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贈り物。所変わって鉱山街より 3


 翌日。


 昨日は採掘現場しか見られなかったから。

 そう思って、コルキデを誘っていつもの場所にて画面を覗きに向かった。もちろんいつもの裁縫の習い事や用事はばっちりと済ませて、だ。

 ぽちりとボタンを押せば、数度のノイズが走って映像が繋がる。映った場所は変わらず坑道内のようだ。

 しかし、咄嗟に息を呑む。目前に現れた黒い岩が動き出している。そしてこんこんと様子見に叩いていたジョジー叔母様をつかまえた瞬間。


 ジョジー叔母様が、岩の化け物に放り投げられて壁に頭から突き刺さった。


「お、おおお叔母様ーっ!?」

「イーズィ、これ、テンドンって言うんだっけ」

「ええああぁ叔母様しっかり! 死なないで!」

「死なないよ」

「あぁああもう、コルキデが正しいのはわかるけど驚くの!」


 慌てる私と冷静なコルキデ。そしてゾンビよろしく、よろめきながら画面の中のジョジー叔母様が体を動かす姿まで、以前見たことがあるものと似通っている状況である。なんなら「大丈夫ですかジョジーさん!?」「だから危ないかもって言いましたよ、俺!」という兄ちゃんたちの声もデジャブだ。ジョジー叔母様って、ちょっぴり迂闊すぎるところがある。

 硬い岩壁に叩きつけられても、ぐちゃぐちゃの見るも無惨な状態にならないのは、ベータちゃんのおかげなのだろう。普通ならば壁に刺さる前に体が折れ曲がったり潰れたりとグロテスクな状態になっているはずだ。こんなギャグみたいな様相にはならない。つくづく、コルキデに頼んで怪我しないようにしてもらってよかったと思う。

 他のメンバーはと言うと、アルフ兄ちゃんは前衛で化け物を引き付けようと動き出して、メレンダちゃんはジョジー叔母様を気にしつつじりじりと移動しようとしている。

 そしてあと一人、見た覚えのない男の人が混じっていた。

 大男、そう形容するにふさわしい大柄な男性だ。村で見るどんな大人よりも大きい。


「あの人……」

「山族だね」


 即座に、疑問にコルキデが答えてくれた。

 山族。大きな体躯が特徴の部族だ。山間部に暮らしていて、狩りや力仕事が得意。繊細な手作業はやや苦手な人たちのことである。


「初めて見るわ。とても力が強いのね」


 向こうでは、壁に刺さった叔母様を引きずり出して、岩の化け物を引き付けているアルフ兄ちゃんの助太刀に入っている様子が見える。振りかぶった重いとわかる岩の拳を金属製のツルハシで受け止めた。火花が散っている。

 その隙にメレンダちゃんは叔母様の回復に走り出した。すでに何回かしていることなのか慣れた様子で回復術をかけて、こちらの画面に手を伸ばしている。一瞬、画面に手が映ったかと思えば離れていく。その手のなかには薬瓶が握られていた。ベータちゃんから道具を取り出したようだ。

 グッと薬液を傾けて押し込まれると、咳き込みながら叔母様が飛び起きた。おそらくネルネおばば様の薬だろうけど、強烈な気付け薬にもなるのかと学んだ。異様な色をしているだけはある。また補充しておこう。


「……こんのっ、岩野郎が! クソ! やりやがったわね!」


 自業自得の所業だったのでは? ぽつりと呟くと、画面のメレンダちゃんが「しぃっ」とお口チャックのジェスチャーをしていた。

 頭に血が上ったジョジー叔母様は口が悪くなる。悪態をついて唾と一緒に血を吐き出しながら雄々しく立ち上がると、指先を構えて魔法を飛ばした。奔った炎の弓矢が岩の巨体を貫く。器用なことに前線で戦う男性陣を避けて命中させるのは、自分でも腕利きの術士というだけはある。

 だが、この岩の化け物はずいぶんとタフなようで、戦闘はジリ貧な状態が続いていた。


「コルキデ、みんな大丈夫かしら」


 激しい戦闘の様子は私には刺激的すぎて、横のコルキデの腕を抱き込んで安心を図ってしまう。半月の旅路を見守っていて戦闘場面も何度か見たけれど、どうしても誰かが怪我するかもと思うと恐ろしい。第三者で単純な映像物として見るには情が入りすぎているし、そもそも関係者が多すぎる。

