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贈り物。所変わって鉱山街より 2


「ん? あら? アンタたち、もしかしてそこにいる?」

「あっ、います! います、ジョジー叔母様」


 はあい、と疲れ切った笑みで手を振るジョジー叔母様は、それはそれはくたびれた様子だ。少なくとも一時間弱ほど見守っていた私には理由はわかったので、労りの言葉を伝える。


「あの、お勤めお疲れ様です」

「ええ、これでもかってほど働いたわよ、アタシ……もう、いっそのこと爆破したいわ」

「それは駄目だと思うの、叔母様」


 はああ、と盛大なため息を吐かれた。

 そもそもここにいる理由は、お人好しのアルフ兄ちゃんとメレンダちゃんが鉱山街の人の頼みを聞いたことに始まった。恨み辛みをこめて採掘作業をしている叔母様のぼやきからわかったことだ。


 なんでも、いつも仕事をしている鉱山に妙な化物がいるという噂がある。みんな嫌がって仕事にならないから稼ぎ時だっていうのに、怪我をしてしまった。誰か代わりに少しでも採掘をしてきてくれないか。そうでないと、明日の暮らしもままならない。病気の家族がいるんだ。とのことである。


 見事なクエスト受注。そして露とも怪しいと思わないアルフ兄ちゃんたちの善性がまぶしい。きっと澄んだ瞳で「それは大変だ、俺たちがやりましょう」「ええ、ご家族を大事になさってください」と言ったのだろう。そして叔母様は勢いに負けて、二人の監督がてら一緒に採掘をしていたのだ。お疲れ様である。

 ジョジー叔母様とは時間を経て、ベータちゃんを通して姪っこが見ているということを認知してもらった。慣れてしまったのか、時折遠い目で「アタシの姪って大物になるわ」と言われる。大物は私の将来の旦那だと思う。


「あーっ、もうやだ疲れた。休憩よ休憩! ねえ、イーズィ。可愛い姪っこちゃんは可哀想な叔母様にさし入れ、あるわよね?」

「ええ、あるわ! コルキデ、送ってもらっていい?」


 通信をする前に用意しておいた、あったかいスープが入った木製の水筒に焼き菓子。木の実のケーキを薄くのばして型取りして石窯で焼き上げたものだ。コルキデによる味見も済んでいるので、味もきっと大丈夫のはず。

 コルキデに頼むと、こくと頷かれてすぐに送ってくれた。うーん、ぼんやりしているわ。

 画面の向こうで喜ぶ叔母様の声を聞きながら、もこもこした毛皮製のコートの袖を引っぱる。不思議そうに私を見つめる顔を見返して小声で聞いてみる。


「どうしたの? 具合が悪い?」

「いや……ねえ、イーズィは石、好き?」

「石?」

「うん」


 石とは。

 たまに唐突なことを言う幼馴染は、じっと私の返事を待っている。なんだろう、採掘を私が黙って一時間ほど見ていたからそういう作業や岩石が好きだと思われたのだろうか。


「女の人は、こういうところで採れる光り物が好きな場合が多いって。違う?」


 考えていると、そう付け加えられた。光り物とは宝石のことかと合点がいく。それならば答えやすい。


「特別、好きではないけれど、宝石や結晶は乙女として憧れるわ」

「ほしい?」

「そうねえ、いつかは手に入るといいなって思う、かしら。宝石って、私の記憶だと指輪とかネックレスとかで女の人が着飾るのに使うのよ」


 答えると、ふむふむと真剣に相づちが返ってくる。

 指輪というと結婚指輪。いつかの記憶から、白いドレスに交換する指輪の映像が浮かぶ。未来の私も、そんなことが出来るのかと思うとちょっとわくわくした。無茶ぶりでも平然とこなせるコルキデなら用意もしてくれるだろうか。ふと思って、ちょっとの期待を込めて言葉を続ける。


