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畏怖の仔  作者: 一兎
2/5

猫又

明日にはもうない、安栗さんが言った言葉は三俣稲荷神社の焼失で証明された。

日曜日にも関わらず家の中が騒がしい、数人の足音が床を叩いていた。文字通り叩き起こされた俺はやり切れない怒りを枕にぶつける、文句を言った所で多勢に無勢だ。

音にも慣れ瞼が緩々と締りかけた所で寝室の襖が勢いよく開いた。

「孝吉、稲荷さん焼けたんやて」

「……は!?」

稲荷さん、三俣稲荷神社の事だ。叔母の声に思考より早く体が弾かれる、焼けた?安栗さんは?猫達は?

「火は!?付いてんの?」

「もう消火はしよるよ、ただなぁ…」

「お母さん…!孝吉お前は家に居なさい」

横から顔を出した親父は叔母を連れ声のする居間へと帰って行った。

「ただ何だよ婆ちゃん…」

こうなると鉄壁の防御で俺を家から出さなくなる、だが策はある。

開け放たれた襖を閉め一先ず不貞寝を決め込む事にした。布団に突っ伏したものの寝れる筈はない、頭ばかりが冴えて苛々する。

村は今頃大騒ぎだな、木造で出来た本殿は全焼して鳥居と安栗さんが住む母家は大丈夫だろうか。ぱしんっと居間の襖が締まる、俺を叩き起こした足音が鳴りを潜めた。大方村の役員が集まって話し合いでも始まったのだろう。

「…よし」

この機を逃すまい、適当な服に着替え押し入れから靴を引っ張り出す。忍び一級の足捌きで寝室を出て廊下の窓をそろそろと滑らせる、見つかったら二度は無い。最悪監視の叔母が召喚され丸一日囚われの姫になってしまう、それだけは何としてでも避けたい。

順当に靴を履き庭に出る、相棒のロードバイクは玄関に在る今日はお留守番だ。道中ヒッチハイクでもして神社に向かえないものか、釣れそうな軽トラを探しつつ足を進ませた。


釣った獲物はデカかった。運良く神社の近くに住む村田の爺さんに拾われ親切に其処まで送ってもらった。村の人達から変わり者と煙たがれている、口数は少ないが勿論これが理由ではない。

