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贈り物。所変わって鉱山街より 4


 しばらくもすれば、画面の向こうも落ち着いたようだ。

 ベータちゃんの前に旅の一行は集まると、アルフ兄ちゃんから大男の紹介が行われた。


 サンマク。

 そう名乗ると、人懐っこそうな表情でベータちゃんをつついている。橙に近い日に焼けた肌に、チリチリとした乾燥した黒髪。灰色の瞳は表情がないと破落戸のようだが、笑うと親近感がぐっと増す。最初に受けた印象よりずいぶんと若く見えた。ひょっとするとジョジー叔母様よりも。言うと怒られるのが目に見えているので、言葉を飲み込んで元気よく挨拶をする。


「本当に、この四角い物から子どもの声がするとはなあ! 面白いもんだ」


 ガラガラと低く濁ったダミ声は、不思議と怖く感じない。快活に笑って言えば、メレンダちゃんがそっと訂正する。


「花の精霊さんですよ。一応」

「いやあ、無理があるだろう」

「あっ、アタシの感性普通だったわ! アンタ、そうよね!? やっぱり変よね、それ!」


 即座に片手でナイナイと振って否定される。それにつられて、ジョジー叔母様が同意を得たりとサンマクさんに詰め寄った。勢いにのけぞりながらも、サンマクさんがうなずくと、そうよねそうよねとさらに詰め寄って同意を求めている。叔母様、疲れているのかしら。


「コルキデ、言われているけれど」

「成分は大体同じだよ」


 ベータちゃんを持ってきた張本人であるコルキデを見ると、しれっと言われた。成分とは。いや、もう、深くは言うまい。ベータちゃんは、すでにたくさんアルフ兄ちゃんたちの役に立っているのだし。そっか、と返せば、うん、と返される。沈黙が降りたので、画面に視線を戻した。


「ところで、サンマクさんはどうして鉱山に一人でいたのかしら。化け物が出るって、みんな避難していたんでしょう?」

「ああ、それは無銭飲食のかわりにちいっとばかし」

「イーズィ、コルキデ、聞かなくてよろしい」


 アルフ兄ちゃんに遮られた。ちょっとばかし過保護なところがある兄貴分は、サンマクさんを押しやって、腰に手を当てて教育に悪いのでと注意している。

 とはいえ、私とてただの可愛いだけの美少女ではない。この感じ、仲間加入のイベントっぽいわ、と察した。無銭飲食で困っているところを助けるやつだ。きっと。ちょっとひょうきんな大男。うん、それっぽい。


「ね、ね、コルキデ。不謹慎だけど、楽しそうな人だわ」

「そう? 対価も払わないのは犯罪ではないの?」

「そうなのだけど。ええと、ロマンというか、うーん、そういうこともあるのよ」

「僕の嫁はすぐそうやって説明を投げるね」

「いいの! こういう人って、大抵情報通だったり、交渉上手だったりするのよ、きっと」

「無銭飲食したのに?」

「もう! それに、さっきの戦いでアルフ兄ちゃんたちを助けてくれたわ。いい人よ」


 そうだ。そうでないと、あのとき叔母様を助けてくれたり、成れ果てを倒すのに手を貸したりはくれなかっただろう。ベータちゃんは、私の気持ちを感じ取ってくれたかのようにサンマクさんの周りを回って正面へと移動する。

 

「あの、私、イーズィっていいます。それで、もう一人がコルキデ」

「ああ、アルフたちから聞いている」

「改めまして、アルフ兄ちゃんたちを助けてくれてありがとうございます。とってもとっても力が強くて驚いたわ!」

「そうかいそうかい。可愛いお嬢ちゃんの声でそう褒められるなら、悪い気はしないねえ」


 村の人や身内以外に可愛いと言われるのは悪い気分じゃない。「可愛いって言われたわ!」と小声で言って隣のコルキデの袖を引っ張る。どこかむすっとしてコルキデは揃いの組紐を付けた腕を絡ませて手を握ってきた。