「コルキデが贈ってくれるなら、とても嬉しいわ」

「僕の嫁が、そう言うなら」


 言うやいなや、画面の中で異変が起きていた。

 めきめきと音を立てて鉱山内がえぐれていた。


「あの、コルキデ?」

「ちょっと待ってて」


 いや、待ってと言われても。画面の向こうから悲鳴が聞こえるのだけれど。

 塞がっていた壁だった場所はぽっかりと穴を開けて、新しい道を作っている。おそらく壁向こうも採掘作業をしていたのだろう、大柄な男の人が身構えて驚愕していた。


「はい、イーズィ。手を出して」

「え、ええ」


 言われるがまま両手を出す。コルキデの視線が画面から私の手のひらへ移った途端、こんもりとした宝石の小山が出現した。色とりどりの大きさがまばらな輝石に、思わず両腕が震える。


「どれがいい? 僕の嫁はどんな色も似合うから、なんでもいいかな」


 ウキウキと、まるで自分が飾られるように嬉しそうに言うコルキデと対照的に、画面からは怒りの声が届いてきた。


「コルキデー!? こら! 危ないだろう!」


 当然のごとく実行犯がばれているのは、付き合いが長いアルフ兄ちゃんだからだろう。メレンダちゃんとジョジー叔母様は動揺している男の人に必死に説明をしていた。申し訳ない。


「兄さんたちに怪我をさせてないよ」

「だからいいってわけじゃないからな! 人に見られたら危ないと伝えたろう。もっと自重して行動しなさい!」

「地形探索したうえで問題なかった」

「そういう問題じゃないんだ、そうじゃない。そうじゃないぞ」

「そうなんだ」


 会話しながらも、私の手のひらの宝石を取って「これも合う」「こっちでもいいね」と甘やかに微笑んでいる。自由である。


「イーズィ、コルキデを諫めてくれないか」

「んえ? わ、わかったわ!」


 疲れ切った声でアルフ兄ちゃんに頼まれた。腕を動かせないままだけど、請け負ってコルキデへと声を掛ける。


「コルキデ、みんなの怪我がなくてよかったけれど、いきなりは危ないと思うの」

「……大丈夫なのに、変なことをみんな気にする」


 心なしかしょんぼりと眉を下げたので、慌ててフォローを入れる。しょげた美少年は心の健康に悪い。


「そういうものなのよ。でも、私のためにしてくれたのよね? コルキデ、ありがとう」

「イーズィは嬉しかった?」

「ええ、もちろん! 綺麗な石がたくさんって、素敵ね。でも、こんなにはいらないから、兄ちゃんたちに分けてあげて。私、コルキデが私に一番似合うってものだけでいいのよ」

「そっか。わかった」


 機嫌回復。やりきったわ。

 どうよ、と画面を見ると優しい目をしたアルフ兄ちゃんが言った。


「お前たちは……もう、そのまま健やかに大きくなりなさい」


 なんだか諦めを感じる声音に、はて、と首を傾げていると手の平の重さが消えた。見れば、こんもりとしていた宝石がなくなっている。どこへ行ったのだろうと思えば、画面の向こう、アルフ兄ちゃんのところにぱらぱらと宝石が振り落ちていた。ベータちゃんから出てきているようだ。