早朝には居ただろう野次馬、消防車の影は何処にもなかった。鳥居は残ったようだ、重苦しい空を抱えて変わらずそこに立っている。

嫌な勘は当たる、炭と化した本殿が虚しく横たわっていた。

「…猫、…安栗さん大丈夫だよな…」

安否を確認しなかった事を今更に後悔する。

「やぁっぱり、来よったか!」

「…!?」

聞き慣れない声、体が固くなるのが分かった、姿を捉えようと眼球が右往左往する。

「こっちや、馬鹿者」

「ぁ……」

「おんし土橋のせがれやな」

身を捻ると木の分け目に人影があった、嫌、正確には人ではない。

「……えっと…」

気付いていた筈だ、いざ目の前に差し出されるとどう受け取っていいか分からない。

「…騒がんとこ見ると気ぃ付いとったか、目敏いもんや」

木を揺らして其奴は地面に足を着けた。

頭上に生えた二つの耳、見え隠れする二つの尾っぽ、正しくそれはー。

「……猫」

瞬間、鋭く尖った金色の目が俺を捉えた。

「猫は猫でも猫又や」

「猫、又……あ!あの、他の猫達は!?安栗さんは無事何ですか!?」

「珠か、…珠は死によった」

死んだ?誰が?珠、珠って誰の事だ?心が動揺している、考えた中の最悪が脳裏に浮かぶ。

「珠って誰ですか…?もしかして、安栗さんの事じゃー…」

「何やそれも知っとったか、…珠も近いうちやったが最後に良うやってくれた」

声が遠退く、自分が立っている地面がふわふわと揺れる。安栗さんが死んだ、これ程まで届かない言葉があっただろうか。

「なに酔狂な顔しとんのや、アンタ等土橋が今までしよった事に比べりゃ可愛いもんやろ」

「ーッ…!?」

ひゅうひゅうと息が漏れる、浮かんでは消えるばかりで上手く外に発せない。

「チッ……後なぁ、珠は珠じゃ、安栗言うなや胸糞悪い」

苦虫を噛んだ表情で視線を横へ外した、尻尾が心と連動しゆらゆらと忙しない。

「おい、何か言うたらどうや?」

「ッーしょ、…証拠は!安栗さんが死んだっていう!」

「あぁ!?そんなもんある分けねぇやろ!骨も何も残っとらんわ!」

「そんな分けない!この程度の火事で骨が燃えきる筈ないだろ!」

「おい!コラァ!何触ってんのや、気色悪い!」

詰め寄った弾みで掴んでしまった右腕を思いっ切り弾かれる、ぱしんっと軽快な音が響く。弾かれた右手はびりびりと電流が走った。

「痛って…!……もういい、アンタじゃ埒があかない」

「はぁ!?」

「話し合いが出来る人いない?」

「っ〜!?テメェ!おちょくるのも大概にせぇや!」

胸ぐらを掴もうと手が伸びてくる、体格の違いから俺では確実に負ける。

「大兄様、ストップ」

「ぅわっ!?」

「…福、その呼び方止めぇ言うたやろ」

「大兄様をどう呼ぶかは福の自由です。…大兄様は先程孝吉様の手を払われたのに自らもう一度掴みにかかるなんて、ツンデレに極みが掛かっていて素敵です」

「あぁ!?また分けのわからん事を」

心なしかヒリついていた空気が和らいだ、知り合いなのは確かだろう彼女の頭とお尻には男と同様なものが付いている。

「福の兄様が失礼致しました、孝吉様」

「ぇ…あ、いや、俺の方こそついカッとなって…」

薄汚れた着流しと裸足の兄様とは違い、全身真っ黒なゴスロリ服に身を包んだ妹が気品溢れるお辞儀を披露した。

「謝る相手がちゃうやろが」

「大兄様、少しお静かにお願いします」

「チッ…分かった分かった、苛つくで後はお前等に任せるわ」

頭を掻き毟りながら御神木に向かう、入れ替わりに二匹の黒猫が戯れ合いながら駆けてきた。

「…!まる、まめ、無事だったんだな」

その場にしゃがみ込む、撫でてやると甘えた声を出し擦り寄ってきた。

「…良かった」

「孝吉様はテクニシャンなのですね」

「え…?」

「…まる様、まめ様、甘えるのは後にして下さい」

長い睫毛に縁取られた金色が鈍く光った。

「では…何から話しましょうか……」


人の勘は馬鹿には出来ない。

神社で話したあの二人は安栗さん…珠さんが世話していた猫、大福と福だった。あのわがままボディが何がどうなって長身のイケメンになるのかは謎だが。

「…じゃあ、やっぱり安栗、…珠さんも元は猫だったのか」

紙袋の中身、アレでは死なない。

「…珠さん……そっか、珠さん死んじゃったんだ……」

桜並木に差し掛かった所で足が止まる、一緒に付いてきたまるとまめが慰める様に擦り寄る。

「はあぁ……そっか、そうだぁ…ぅぐっ、安っ…グス……安栗さんっ…ぐっ…はぁ…、し…死んじゃったんだぁ……」