 本日もモコモコとした暖かな毛皮に、ぐりぐりと頭を寄せて見ていると、急に間に腕が差し込まれた。

 筋肉がみっしりと詰まっていると服の上からでも一目でわかる上腕は、私の頭とコルキデの腕の間に割って入るとゆっくりと距離を引き離した。

 振り向けば、毛皮を羽織った重装備の屈強な渋い男、私のお父さんが努めてにこやかに笑って立っている。

 驚きに目を丸くしたものの、誰かがわかれば、すぐに緊張は解けていった。


「お父さん」

「おお、イーズィ。可愛い格好をしているじゃないか、さすがサショーマの見立てだ」


 冬仕様の仕事着をきたお父さんは、おそらく仕事帰りなのだろう。

 冒険者という肩書きだが、普段は未踏地の調査のほか村の警備も行っている。お父さん曰く、辺境の村専門の警備員みたいなものだそう。たまに一日村の外に出て探索や討伐をしては戻ってくることもあって、昨日がそうだった。

 ということは、やっぱり今戻ってきたところに違いない。


「お帰りなさい」

「ただいま! 愛しい我が娘よ」


 迎えの言葉を言うと、ひょいっと両手で抱えられ、くるくると円を描くように回されて抱きしめられた。ああ、頬っぺたがじょりじょりする。一日経てば、ダンディなお父さんの無精髭がちくちくしていけない。愛情表現は嬉しいので、大人しく受け入れる。よく10歳の子ども気分につられる私ではあるが、普通の子どもらしくないということは自覚している。そんな私を慈しんでくれる優しい父なのだ。


「イーズィのお父さん」

「ぬっ! おのれ、ヴァラの小僧め! まだお父さんと言われる筋合いはない!」


 しかしコルキデには塩対応が多いが。

 私を高く持ち上げて物理的に距離を取らせながら、男の子にカッと威嚇する姿は大人げない。ぺちぺち抱える腕を叩くが、知らん顔されるばかりだ。


「じゃあ、ガンキさん」

「いいだろう」


 いかに塩対応多めだけれど冷たいわけではないようで、コルキデが名前を改めて呼べば重々しく頷いた。


「僕の嫁を返して」

「まだ貴様の嫁ではない! イーズィは、イーズィはお父さんのものだからな」

「そんな場合じゃないのよ。もう、お父さん、離して」


 おそらくコルキデは真面目に言っているのだろうが火に油である。このままじゃキリがない。


「コルキデ、コルキデ」

「なに?」


 抱えられた状態のまま両手をコルキデへ向かって広げると、きょとんとした表情をした後で同じようにぱっと両手が広がる。すると、すぐに私の体は移動した。瞬きをする間もなく、私を抱える腕はコルキデのものになる。

 できるだろうと思っていたけれど、直ちに察知して瞬間移動させてくれるとは。さすがだ。感心しながらぎゅっと抱きついてお礼を言う。


「ありがとう」

「うん、おかえり」

「ああっ、イーズィ!」


 嘆くお父さんを尻目に、椅子に座り直して画面を指さす。ちょうどいいところにお父さんが来たのだ。状況を打開できる何かアドバイスがあるかもしれない。画面の中は、未だにじりじりとした戦闘が行われているままだ。


「そんなことより、ねえ、お父さん。この岩のやつ、見たことある?」

「そんなこと……んん? なんだあ、ずいぶんと変わった絵だな。動いている? 遺物と似ているが、こんなに上等じゃないぞ」

「この物自体はコルキデのだからいいの。この岩の化け物! これ、これ知らない?」


 奮闘するアルフ兄ちゃんたちに拳を振りかぶっては暴れる岩の化け物を何回も指し示すと、顎に片手をあててお父さんがうなる。


「俺は司祭ほど魔物に詳しくはないんだが……おそらく、石魔の成れ果てじゃないか? 魔素を取り込みすぎると生まれる、岩でできた魔力の瘤みたいなもんだ。こんな黒い色のやつは見たことがないが」

「アルフ兄ちゃんたち、苦戦しているみたいなの。どうにか助けてあげられない?」


 両手を組んでお願いのポーズをすると、お父さんは静かに観察するように見守っているコルキデへ声をかけた。


「とはいえなあ……コルキデくんよ、お前ならなんとでもなるだろうが、手を出さない理由は?」

「いちいち手を貸すと、成長にならない」

「そりゃあそうだ。わかってるな」

「前に教えてもらったことは覚えているよ」

「おお、よおく覚えとけ。お前の場合は特に、だ。イーズィは別だが」

「僕の嫁は別」

「嫁じゃあねえっつってんだろが!」


「ええええぇ」


 男同士で何かわかり合っているが、私としては心配が勝る。お父さんは気を取り直して、画面をのぞき込んではヤジを飛ばし始めた。そこに逃げるな、下手くそ、力任せに武器を振り回すな、無駄がありすぎる。いろいろ言っては、まだるっこしそうに歯噛みしている。いつかの記憶が、スポーツ観戦するおじさんかな、と言っている。