「兄さんにあげる。お礼がわり」


 コルキデの言葉に、そうだったと思い出す。お土産をもらっていたのだ。


「そう、そうだわ。アルフ兄ちゃん、素敵なお土産、ありがとう! コルキデと一緒につけたのよ」

「お揃い」

「お揃いね」


 組紐を飾った腕を見せ合えば、自然と頬が緩む。


「ああ、うん。無事に届いたならよかった」

「町にはこんな素敵なものもあるのね。私も町に行ってみたいわ」

「それは、イーズィたちがもう少し大きくなってからだな。村の外は危ない」

「わかっているわ。だから、楽しみにしておくの」

「それがいい……よし」


 送られた宝石を回収して、アルフ兄ちゃんは、一区切りだと言わんばかりに声を出す。今日はもう終わりだと告げられた。


「メレンダたちに説明を任せきりだし、ややこしくなるといけない。話はまた落ち着いてからだ」

「そう、ね……きっと驚いたものね」

「コルキデ、いささか過剰すぎるが礼は受け取ったよ、ありがとう。イーズィもな。じゃあ、また」

「またね、アルフ兄ちゃん」

「また、アルフ兄さん」


 見えてないとはわかっていつつも手を振る。アルフ兄ちゃんが背を向けてメレンダちゃんたちがいる方へと進むのを確認して通信ボタンを切った。

 うーん、大騒ぎになっちゃったわね。

 果たしてお話はどうなるのかと気になりながら消えた画面を見つめていたら、とんとんと頬を優しく触れられた。


「コルキデ? なあに」

「イーズィ、これはどう?」

「これって?」


 振り返ると、コルキデが小石大の宝石を手の内で転がしていた。青々とした緑かと思えば爽やかな青空の色へ、続いて乳白色に濁って夜のように黒く変色する。次々と様変わりする、まるで現実とは思えない不可思議な宝石だ。まるで石自体が淡く輝いているような魅力がある。

 どうみても貴重な石というかヤバい石に違いない。そう思わずにはいられない物を、ころころと遊ぶように指先に動かしていく。すると、石は粘土細工みたく柔らかに形を変えた。

 ぱちりと瞬きを一度二度しているくらいの僅かな間に、みるみると首飾りの形へと様変わりすると、コルキデはそれをつまんで広げた。


「僕は、これが一番似合うと思う」

「……そ、そうかしら」


 過大評価すぎないか。

 絶世の美姫レベルでないとこのヤバい石の価値に合わない気がする。いくら村のアイドルな美少女でも、私はそこまで驕ってはいない。


「ええと、一応聞くわね。これは何?」

「僕の嫁に一番似合う宝石」


 真面目に答えてくれるが、そういうことを聞きたいんじゃない。嬉しい、嬉しいことは嬉しいけれど。照れた気持ちと困った気持ちとでどんな顔をすればいいかわからない。


「きらきら光る野山も、空も、静かな朝も、夜も、どれもよく似合うから。作ってみた」

「作ってみちゃったのね」

「付けても?」


 もう何も言うまい。どうにでもなあれ、という気持ちで顎をついと上げる。両手で髪の毛を掻き上げて付けやすいようにする。

 まるで宝物を包むように首に手を回されれば、自然と距離は近づく。とはいえ、抱きしめたり抱きついたりとよくするので今更恥ずかしくはない。いや、嘘だ。妙な間があると落ち着かない。

 首にわずかな重さを感じたので、もう終わっただろうと手を下ろす。だが、依然距離が近いままである。

 視線が重なると、榛色の瞳が喜色を浮かべて私を映しているのがわかった。あれ、この感じ、前にもあったような。

 既視感がよぎったと同時に、軽く唇が重なった。


「可愛い。よく似合う」


 すると思った。すると思ったわ!

 どぎまぎはするが、早すぎる結婚の約束をしてから嬉しそうに何度かされている行為なので、慌てはしない。いかにうっとりと蕩けた表情で言う美少年の威力がすごくても。イーズィちゃんは心を強く持てる女の子だ。

 もう一度、と寄せられるまえに自分の口元を手で隠す。


「けち」

「全然けちじゃないわ。乙女の唇は高いのよ」

「ああ、母さんか……そんなこと、言っていたね」


 自分の記憶を辿って思い返したのだろう。なるほど、と納得したコルキデは変なところで素直だ。

 ひとまず引き下がってくれるらしい。ほっとしながら少し距離を置いて、改めてつけられた首飾りを見る。おそらく金属か何かだろうが、細い糸を編んだような形の紐? きっと紐だと思われるものが首回りをぐるりとし、胸元には小指の先くらいに小さくなった宝石がついている。ワンポイントみたいで、このくらいの大きさの方が私の好みだ。色は相変わらずくるくると変わる。見て飽きない不思議さだ。


「イーズィ、気に入ってくれた?」


 私の様子を見て、コルキデが聞いてくる。


「ええ、とっても!」

「それなら、よかった」


 ふにゃりと柔らに笑みを浮かべて、そっと手を差し出された。


「指輪もいる?」

「いや、それはいいわ」


 間髪入れずに断っておいた。素敵な物は素敵な物でも、心配するようなヤバい代物はおなかいっぱいなのだ。

 いつか、将来でいい。そのときはもらうだけじゃなくて私からもあげられたらなあと思うのだった。



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