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畏怖の仔  作者: 一兎
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明日にはもうない

タマ、三毛、クロ、まる、まめ、お萩、茶々、シロ、とら、大福、福。皆元気そうで良かった。

ご飯はちゃんと食べれてるかい?私があげれたら良いのだけどね。最近肌寒くなってきたからね、風邪など引かぬようにね。皆で集まって寝るんだよ。

たまに来る毛の長い子と鼠色の子はどうしてるかな?見かけても追い出そうなんて考えるんじゃないよ、仲良くね。

君達の成長を見届けられて私は幸せだったよ、それじゃあもう行くね。彼に良くしてもらうんだよ。


自転車で三十分。網目状の住宅街を抜けきると右手に桜並木とさらさらと流れる小川がある、橋を超え商店街を横目に少し進むとだだっ広い田圃が姿を見せた。正面に鬱蒼とした森が鎮座して、長い階段の先に古ぼけた鳥居が立っている。

階段に怖気付いて自転車を置き去りにしようかと考えたが、盗まれるのも癪だな。ママチャリでもないしと高を括って右手に自転車を抱え込んだ。

「クッソ……、止めときゃよかった…」

バイトで稼いだお金でやっとの思いで買ったロードバイクを地面へ放り出した。然程暑くもない日に汗の存在を感じると必要以上に苛々する、袖口で額の汗を拭っていると奥から人の気配がした。

孝吉(こうきち)君?」

袴に身を包んだ伯父さんが足早に俺の方へかけて来た。相変わらず華奢だなとかどうでもいい事を考える、意識を戻すと伯父さんの白くて整った顔立ちが視界をいっぱいにしていた。

「大丈夫?凄い汗だけど」

「自業自得なんで、気にしないで下さい」

項垂れているロードバイクをチラリと見る、小っ恥ずかしくて説明は出来そうにない。

「そう…、取り敢えず何か飲む?汗も拭かなきゃだしね」

「はい、有り難いです」

伯父さんのスルースキルに感謝しつつ項垂れた相棒に別れを告げ母屋へと向かった。


「今日は孝吉君が来てくれたんだね、有難う」

今日、と言うのもこのお役目はまだ俺の番じゃない。「親父、ぎっくり腰になったんで」

「え、本当に?だとしたら大変だね」

タオルどころかシャワーを頂いた俺はコップを片手に縁側で浴衣を嗜んでいた。夏祭りでも無いのに変な気分だ。

「これ、一週間分です」

親父から預かった紙袋を差し出す。

「有難う、…そうだ猫達にオヤツあげてく?今日は丁度オヤツあげる日だから」

俺の返事もろくに聞かず伯父さんは部屋に引っ込んでしまった。三俣稲荷神社、別の名を猫又稲荷神社と言って平安時代から続く由緒ある神社だ。

名前の通りに猫が集まりやすく、十匹程飼い猫として去勢をして野良も入れ代わり立ち代わりで腹だけ満たしてさっさと姿を眩ませてしまう。神主である伯父さん、安栗さんはそんな猫神社に一人で住んで一人で世話をしている。猫は可愛いし好きだがこんな人里離れた場所で住むのは不便だし物悲しい、猫は可愛いが。「これ、あげてくれる?」

猫ちゃんにぼし!ポップな表紙が目を引く、企業の努力と言うやつか。

「…猫用煮干し、こういうのも有るんですね」

「人間用だとどうしても、塩分がね」

ナァーン、甘ったるい声に目をやると数匹の猫が今か今かと構えていた。流石、猫まっしぐら!と謳っているだけある。試しに近くに放ってみた、瞬時に図体のデカい白が周りを蹴散らし食べに向かった。弱肉強食を垣間見た気分だ。

「あの体が大きいのがボス猫なんですかね?」

「うーん、どうだろう。食いしん坊ではあるけどね」淡く緑がかった瞳が煮干しに群がる猫達を愛おしそうに眺めている。幼い頃に見た安栗さんがふと脳裏に浮かぶ、然程変わらない容姿に違和感を覚えたのは何時だったか、それでも聞けない理由は薄々気付いていた。

「………安栗(あぐり)さん」

「ん?どうしたの?」

目線を合わせる為に安栗さんが隣にしゃがみ込んだ、勢いを弱めた西日が瞳に反射して睫毛の長さが一層際立つ。

「…前から気になってたんですけど……安栗さんってー!」

バリバリと布を掻く音が入った、右脚に重さを感じる。

「コラ、止めなさい大福」

「あ、…よっぽど腹減ってるんですね」

食い意地の張った白猫が煮干し欲しさに浴衣に爪を立てていた、名は体を表す。大福、俺はお前のわがままボディ嫌いじゃない。

「爪立てられなかった?大丈夫?」

「はい、平気です」

「……話し、途中じゃなかった?」

「あぁ…、大丈夫です大したあれじゃないんで」

「そう?それなら良いんだけど」

足元で煮干しを貪る大福に小さな溜息を漏らす。走り出した決心があっけなく転けてしまった、こうなると立ち上がるのは腰が重い。大福のファインプレーに散った俺はその後煮干しを投げ続け、触ることを許されたまるとまめに感謝しつつ日が傾くまで猫を堪能した。


「浴衣、有難う御座いました」

「こちらこそ…皆の事可愛がってくれて有難う」

「いえ…、それより、本当に良いんですかこのまま頂いても」

群青色の上等なそれはすっかり俺の体に定着していた。

「貰ってもらえると嬉しいかな、…その方が前の持ち主も喜ぶだろうし」

「前の持ち主…?」

安栗さんの顔色が一瞬陰った、不意に吹いた風が神社の木々を妖しく揺らした。

「フフッ……御免ね気にしないで……」

「……安栗さん…?」

石段を駆け抜けた風が俺を背後から捲し立てる、安栗さんの白い髪が宙に浮いた。

「それに…、明日にはもうないから」

「…?それは…どういうー」

ニャーン、安栗さんの足元には先程まで煮干しを催促していた猫達が集まっている。三毛、クロ、まる、まめ、お萩、茶々、シロ、とら、大福、福、全員が俺の方に目を向けている。

「………」

息が詰まった、途端に輪の中から弾き出された感覚だ。

「…時間大丈夫?ここから家まで随分かかるんでしょ?」

「ぇ……あ、はい、じゃあ俺はこれで…」

弾かれた様に頭を下げ、俺は踵を返した。ロードバイクが横たわる映像が脳裏に浮かび自分の服装に落胆する。

「自転車、石段の下に移しておいたから」

何時どうやって?一人で?、とはもう聞かなかった。「有難う御座います」

もう一度軽く会釈し、二度と振り向かぬよう石段を滑り降りた。

「……随分大きくなった、あの方が居た時より」

ナァーン、大福が私の足元に擦り寄った。

「大丈夫だよ、皆…必ずあの方の無念を晴らそう…」

孝吉の背に重なる面影、私は頭を振った。決心が揺るがぬよう、皆を導く為に。


小川に差し掛かった所でようやく緊張の糸が緩んだ。漕ぐのを止め耳を澄ますと澄んだ水音が届く、本当は全て気付いていた。手渡した紙袋の中身も土橋家と三俣の関係も名前を貰った猫達の事も。俺はどうすればいい?

「……やっぱり安栗さんは…」

もと来た道に目を向ける、夜がもうすぐ其処まで来ていた。

「……人じゃないのか…」

掠れた喉が吐いた声は初夏の風に攫われていった。

ゆっくり投稿です。宜しくお願いします。

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