「僕もいつも言っているのに」


 あら可愛い。この芽生える感情は母性に違いない。ほわほわ暖かくなる心地で絡んだ指先を握り返して、会話を続ける。何か言いたげなアルフ兄ちゃんがちらちら映るが、まあまあとなだめるようにメレンダちゃんに抑えられている。ずいぶん気安い仲になっているようで、その辺りの話もいつか聞きたいが、今は後回しだ。


「何かお礼ができたらって思うけれど、ごめんなさい。差し上げられる物がないの」

「いや、礼はいらねえさ。さっきの男の指示、あんたたちの仕業だろ」

「アタシの姉の旦那よ」

「なんだい、とすりゃあ、お嬢ちゃんはお前さんの姪っこか」

「そういうこと。というか、アンタ、アルフから宝石もらってたでしょーが。そもそもこっちが感謝をされる側じゃないのよ」


 ジョジー叔母様が割って入ってきた。化粧をばっちり決めた美しい顔やセットされた髪型は、先の戦闘で少々崩れているが、それはそれで格好良く見える。この様子だとお洒落な衣服もよれよれなんだろう。

 旅の最初あたりはやたら身なりに気を配っていたけれど、最近はついに吹っ切れてしまったのか、砂場だろうと沼地だろうと藪だろうと頓着なしに突っ切るようになってきていた。その分、よく攻撃をくらってギャグのように吹っ飛んだり倒れたりするのがここ数日の視聴記録である。叔母様、やっぱり迂闊なうっかり体質なのでは。


「借金肩代わりした分、働きなさい。アタシ一人でこのお人好し共は荷が重すぎるって思ってたのよ」

「えっ」

「ええっ」


 うっかり体質だけでなく、トラブルメーカーというか求心力の塊でもあるみたい。すごい勢いで仲間フラグが回収されてしまった。

 ジョジー叔母様はすっかりもうメンバーに入れたつもりで、頼んだわよ、と肩をたたいている。ショックを受けたようなアルフ兄ちゃんとメレンダちゃんは違うよね、とこちらに目を向けてきたけれど、ごめんなさい。同意できない。

 兄ちゃんたちは、すごくお人好しです。


「イーズィの言った通り、本当に仲間になった」

「でしょう? 私の記憶もあなどれないのよ」


 えへんと胸を張れば、服の下で胸元の宝石が揺れる。もらったときは驚いてしまったけれど、こうしてつけているとじわじわとうれしさが勝ってきた。贈り物はやはり心躍るものだ。


「そうと決まったら、祝杯よ祝杯! まだまだ宝石余ってんでしょ? 依頼片付けたら、派手に飲むわよ。寒いったらありゃしない」

「おっ、酒か。いいねいいね!」

「ま、待って! 待ってください。それは大事に使うつもりのやつで」

「わあっ、お酒! 楽しみですねアルフ。私お酒初めてです」

「メレンダ!?」


 多勢に無勢。私がコルキデとにっこりかわいらしいお話をしている間に、アルフ兄ちゃんは三人がかりで連れて行かれてしまった。鉱山内を勇ましく駆けていくジョジー叔母様に、うきうきお酒コールをしながらアルフ兄ちゃんを掴んで進むサンマクさんとメレンダちゃん。兄ちゃん、すっかり苦労人ポジションになってしまっている。哀れな。

 がんばれーと小さく声をかけると、ベータちゃんも一行について動いていく。


 ランプに照らされた鉱山道を抜ければ、白い明かりが前方に見える。ちらちらと映り込むのは雪だろうか。昼過ぎとはいえ、あたりは薄暗く視界はすっきりとしない。

 冬の月の峻険な山脈の鉱山街だ。案の定、入り口から外へと出ると、銀雪がつもる街並みが見えた。石畳の道が続いて、その先には丸い屋根の高い建物や荘厳な建物がある。街を囲む壁は重厚な歴史を感じるような堅牢なつくりをしている。魔物などの外敵から何度も街を守ったのだろうか。鉱山街に入るときに渡った跳ね橋もある。ここからだと小さく見えることから、ずいぶんと高い位置にある鉱山に登ったのだなとわかった。

