた。

「どうしました、村田さん」

「神主の遺体が見付かっていないと聞いたのですが…」

「ほらみろ!山のどっかで猫共と空きを伺ってるにちがいない」

「亡くなってないんじゃない?」

「燃え尽きた可能性もありますよ」

一人の言動に皆が一喜一憂する、埒があかない。

「神主は確実に亡くなっています」

「何故、はっきり言い切れるんだ」

「そうだぞ、デタラメ抜かそうってんじゃねぇだろうな!」

釜瀬さんが前のめりに喚く。

「……神社に結界が張ってあるのは皆さんも承知だと思います」

「はい、滅多な事では破られないと聞いています」

「えぇ、でもそれが破られたんでしょ?」

「土橋さん、あんた俺達にホラ吹いたんじゃないのか?」

肌が湿度を纏っている、雨が降りそうだ。

「いいえ、……ただ、ある方法で破る事が可能です」

部屋の空気が俄にざわめく。

「ただ、その方法はー…」


居間の廊下に差し掛かった。襖は締め切ってはいるが声は十分に聞こえる。釜瀬さんの怒号が響く、相変わらず沸点低いな。

腰を低くして耳に意識を向けた、親父の声が届く。結界…?、俄には信じられない。

「……」

いや、猫又を目の当たりにした今、事実なのだろう。だとしたら、珠さんや猫達は…。窓の方から雨音の気配がした。

「…十年の月日を掛けて同胞を体内に取り込み、自らの命を絶つ……それを彼はやってのけたのでしょう」

空気が張り詰める。瞼を屡叩かせ口を鯉のように上下する、皆、言葉を探していた。沈黙を割いたのは予想外な者だった。

「ー!?」

陶器が打つかる音が廊下に響く、皆が一斉にそちらに目を向けた。心臓が煩い、飛び交う声を掻き分け襖を開け放した。

「ぁ……」

「………孝、吉…」

廊下に散らばった食器、お前だけには聞かせたくはなかった。

「もの凄い音したなぁ、大丈夫ー…」

叔母が台所からこちらへ声をかける、言葉が詰まったのは親父が険しい顔を見せていたから。

「ごめん、煩かったー」

「聞いたのか?聞こえたんだろう?」

村の人達が何かを言っている、祖母の気配も近くに感じた。それでも俺の意識は眼の前の親父に向いている、捕らえられた両目は逸らす事を忘れた。

「答えろ孝吉、……聞いてないと言ってくれ」

「……たよ…」

「何て言っー」

「聞いたよ!全部!」

瞳孔が開いた、親父は動揺を顔面に引っ付けたまま動けないでいる。

「俺が何も知らないとでも思った?安栗さんが飲んでた薬の事も、安栗さんや猫達の本当の姿だって俺は知ってる!」

「孝吉…!、何処で知ったの…」

祖母が涙混じりに俺の肩に手をかけようとした。

「ッー!!?」

視界が揺れた、親父に殴られたのに気づいたのは周りの悲鳴が耳に届いたから。そのまま床に手を付いた、遅れて左頬が熱を帯びる。

「頼む…!頼むから何も知らない子供のままで居てくれ…!」

絞り出した声は恐怖の匂いがした、親父の体は小刻みに震えている。

殴られた衝撃で目の奥がチカチカした、親父の顔は見れなかった。

今回は短めです。

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