表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

勇者に転生したが、魔王がヤンデレ(元)彼女だった件

作者: 青空あかな

「執子、本当にごめん。別れよう。君の気持ちには、応えられない」

「え? どうして!? どういうこと!?」


 僕は月並つきなみ平人へいと

 何の特徴もない平凡な高校2年生だ。

 だけど、パッとしない僕にも彼女がいた。

 同学年の女子だ。


(いや、正確には今別れたから、元彼女か)


 女の子の名前は、重井おもい執子しゅうこさん。

 その名の通り、とてつもなく愛が重い。

 俗に言うヤンデレだった。


【ヤンデレには手を出すな】


 一般的によく知られている格言だ。

 しかし、恋愛経験のなかった僕は彼女に告白され、あっさりと奈落の底へ落ちてしまった。


「平人! 私の何がいけなかったの!? 悪いところ全部言って!? 絶対直すから! 別れないでよ!」

「君の愛が、僕には重すぎるんだ」


 女子を見るだけで非難の嵐。

 定期連絡(10分毎にメール)が途絶えるとフルボッコ。

 毎日送られてくる大量のラブレター。

 僕はもう限界だった。


「うっうっ! ひどい! 私はこんなに平人のことが好きなのに!?」

「……」


 以前にも同じ理由で別れ話をしたことがある。

 そういう話になると、執子はすぐ泣きはじめた。

 今までは負い目を感じてなあなあになってしまった。

 だが、今日こそは絶対に別れるつもりだ。


「うっうっ!」

「いくら泣いてもダメだよ。僕はもう君とは付き合えないんだ」


 あえて冷たく言った。

 執子には悪いけどこれくらいしないと伝わらないだろう。

 幻滅されるくらいがちょうどいい。


「……そうなんだ」


 執子は泣き叫ぶかと思ったけど、やけにあっさりと了承してくれた。


(良かった、わかってくれたんだ)


――スラリ。


「え?」


 執子は……包丁を取り出した。

 どっと冷や汗をかく。


「しゅ、執子!?」

「ぐすっ……私だって、こんなことしたくないんだよ!? でも、平人を他の子にとられるくらいなら、あなたを殺して私も死ぬ!」


 僕は人気の無いところに彼女を呼んだので周りには誰もいない。

 執子はジリジリと近づいてくる。

 覚悟を決めた目をしていた。


「ちょ、ちょっと待って!? 考え直してよ!?」

「天国でいつまでも一緒に暮らそうね?」


――グサッ!


「ぐわああああああ!」


 包丁が僕のお腹に突き刺さる。


――ドサッ!


 そのまま廊下に倒れこんだ。


「い……てえ……いてえよ」


 徐々に意識が朦朧としていく。

 お腹から血がドクドクと流れていた。

 だけど、不思議なことに痛みが消えていく。


(なんだか、眠くなってきた)


「えい!」


――グサッ!


 意識が消える直前。

 執子が彼女の腹を刺したのを見た。


(しゅ……うこ)


 そして、僕は死んだ。



「うっ……ここは……どこだ?」


 気がつくと、とても明るくて白い空間にいた。


「も、もしかして……天国!?」


 殺されるときに執子が言っていたことを思い出す。


(天国でいつまでも一緒に暮らそうね?)


 慌てて周りを見た。

 人っ子一人いない。


(ふぅ、良かった)


――カツン……カツン……カツン……。


 と、思ったら、誰かが歩いてくる音が聞こえた。


(ヤバイヤバイヤバイ! 執子のヤツ、本当に天国まで追いかけてきたんだ!)


 一目散に逃げだす。


(また殺されてたまるか!)


〔お待ちなさい!〕


 女の人の声がした。

 執子の声ではない。


「え?」


 そこには……とてもキレイな人がいた。

 神様みたいな格好をしている。


〔私はこの世界の女神です〕

「女神様?」

〔あなたは現世で死に、この世界に転生したのです〕

「すみません、言ってる意味が……」

〔異世界転生という言葉を聞いたことがありますか?〕

「あぁ~」


 聞いたことがある。

 人は死ぬと異世界に転生することがあるらしい。


〔あなたは選ばれた勇者なのです。凶悪な魔王を退治してください〕

「う、嬉しいです!」

〔もちろん、女神の加護のスキルを差し上げます〕


(こ、これも聞いていたとおりだ!)


