ドラゴンのテールスープでラーメンを作ろうとした男の話
俺の名は、アルベルト。
ここ、『タインクツ国』の首都である『ケンタイ』にて冒険者を生業として日々を生きている。
そんな『ケンタイ』で(といっても一部の貴族間でのみの流行らしいが)ある料理が一世を風靡していた。
なんでもその名を「ラーメン」というらしく、オーク骨を煮出して取った出汁に麺と呼ばれる細かい糸のような食べ物を浸された状態で提供され、それを食べる料理らしい。
ここより遥か東からの移住民のみが、その調理方法を知っていたらしい。その移住民が始めた食事場は連日大盛況のようであった。
俺もどんなものか一度食べに行ったが、なるほど確かに美味い。
しかし、麺が浸されているスープがオーク特有な獣臭さが俺の食欲を削ぎ、俺は一口食べてそれ以上は食べることができなかった。
なので俺は、数いる魔物の頂点と呼ばれる「ドラゴン」の、それも一頭につき一本しかないドラゴンの尻尾を使ったテールスープならば、この俺でもラーメンという料理を美味しく最後まで食すことができるのはないか、そう考えて「ドラゴン討伐」もとい、「ドラゴンの尻尾確保」に挑むことにしたのである。
単独でのドラゴン討伐は今の俺には荷が重い。
数日前に冒険者ギルドでドラゴン討伐の募集(実際は尻尾さえあればいいが)をかけてもらい、集まったとの連絡を昨日ギルド職員から受け、俺は今こうして外へ向かう門の下で今回の同行者を待っている。
程なくして、同行者であろう二人が俺に声をかけてきた。
一人目は男で、一目見てよく鍛えられた身体をしていることがわかった。
その男は俺に向かって「あんたが今回の募集主か?俺様はアントンだ」とにこやかな笑顔で尋ねてきた。悪い奴ではなさそうだが、その男はこれからの旅路の計算もしていないのか食料や装備も最低限すら持ってきておらず言わば手ぶら状態である。
「武器はどうした?それにドラゴンのいる山までは歩いて片道三日ほどかかるが食料はあるのか?」
男は俺の問いかけに対して自信満々な顔をすると俺の前に握った拳を見せつけた。
「俺様の武器はこの「拳」だ。武闘家だしな!ドラゴンごとき、俺様の鍛えられた拳で一撃だぜ」
それはわかったが、食料の事はすっかり忘れていたらしい……。
俺は長い冒険者生活の賜物なのか、必要とされる量の三倍以上の食料や装備を依頼のたびに持ち歩いているため、「この俺様武闘家アントンの食料は俺が出してやるか」そう考えながら二人目の同行者の方を見た。
二人目は女で、今の時刻が夜間ならばいかがわしいお店の店員のような恰好をしている。
上は上質な布を使っているのか光沢を放ち、うっすらと透けている。下は何かの拍子で下着が見えてしまうほどの長さしかないミニスカートだ。
俺のそんな視線に気づいたのか、その女は気色悪いものを見るような目でこちらを睨みつけながらも自己紹介してきた。
「……ジロジロ見ないでくれる?……はぁ、お師匠様に言われてなければこんな依頼受けなかったのに。私は魔法使いのソフィーよ。短い間だろうけどよろしく」
「あぁ……、すまなかった物珍しかったものでな。ドラゴン討伐までよろしく頼む」
女の名はソフィーというらしい。
ドラゴンは刃を通さぬ鱗をもっているので、魔法使いは重宝するだろう。
俺は同行者が集まったのを確認して、自分の背丈ほどもある冒険者バックを二個背負うと同行者の二人に向かい「じゃあ出発しようか。ドラゴンの巣がある山まで」 そう言って外への門をくぐり今回の旅が始まったのだ。
道中は俺が選定した安全なルートを使ったので魔物との戦闘もほぼなく、無事にドラゴンの巣があるという山へ到着した。
ここまで来るのに本来なら三日はかかるのだろうが、大きな問題も起きなかったため二日で到着することができた。その日はドラゴンが居るという洞窟の少し手前で野営をして、翌日突入することになった。
「さすがの俺様でもドラゴンは初めて戦う相手だから武者震いがとまらねぇな」
「あんたが仕留めれなくても、後ろには私がいるんだから……。無理だけはしないでね」
「ソフィー……」
「アントン……」
「…………」
武闘家と魔法使いはこの旅の間にいい雰囲気になったらしい。俺がいるのもお構いなしに二人はイチャイチャし始めた。