膝が笑う、溢れる涙をどうすることも出来ずその場にしゃがみ込んだ。籠もった嗚咽の間にニャーンと鳴き声が届く、それが余計に苦しい。

「…ぅぐっ……安栗さんじゃなくて…グス……珠さんだったね…」

「「違うよ」」

「ー!?」

重なった声、弾かれた様に顔を上げる。

「孝吉が好きだった」

「珠は」

「「安栗だったよ」」

風に急かされ木々がざわめきを奏でる、瓜二つの振袖が宙を舞った。

「まる…?まめ…?」

「「孝吉」」

「泣かないで」

「泣いていいよ」

十歳にも満たない少女達に頭を撫でられた、恥ずかしさと嬉しさで頭がぐちゃぐちゃになる。

「っー、……ありがとう…」

「どう」

「致しまして」

柄にもなく、まるとまめを抱きしめていた。


これ通報されるのでは?唐突に我に返る、家から黙って抜け出していたのも思い出した。

「もう」

「大丈夫?」

「…うん、お陰さまで」

ズボンに付いた砂を払い立ち上がる、お礼に頭を撫でると二人は嬉しそうに目を細めた。

「こんな所まで来てくれてありがとう」

「孝吉」

「家まで」

「「行くよ?」」

「…それは、止めといた方がいいかな…」

「「…」」

「分かった」

「残念」

「「孝吉、またね」」

素直な二人に手を振り、俺は家路を急いだ。



軽快な鈴の音で目が覚める。

「「大福」」

「チッ…大福いうな言うたやろ、摩瑠(まる)摩瑪(まめ)

「孝吉」

「帰った」

「「家には行けなかった」」

「ふーん、……久しく見とらんだな、おまん等のそのなり」

木から飛び降りて二人を正面から見据える、変わらず可愛らしい。

「大福」

「孝吉を」

「「イジメないで」」

「は?何もイジメとらんわ、生意気言うなや」

「やめて」

「痛い」

乱雑に二人の頭を掻いた、昔からわしに懐く素振りも見せん。

「大兄様、セクハラです」

「あ?ガキ相手にセクハラも何もないやろ」

「ガキだなんて、レディに失礼です」

「失礼」

「です」

「は?誰がー……はぁ…まぁええわ」

福の後ろ盾で強気に出た二人、大人気ねぇし止めや。

「摩瑠、摩瑪、福と話あるで向こう行っとけ」

「福」

「イジメる?」

「イジメんわ、ええから」

福の後ろを陣取っていたが渋々、母家のあった場所へ駆けて行った。

「孝吉様のことですね」

「何処まで話した」

「大した話はしていません、珠様と私達が猫又かどうかの確認、…珠様の亡くなった理由」

「言うたんか?」

「いいえ、火事に巻き込まれた、とお伝えしました」

「…それで納得したんか?」

「少し不満気なお顔をしていましたが、それ以上はなにも」

「……」

証拠を見せろと息巻いていた孝吉が浮かぶ、ナメ腐りよって。

「大兄様、どうかされました」

「……何も、他は?」

「安栗、と何故呼んではいけないのか、必要以上に当たりが強い理由、ご本人にお聞き下さいと伝えました」

「あぁ?丸げしよったな」

わざとらしく首を傾げる、毎回これで誤魔化す。よう分かっとるわ。

「…大兄様」

「あ?」

「孝吉様の事で、…少し気になる事があるのですが」

「なんや」

「孝吉様は何故、私達が猫又だということをすんなり受け入れられたのでしょうか」

「土橋の人間やからやろ」

訝しげな顔で腕を組む、話をとっとと切り上げて中断された昼寝を再開したい。

「…土橋家は成人が済んでから習わし事を教わると聞きました、孝吉様はまだ十八歳です」

「何が言いたい?」

「身内の方から聞いていないということは別の方から聞いていた、という可能性が考えられます」

「珠か?…嫌、それはねぇな」

昨日まであった顔を思い返す、真面目で優しい珠が言う筈はない。況してや孝吉の事は随分可愛がっていた、気に食わんが。

「そうですね…」

「頭には入れとくで、福も少し休めや」

福に背を向け木に飛び乗った、幹の窪みに体を預ける。

「大兄様、…孝吉様だけでもお伝えできませんか」

「……」

湿った空気が鼻を掠めた、今夜は雨になる。

「福、この話は終いや…」

「……はい」

不満気な音がした、目を瞑り耳を欹てる山がざわざわと鳴いている。記憶の端に珠がふんわりと笑う、呑気なもんやな。

薄目に下を見る、福の姿はなかった。

「さて…」

気乗りせんがしゃーないな。

なんちゃって方弁です、多めに見てもらえたら助かります。

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