 異世界転生すると、とても強い力をゲットできるらしい。

 女神様が手をかざす。

 僕の体がうっすらと光り出した。


「おおぉ! 力がみなぎってくる感じがします!」

〔加護によって、あなたは最強の力を手に入れました。全ての能力値が無限です〕

「む、無限!?」

〔あらゆる敵を一撃で倒し、どんな攻撃もあなたに傷を負わせることはできないでしょう〕

「す、すごいや!」


 冴えない人生を送ってきた僕は今ここに決意した。


(この世界で最高の人生を送ってやるんだ!)


□□□


「ここが、魔王領か……」


 僕は無双しまくって、あっという間に魔王城がある土地へついた。

 各地で僕は英雄と呼ばれている。

 あとは魔王を倒せばこの旅もおしまいだ。


(ま、余裕でしょ)


 全能力値が無限なのはダテじゃなかった。

 どんな敵もワンパンで倒せたし、一度たりともダメージを喰らわなかった。

 そして、異世界転生と言えば……やっぱりハーレムだ。


「勇者様、いよいよですね」


 この子は魔法使いのマジカル。

 清楚で真面目な金髪碧眼の鉄板美少女だ。

 しかし、僕と出会ってから谷間が見える服を着だした。


(僕色に染まったんだろうなぁ。デヘヘヘ)


「気を引き締めていこう」


 言いながら、さりげなく彼女の尻を撫でる。


「ちょっと、勇者様。こんなところで……」


 彼女も別にまんざらでもない様子だ。

 そのままスリスリ触りまくる。


(触り心地いいんだよなぁ)


「なんだか、こわ~い」


 そんな僕らを邪魔するように、別の娘がピトッとくっついてきた。

 神官のリプトイスだ。

 神職らしい黒髪にボディラインを強調した修道服がなまめかしい。

 あざといのがまた可愛かった。

 しょうがないので腰に手を回してやる。


(こっちの相手もしてあげないとぉ)


「おい! アタシの勇者にくっついてんじゃねえよ! 勇者もデレデレすんな!」


 また別の娘が僕の背中にしがみついた。

 女戦士のウオリアだ。

 赤い髪からはいつも良い匂いがする。

 鍛えあげた肉体がとても良い。

 彼女は一番年上でいつも強気だった。

 これまたしかたないので、そっと耳元で囁いてやる。


「あとで可愛がってやるから」

「う、うん……」


 一瞬でしおらしくなった。


(全く、夜は僕の言いなりのくせに)


「勇者様!」

「勇者さまぁ~」

「勇者!」


 三人とも離れてくれないので、歩くのも一苦労だった。


「みんなぁ、そんなにくっつかれたら歩けないって~」


(モテる男は大変だなぁ)


 いたって平々な僕を美女たちが奪い合う。

 こんな幸せな展開は生まれて初めてだった。

 もちろん、旅の道中にお楽しみしまくっている。

 鼻の下が伸びっぱなしで顔の形が変わるほどだ。


(これを生きる喜びと言うんだろう)


 歩いていくと森が出てきた。

 一歩入ってしまえば外からは見えなくなる。


(……一発ヤッてから行こうかな。いや、でもさすがに魔王城が近くにあるしな。やめとくか、危ないし)


 しかし、僕の心の中で悪魔が囁いた。


(ヤッちまえって! その方が集中できるだろ! なに、今さらいい子ぶってんだよ!)


 負けじと天使が抵抗する。


(いけません! 敵はすぐ目の前なんですよ! 早く魔王を倒しに行きなさい!)


 頭の中で天使と悪魔が戦っていると、マジカルが僕をツンツンした。


「どうしたの? マジカル」

「勇者様……少し休んでいきませんか?」


 マジカルは赤らめた顔で服の胸元を下げていく。

 彼女の白い柔肌が少しずつあらわになる。


「私も疲れちゃった~」


 リプトイスが僕の腕に胸を押し付けた。

 身長に似合わない大きな胸で僕の腕を巧みに挟んでくる。


「アタシだって休みたいんだよ!」


 ウオリアがグイグイと森へ僕を引っぱっていった。

 僕の天使はあっさりと悪魔に負けた。


「まったく、しょうがないなぁ~」


 三人を抱えるようにして森へ歩いていく。


(ゲハハハハ! 異世界生活って最高だなぁ!)