俺はそれを無言で見ながら、明日食べることができるであろう、まだ未知の味である「俺の考えた最強のラーメンの味」を脳内で想像しながら固く味のしないパンを口に放り込み早めに就寝したのだ。
翌朝、準備を整えてドラゴンが居るという洞窟へ突入したのだ。
洞窟はほぼ一本道で罠の類もなく順調に進行して難なく、その場にうずくまり、恐らく眠っているのだろうドラゴンに相まみえた。
「うぉおおおお!俺様の拳をくらぇええええ!」
「ぐぉおおおおおお!!!」
武闘家のアントンはドラゴンを見て戦意を抑えきれなくなったのか、そう叫びながらドラゴンの元へ駆け込んだ。
ドラゴンも招かれざる客がきたのがわかったのか、一声叫ぶと洞窟内いっぱいに翼を広げて立ち上がり応戦する構えをみせた。
ドラゴンがその身を起してわかったが、でかい。でかすぎる!アントンの身長は俺と同じくらいで170ほどだろう。そんなアントンを縦に並べて3アントン(約5メートル)はありそうだ。
アントンはそんな体格差も気にせずに3アントンなドラゴンの懐に潜り込むと、自身が持てる全ての力を乗せたであろう必殺の拳を繰り出した。
「……っ!なんだとおおおおお」
「「アントーーンっ!!」」
ドラゴンの足を捉えたアントンの拳は、ドラゴンにとって羽虫にさされた程度だったのだろう。
自身の必殺の拳が通用せず呆然と立ち尽くすアントンは、返す刀で振るわれたドラゴンの尻尾に薙ぎ払われ遥か後方まで吹き飛ばされたのだ。
(……なんてしなやかな筋肉なんだ!やはり俺の考えは間違っていなかった!あの尻尾なら最高のラーメンスープができるぞ!!)
吹き飛ばれたアントンは、そんな事を考えている俺の脇をものすごいスピードで吹き飛ばされていくと、洞窟の壁面にたたきつけられ「……ぐへっ」と言ったきりピクリともしなくなった。
俺は、慌ててソフィーがアントンに駆け寄るのを横目に自身が持ってきた秘策の用意をし始める。
――俺はドラゴンを討伐するために今回、全財産をはたいて二つのものを用意していた。全財産とは文字通り自身の持てる全てだ。住んでいた家もこれまで冒険で得てきた財宝もすべて綺麗に売りつくした。時間がなかったためほぼ二束三文でだ!
その一つが今俺の手にしているもので、一見すると鋼の剣だがドラゴンに対して絶大な力を誇る剣、通称:ドラゴンキラーだ。これも第二の秘策ほどではないが、かなりの大金を必要とした。
大抵のドラゴンもその剣の前ではイチコロである。
俺は自身の懐に入れてある「第二の秘策」がしっかりとそこにあることを確認すると、おもむろにドラゴンへ駆け出した。
「……うぉおおおおお!」
――魔物と言っても生物であり、ドラゴンにも弱点は確かに存在するのだ。
俺は奴の弱点である首根元の逆鱗を見据えると、それまでの走ってきた力を跳躍力に変えて大きく飛び上がり、弱点にドラゴンキラーを突き刺した。
「ギャアアアアアアアアアオオオオオ!」
俺は、無事2アントン(約3,5メートル)の大きな跳躍から着地をした。
ドラゴンは自身の死期を悟ったかの様な鳴き声をあげて倒れこみ、それに合わせて主を失った洞窟は崩壊するのではないかというほどの振動で答える。
振動が収まると、そこにはドラゴンの死体(いい肉質だ鮮度も言う事は何もない)と、気を失ったアントンとその介抱をしていたソフィー、そして一刻も早くスープ作りを始めたい俺が残されて洞窟内に静寂が訪れた。
こうしてはいられない。
一刻も早くたき火を灯して、鍋に水を張りスープ作りの準備を始めなければ。
食材の鮮度はスープの味に直結するのだ。俺はここまでの旅路で全く開ける事のなかった片方の冒険者バックをドラゴンの死体の位置まで持ってくると、慌てて中身をぶちまけた。
その中身はほぼ全てが調理道具と調理素材だ。
しっかりとしたスープを取るためには何度も濾す必要があるだろうし、鍋も何度か取り替えなければならない。
煮込んでいるうちに臭みがでるかもしれない事を考慮してニンニクとショウガなどの香味野菜もそれぞれ大量に持ち込んできていた。
早速、出汁をを取るべく今回の出汁のメインドラゴンの尻尾を切ろうとしたところで後ろから声を掛けられる……おそらく、ソフィーだろう。
「……あんた何する気なの?」