 領を表した長い赤い旗がひらめいている。あれは槌と鉱床を表したデザインだった。私の村にも村の旗があるといいな、とちょっと意欲をくすぐる。


 剣と魔法の世界だ。改めてそう思う。


 雪雲が覆う高い山々から見える黒い点々はひょっとすると竜とかそういう生物かもしれない。辺境の村周囲とはまったく異なる世界に感嘆の息がこぼれた。隣のコルキデも感動しているのだろうか、じっと見聞するように画面を眺めている。

 アルフ兄ちゃんたちは鉱山から出ると、道々に気をつけながら下っていき街に入っていった。

 それから、依頼人らしき男の人に前にコルキデが渡した宝石をいくつか渡して、酒場に向かっていく。終始兄ちゃんは「子どもには早いから! 連絡は切っておけ!」とこちらを気にしてくれていたが、おかまいなしの三人……このときばかりはメレンダちゃんも好奇心に負けたみたいで、張り切って突入していった。強く生きて、アルフ兄ちゃん。


 物語における酒場とは、たいてい情報収集の場であったり様々な種族がかち合う賑やかな場であったりする記憶がある。

 この鉱山街の酒場も、いつかの記憶にそぐわずに仕事上がりの男の人たちが酒を飲み交わしていた。ハインツおじさまみたいな体型の人やお父さんみたいな体型の人が多い。全体的にむわっとするような繁盛具合に目が瞬く。村の広間で集まって賑わってもここまで騒々しくなるだろうか。

 適当なスペースに腰掛けて、ジョジー叔母様を皮切りに酒を飲み出せば、すっかり場に溶け込んで大騒ぎが始まる。木製のマグカップを握ったアルフ兄ちゃんも、観念したように飲み出した。どんなお酒かははっきりとわからないけれど、透明な液体だ。美味しそう、とは思えないけれど周りは楽しく飲んでいる。サンマクさんや意外にもメレンダちゃんも一気飲みをしておかわりをした。

 いいなあ、とても楽しそうだ。

 見ているだけでも陽気な雰囲気がよく伝わってくる。支離滅裂になってくる会話や、上機嫌に歌い出す人たちを眺めては笑う。


 しかし、楽しい時間はあっという間にすぎてしまう。もっと味わいたいが、気づけば夕方にさしかかっている。そろそろ本日もお別れの時間である。そう画面の向こうに切り出すと、ぐでんと力が抜けかけているアルフ兄ちゃんが、赤ら顔の呂律が回らない口調で返事をしてくれた。


「ああ、そうだふたりとぉもお」

「どうしたの?」

「冬場はぁ、ほらあ、雪で動けないからさあ、ここでしばらく? しばらく、いるつもりだから」

「そうですね、アルフ。雪って意外に危険ですし、いい判断だと思います」


 横でくぴくぴ平然と飲み続けていたメレンダちゃんが賛同する。確かに。この鉱山街からの移動はつらそうだ。これからもっと冬の気候は厳しくなるだろうし。


「だろお? そういうわけだか、ら……ふたりも、冬はきをつけてえ、すごせえ」

「あら、アルフ? まだ残っていますよ? もったいないです。いっき、いっき」

「がぼがぼっ、ぐっ、ごほっ」

「わ、わかったわ!」


 アルフ兄ちゃん、大分えらいことになっている気もするが、良い子なイーズィちゃんなので殊勝にお返事をしておいた。

 メレンダちゃんは酒を飲むとちょっと怖い。アルフ兄ちゃんは酔ってもまとも。覚えたわ。

 そしてコルキデ、隣でドン引き、みたいな顔をするんじゃない。確かに画面には敢えて見ない振りをしている酒乱二人の存在があるけれど。


「なぜ、こんな毒をわざわざ飲んで錯乱を……?」


 人間怖いみたいな顔で私を見ないで。あれはだめな例、だめな例だからね! お父さんたちの酒盛りでは普通だったでしょ! そっと視線を逸らして密かに決心した。

 私は大人になってもお酒に飲まれないようにしよう。


 反面教師で学んだところで、祈りを込めてお別れをするのだった。


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