「さて……」


 僕はスッキリした気持ちで進んでいた。

 魔王城はもうすぐそこだ。


「ですが、勇者様。魔物たちが全然いませんね」

「どうしたのかしら」

「きっと、勇者に怖気づいて逃げだしたんだよ」


 彼女たちの言う通りだった。

 魔王城の近くだというのに魔物が全然出てこない。

 やけに静かなのだ。


(警備の魔物もいないなんて、おかしいな)


 幾分冷静になった頭で考えた。


「でもまぁ、僕たちなら何があっても大丈夫か」


 僕が最強なのは言うまでもないけど、この三人もそれはそれはすごいメンバーだ。


「油断はいけませんけど、私たちが負ける気がしません」


 マジカルは大賢者の孫だ。

 素晴らしい才能と魔力を受け継いでいて、彼女の魔法はピカイチだった。


「どんなことがあっても勇者様は私が守るよ」


 それに、こっちには絶対防御のリプトイスがいる。

 聖修道院きっての大天才、と言われる彼女の聖域展開を破れた者は一人もいなかった。


「今回も余裕っしょ!」


 たとえ魔法攻撃が効かなくても、ウオリアの爆裂拳があれば問題ない。

 ドラゴンでさえ彼女の前ではひるんでしまう。

 僕たちが恐れる必要なんてどこにもなかった。


(魔王を倒したらどうしようかな。女神とヤるってのもいいね。ゲヘへへへ)


 考えているうちに、魔王城の前まで来てしまった。

 ここまで来ても魔物が一匹も見当たらない。

 それどころか、門も開けっ放しだった。

 むしろ、入ってきてほしい、と言ってるみたいだ。さ

 すがに、僕たちも警戒する。


「なんで門が開いているんだろう」

「何かの罠でしょうか?」

「気を付けた方が良さそうね」

「なんだか怪しいな」


 と、そこで、城の中から何者かが走ってきた。


(なんだ!? あれは!?)


 数えると全部で五人いる。


「勇者様! もしかしたら、魔王に捕まっていた人たちかもしれません!」


(だとしたら、まずい! すぐに助けないと)


「よし! みんな行くぞ!」


 僕たちが走り出そうとしたとき、彼らが叫んできた。


『『勇者様! ようやく来てくれた!』』


 少しずつ、彼らの姿が見えてくる。


「え? あれって!?」


 その姿が明らかになり、僕はめちゃくちゃに驚いた。


「ちょ、ちょっと! あいつ魔王じゃん!?」

「きゃああああああ!」

「勇者様! 早く戦闘態勢を!」


 あろうことか、走ってきたのは魔王だった。


「クソッ! 不意打ちするなんて卑怯な!」


 急いで態勢を整える。

 そして、自分たちの最強攻撃で彼らを迎え撃つ……。


『ちょっと待ってください! 攻撃しないで! まずは話を聞いてください!』


 魔王はゼイゼイしながら言ってきた。


「な、なに? 話を聞いて?」

「勇者様! 気をつけてください!」

「私は聖域展開の用意をするわ!」

「何かしようとしたら、ぶっ飛ばすからな!」


 魔王に続いて残りの人たちも追いついた。

 みんな息も絶え絶えだ。

 明らかに様子がおかしい。

 

「そ、それで……この方たちは?」

『ほら、みんな! 勇者様に自己紹介して!』

『私は四天王、ダークエルフのズールイと申します』

『俺は四天王、デーモンのコワイだぜ』

『同じく四天王、サタンのカウコツ』

『アタシは四天王、ハーピーのアイドクさ』

「そ、そうすか」


(なんだ、この状況は)


 魔王城の前で魔王と四天王に自己紹介された。


「すみません、何が何だか……」

『そうですよね! いきなりすぎますよね! 実は私たちは今、非常に困っておりまして……』


 魔王は説明し始めたが、ウオリアが遮った。


「知るか、そんなの! 散々、人間を怖い目にあわせやがって!」

「ウオリアさんの言う通りです! あなたたちの言うことなど信じられません!」

「私たちを騙そうったって、そうはいかないからね!」


 魔王はタジタジしている。


『すみません! 本当にすみませんでした! 私は調子に乗っていたんです! ちょっと力を見せたら人間たちはすごいびっくりしていたので、ついイキがっちゃったんです! もう二度とやりませんから、お願いします!』


 魔王はしきりに謝っている。

 地面につくほど、頭を下げていた。


(ほ、本当に魔王なのか?)