「埒があかねえ! アルフも何やってやがる」

「ガンキさんからって、助言、渡してあげられるよ」


 イライラと言うお父さんに、コルキデはそっと囁いた。密やかに誘惑をのせた声色はどこか楽しそうだ。


「……なに?」

「代わりに」


 コルキデが何やらお父さんに近づいて内緒話をしだした。怪訝な顔をしたお父さんは、眉をひくひくさせると、苦渋の表情を浮かべている。


「いや、それは」

「でもイーズィが」

「だが、まだ早――」

「許可は」


 耳を澄ましても、画面からの戦闘音で断片的にしか聞こえない。何だ、私の名前聞こえたが、何を交渉しているのだ。どちらも気になりすぎる。

 交互に見比べていると、お父さんは勢いよくコルキデの背を叩いた。小さなコルキデの体が吹き飛びそうになって、慌てて支える。どうにか留まったが、そんなに強い力で叩かなくてもとお父さんの方を向けば、なにやら腕を組んで悔しそうな様子だ。


「仕方ないから認めるが、夏だ。春は認めん。冬あけで獣が多いからな」

「わかった」


 内容は聞き取れなかったが、二人の間で話がまとまったらしい。コルキデと元の席に戻ると、机の上にある薄板がお父さんの方へ動かされた。


「どうぞ」

「はあ……」


 何故か哀しそうな目つきで私を見るお父さん。一体、本当に何を会話していたのか。コルキデを見ても、ふわりと優しく微笑まれるだけである。むしろ、僕がんばったよね、という副音声が聞こえる。とりあえずは褒めておこうと頭を撫でておく。アルフ兄ちゃんたちの助けになることだろうし。

 日が陰ると黒褐色に染まる柔らかな髪を堪能しながらゆるゆる撫でていれば、画面越しにお父さんは指示を飛ばし始めた。「ベータから知らない人の声がする!?」と兄ちゃん以外は動揺していたが、アルフ兄ちゃんはすぐに誰か見当をつけて指示に従って動き始めた。

 みるみるよくなる動きで、徐々に戦線を押し返していく。すごい。画面をにらみつけるお父さんを純粋に尊敬の気持ちを込めて見上げる。今現在の小さな私と、いつかの記憶の私が、頼もしい父の姿にすごいすごいと声を上げている。


 ――岩の中に核がある。


 その指示に従ってジョジー叔母様が魔法で貫いて行動を阻害している間、兄ちゃんが振り下ろす腕から叔母様をかばう。隙を見つけて、山族の男の人が力任せに核があるらしき場所にツルハシを力一杯突き立てた。メレンダちゃんはといえば、前に見たように淡く燐光を纏いながら祈っている。ということは、この石魔の成れ果てという岩の化け物は、歪んだ精霊の力が関わっているのかもしれない。状況は急激に好転していた。


「今だ!」


 アルフ兄ちゃんたちの声が響く。

 ひび割れた岩の体を大きく揺らして、成れ果てが崩れていく。追いかけるような眩い光がその体を包みこみ、収縮して、弾けた。

 数秒、崩れ落ちた余韻に静かな沈黙が流れて、徐々にわっとした歓声に変わる。その様子を無言で、しかしながら満足そうに見ているお父さんに私は思いっきり賛辞の拍手を送った。

 薄板が元あった位置へ移動する。画面の向こうから「ガンキさん! 助かりました!」と兄ちゃんが手を振っていた。戦闘のせいで装備は汚れて破損しているものもあるが、元気そうだ。


「おう、まだまだ未熟だが良くやった。精進しろよ」


 上向きになった機嫌でお父さんが軽口まじりに告げると、好青年然とした兄ちゃんの爽やかな「はい!」という力一杯の返事がすぐにくる。


「ガンキさん、これ」


 すっとコルキデが差し出したのは、ピカピカとした立派な細工がついた瓶だ。


「父さんの秘蔵」

「ヴァラの……よし、いいだろう」


 ふん、と鼻を鳴らして受け取る。ヴァラさんの秘蔵、瓶の形から想像して、お酒か何かだろうか。あの美貌を持つヴァラさんのことだから、昔、現役の吟遊詩人だったころにいろんな貢ぎ物をもらっていたのかもしれない。あり得る。勝手に想像してしまったが、かなり納得できてしまった。


「約束は」

「男の約束は守る。冒険者は信頼が大事だ。もちろん、家族に嘘もつかねえ。癪だがな!」


 乱雑にコルキデの頭を撫でた後、「イーズィ」と私の名前を呼んで抱きしめてから、瓶を片手にお父さんは家に戻っていった。

 むむむ、男同士でわかり合うのは、物語でもよく見るけれど、実際にされると疎外感を感じるわ。じいっとコルキデを見る私の視線に気づくと、コルキデは口の端を少し上げて、楽しそうに言った。


「イーズィ。夏、楽しみにしていて」


 謎だ。



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