「…………」
俺は彼女の言葉を無視して黙々と調理の準備を進めた。
そんな俺の態度が癇に障ったのか、彼女は俺の胸倉をつかみ大きな声を出して詰め寄ってくる。
「アントンが倒れて意識がないのに!あんたは!なに!してるの!って聞いてるの!」
そんな大きな声をださなくても、さっきから聞こえているのだが……。
今は説明する時間も惜しいと感じた俺は自身の懐にしまった「第二の秘策」を取り出しながら彼女の大声を聞いていた。
俺が懐から何か出したことで彼女は一瞬後ずさりすると。
「……何よそれ?私をどうする気?」
「…………」
俺は無言で厳重な包みを剥がすと、中からミスリル製のナイフ……いや「包丁」が顔を見せた。……これが俺の「第二の秘策」である。
これはさっきドラゴンを葬った、ドラゴンキラーの実に数倍のお金をかけた業物である。
このためだけに、首都で最も腕利きの鍛冶師の元へ通い、朝から晩まで土下座をしてやっと手に入れた唯一無二のオーダメイドだ。
俺は、そんなミスリル製の包丁を感慨深く眺めると、この包丁の最初で最後の仕事になるかもしれない、ドラゴンの尻尾切断に向かう。
俺がミスリル包丁の包みを剥がし終わると同時に殺されるとでも思ったのか、気が付くとソフィーとアントンは姿を消していた。
貧弱な魔法使いの身で気を失ったアントンを担いだのであろう。火事場のバカ力はすごい。
そんな事を気にしている場合ではなかった。
ここからが俺の今回の冒険の本題だ。
こうして落ち着いてドラゴンの尻尾を眺めると、部位によって硬さや脂質に違いがあることがわかる。
(どういう割合でスープを作るのが良いだろうか)
俺はここまでの人生で最も重大な悩みを抱えながら、ドラゴンの尻尾とその先端部分を何度も往復した。
そして、先ほどアントンを吹き飛ばしたであろう尻尾の中央部分をメインとして八割、尻尾の生え際を一割、やはりここは外せないであろう先端の細くなった部分を一割で入れたスープを作ることに決めるとミスリル包丁を慎重に尻尾に入れていく。
(なんて!なんて素晴らしい切れ味なんだ!抵抗を全く感じないぞ)
ミスリル製包丁は材質がよかったのか、それとも鍛冶師の腕がよかったのか、堅牢とされるドラゴンの皮膚と鱗を物ともせずに切り進んだ。
俺はその切れ味に感動して涙を流しながらも調理を進める。涙が余計な塩分とならぬよう真上を向いてだ。
そうして、水を張った鍋にそれらを放り込むと一息つく。
ここからは時間との勝負であり、調理工程を確認している暇などないのだ。
俺は調理工程を暗記するべく、しばしの時間を費やした。
ドラゴンの巣に侵入したのが早朝だったように思う。それから討伐、調理としていたわけだが、気がつくと夜になっていた。
俺はあれから一度も鍋の前を離れずに、アク取りをしたり、スープから臭みがでると香味野菜を投下したりと忙しく過ごしていた。
そんな俺の努力が実ったのか、果たして「俺の考える最強のラーメンスープ」は完成に至った。
ふんだんに使った香味野菜と調味料の影響もあるだろうが、食欲をそそるいい香りだ。
そのスープの色は、このためだけにお金を湯水のごとく使った俺を癒すかのように澄んだ黄金色をしていた。
(なんてことだ……。俺は自分の才能が恐ろしい……!)
俺は、震える手で麺の湯切りを行うと、黄金のスープへ投下した。
その様は、一種の芸術作品であり、今の時代に生きる芸術家達では、この一杯の前では足元にも及ばないように俺の目には映った。
俺はそんな芸術を壊すのが惜しい気持ちにもなったが、麺を一口、スープを一口とむせび泣きながらも食べ進めた。
完食である。
俺はここまでの苦労や、ドラゴンとの死闘()を思い浮かべながら、空になったドンブリを置くと、すごすごと帰り支度を始める。
「…………まずい!」
主なき今、静まり返った洞窟に俺の声が響き渡った。
そう、まずかったのだ。この世のものとは思えないほど。あのような芸術的な見た目とは裏腹に首都で食べたオーク出汁のラーメンの方が何倍も美味しかった。
人生とは努力しても報われないことも多々ある。しかし、俺はあきらめない。
なぜなら、失敗は成功の母だからだ。
俺は次なる最強のラーメンスープを求めて洞窟を後にした。