『ほら、みんなからも頼んで!』

『よろしくお願いいたします』

『俺からも頼む』

『力を貸してくれ』

『お願いよ』


 四天王も一緒になって頭を下げてきた。


「ちょっと待ってください」


 僕たちは少し離れたところで相談しはじめた。


「ねえ、みんなどう思う?」

「どう思うって、絶対あいつら何か企んでやがるよ!」

「勇者様! 騙されてはなりません!」

「早くやっつけよ!」

「いやぁ、しかしなぁ」


 さっきから魔王たちはソワソワしながら僕らを見ている。


「とりあえず、話だけでも聞いてみようよ。何かあったら僕が戦うから」


(僕は最強なんだから大丈夫だろう)


「「勇者(様)がそういうなら……」」


 三人は悩んでいたが、しぶしぶ了承してくれた。

 魔王たちのところに戻る。


「何かあったんですか?」

『おぉ……勇者様はお噂どおり、お優しい方だ……』


――パァァァ!


 魔王は満面の笑みになった。

 とんでもなく喜んでいる。


「おい、さっさと話せや、コラ」

『す、すみません! この前、“転生者”とかいう人間が突然来まして……。お恥ずかしい話なんですが、魔王の座を奪われてしまったのです』

「へぇ~、そんなことあるんですねぇ」


 “転生者”と聞いて、ちょっとドキッ! とした。


(まさか、僕以外にも誰か来たのだろうか?)


「その人は強いんですか?」

『それが、とんでもなく強いのです。手も足も出ませんでした。家来の魔物でさえ、全員私たちを見捨てて逃げだす始末です』

「なるほど」

『私たちではもうどうにもできません! どうか、アイツをやっつけてください! もちろん、お礼は十分すぎるほどお渡ししますから!』

「バカバカしい。勇者、こんなヤツ相手にしなくていいよ」

「どうして私たちが魔王の味方をしないといけないのですか」

「意味わかんない」


 彼女たちはみな、魔王を助けるつもりなど全くないようだ。


『勇者様は困っている人を助けるのが仕事じゃないんですか!?』


 しかし、魔王は僕にひっしとしがみついてきた。

 目がウルウルしている。

 なんだかかわいそうになってきてしまった。


「……わかりましたよ。戦いますよ」

『やった! ありがとうございます、ありがとうございます! あなた様がいれば絶対に勝てます!』

「それで、そいつの名前は何て言うんですか?」


(まぁ、別にいいか。相手がどんなヤツだろうと、僕の敵じゃないしな。何せ、僕の能力値は全てが無限……)


『はい。オモイ・シュウコと名乗っています』


 その瞬間、全速力で逃げ出した。


「「あ! 勇者(様)、どこへ!」」

『逃げないでください! みんな、勇者様を捕まえるぞ!』


 しかし、あっけなく魔王たちに捕まってしまった。


(なんで僕に追いつけるの!?)


「離してくれえええええ!」

『たった今、戦うっておっしゃってくれたじゃないですか!』

『あなたまで、私たちを見捨てるのですか!?』

『アンタが、最後の希望なんだよ!』

『逃げないでおくれ!』


 引きずられるようにして城に戻された。

 そのまま、城内へと連行されていく。


「いやだああああ!」

「勇者様! どうしたんですか!」

「泣くなよ! みっともないだろ!」

「何がそんなに嫌なのよ?」

「ぐすっ……」


 とてもじゃないが、元カノだとかヤンデレだとかは言えなかった。


『私たちも一緒に戦いますから! さ、頑張りましょう!』


 魔王たちに連れられ、とうとう玉座の間まで来てしまった。


『着きました。勇者様、ここがヤツの棲み処です』

「うん……そう」


 全てが嫌になり、僕の心はスーパー超ローテンションだった。


(いや、待て! たとえ相手が執子でも別に問題ないじゃないか! 僕は最強なんだから! 倒しちゃえばいいんだよ!)


 そう考えると、気持ちが明るくなっていく。


(よし! 来るなら来やがれってんだ!)


 ゆっくりと、大きな扉が開いていく。


『さぁ! オモイ・シュウコ、観念しろ! 私たちは最強の味方を連れてきた! お前の悪行も今日で終わりだ!』

『おとなしく玉座を魔王様に返してもらいましょうか!』

『今さら謝ってもムダだぜ!? こっちには勇者様がいるんだからな!』

『自分の行いを後悔するんだね!』


 魔王たちは意気揚々としている。

 聞き覚えのある声がした。


「なんだ、まだアンタたちいたの」


(執子だ……)


 玉座には執子が座っている。

 僕を殺した時と同じ格好だった。


「久しぶりね、平人。《グラビティ》」

「ぐああああああああ!!」


 いきなり、体が床に押し付けられる。

 とてつもない重力だ。

 指一本動かすことができない。


(な、なんだ、この力は! 僕の全能力値は無限のはずなのに!)


「か、身体が……動かない……」

『ゆ、勇者様!? おのれえええ! しもべたちよ、我に力を……』


 魔王が呪文を詠唱しようとする。


「うるさい」

『うぎゃあああああああああああああああ!!』


 突然、魔王の身体が爆発した。

 音もなくぐったりと倒れる。


『『魔王様!?』』

「アンタたちもよ」

『『うわああああああああ!』』


 直後、四天王の身体も同じように爆発した。

 執子が指を振る。

 魔王たちは窓から外に放り出されてしまった。

 執子は僕の仲間を見る。


「さて、私の平人と仲良くしてくれたみたいね。それも、ずいぶんと長い間」


 僕はその目を見て、心の底から震えあがった。


(しゅ、執子のヤツ、さらに怖くなっている)


「勇者様を離しなさい!」

「一対三で勝てると思うな!」

「あなたの横暴もここまでよ!」

「ま、待て……! 逃げるんだ……! み……んな!」


 執子が指を鳴らす。

 その瞬間、マジカルが消えた。


「マ、マジカル!?」

「こいつ! よくもマジカルを!?」

「許しません!」


 ウオリアとリプトイスが執子に突撃する。


「や、やめるんだ……二人とも……!」


――パチ、パチン! シュ、シュンッ!


 あっという間に二人とも消えてしまった。

 ここにいるのは僕と執子だけだ。


「しゅ、執子! 三人に何をしたんだ!」

「なにって。存在を消したのよ」


 執子は至極淡々と言う。

 彼女の言うことが理解できなかった。


「存……在を……消した?」

「そう。あの子たちは、この世界に生まれてこなかったことになったの。彼女たちの両親も友達の記憶からも完全に消してやったわ。当然でしょ? 平人に手を出すからよ」


 全然寒くないのに、身体が震えてしかたがない。

 執子はニッコリと笑ってきた。


「ようやく、二人っきりになれたね。私の平人」


 執子はずっと笑顔だ。


「私に隠れての浮気は楽しかった?」

「う、浮気って……僕たちは別れたじゃないか!」

「私はわかった、なんて一言も言ってないわ」

「え? いや、だって別れ話をしたとき……」

「よく思い出して?」


 死ぬ直前のことを思い出した。


(そうだ、あの時執子はそうなんだ、としか言っていない)


「そ、そんな……!」

「《グラビティ》」

「かはっ……」


 凄まじい重力魔法だ。

 身体が地面に食い込んでいく。

 全身の骨が悲鳴を上げる。


「た……助け……て……」


(あ、頭がひしゃげる!)


「平人、これが私の愛の重さなんだよ? それなのに、他の娘とあんなに仲良くして……」

「あ……がっ……」


――ミシミシミシ!!!


「私はこの世界でも平人を想っていたのに……。平人は違う女の子と楽しんでるなんて、少しひどすぎないかしら? それも、一度に三人と」


――ミシミシミシ!!!!


「ぐ……もう……だめ……ゴボッ!」


 身体のどこかが潰れた感じがして、血を吐いてしまった。


「でも、平人が本当に好きなのは私だよね? ただの気の迷い……だったんだよね?」


――ミシミシミシ!!!!!


「……ぐっ……あ」


 おそらく、執子が好きだと言えば解放される。

 だが、ここで好きと言ってしまったら、それこそ終わりだ。

 その途端、僕の人生は彼女の物になってしまう。


「どうなの? 私の平人」


――ミシミシミシ!!!!!!


(ダメだ! こ、このままじゃ……本当に死ぬ!)


 最後の力を振り絞って言った。


「好きだよ! 僕は執子が好きなんだ!」


――ミシミシミシ!!!!!!!


 しかし、執子の重力魔法はどんどん強くなる。


(な、なんで!?)


「全然気持ちが伝わらないわ。大好きじゃなくて、ただ好きなの?」


(そんな!?)


 僕の喉はすでに潰れかけている。


「だ……大好き……」

「聞こえない」


――ミシミシミシ!!!!!!!!


 命を削って叫んだ。


「執子が大好きだよ!!!!!」


――ミシミシミシ……。


 僕を潰そうとしていた重力魔法が消えた。

 心の底から思いっきり深呼吸する。


「かっ……はぁ!」


(た、助かった……!)


「良かったぁ! やっぱり、平人は私のことが大好きだったのね!」


 執子はとにかく嬉しそうだ。

 そこで、一つ疑問に思った。


「それだけの力があるのに……どうして僕を……探しにこなかった……の?」


 これほど強ければ、僕を見つけることなど容易かっただろう。


「私はね、平人に迎えに来てほしかったの」

「な……何を……言ってるんだ?」

「魔王城で待ってれば、絶対に来てくれるって思ってたわ」

「だから……魔王の座を奪ったのか……?」

「勇者の行きつく先は魔王だもん。そうよね? 勇者様」


 執子はニッコリと笑った。


(そうか……僕は死んでからも、執子の手の平で転がされてたんだ……)


□□□


 結局、僕たちは結婚した。


(いや、正確には結婚させられた……か)


 結婚式は、それはそれは盛大だった。


(参列者に人間は一人もいなかったけどね)


 その後、執子は前魔王に命じて、逃げ出した魔物を全て呼び戻した。

 城と土地の管理をさせるためだ。

 魔王城には僕ら以外人間はいない。

 周りにいるのはオスの魔物だけだ。

 もちろん、執子の意向だった。

 「これなら、浮気する気もしないでしょ」とのことだ。

 それからというものの、僕は縛り付けられて日々を過ごしている。

 今日もまた執子がやってきた。


「ねえ、平人。私はこれから地下の魔法室に行くからね。ちょっと待ってて。浮気しちゃダメよ」

「は、はい」


 僕は両手両足に超重力の魔法枷をつけられている。

 無限の能力値を持ってしても、動くことすらできない。


(浮気なんかできるわけないだろ!)


 執子は毎日魔法の研究をしている。

 それとなく聞いてみたが、絶対に教えてくれなかった。

 前魔王や四天王たちも執子の元で働かされている。

 彼らの1日の休憩時間は5分だ(睡眠時間込み)。

 今日も前魔王が懇願しているのが聞こえてきた。


『シュ、シュウコ様……このままでは……私たちは死んでしまいます』

「だから?」

『え、いや……ですから、もう少し休憩時間を増やしていただけないかと……』


 姿を見なくとも疲れきっていることがわかる。


「私の決めたことが間違ってるってこと?」

『違います、違います! 決して、そういうことでは……!』

「じゃあ、これから休憩時間は2分にするわ。それで文句ないわね」

『に、2分……』


 しばらくして、執子が戻ってきた。

 とても喜んでいる。


(こ、今度はなんだろう……?)


「平人! やっと、不老不死の魔術開発に成功したわ!」

「え?」

「平人を驚かせたくて、今まで黙っていたの! これで永遠に一緒だね!」


 執子は弾けんばかりの笑顔だった。

 いつものように、僕は心の中でそっと願う。


(勇者様……早く助けに来てください……)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