贈り物。所変わって鉱山街より 1
イーズィ10歳、コルキデ9歳。冬の月の話。
アルフ兄ちゃんたちの旅に間接的に関わって、およそ一ヶ月が経過した。いろんな道のりを見られるのは単純に楽しい。徒歩であれこれ歩くのは大変そうだが、精霊様? による歪みを矯正して歩き回るので、見逃さないためにもゆっくりのペースが望ましいらしい。
メレンダちゃんは大変な使命をさずかっているようである。もちろん、それに付き合うと決めたアルフ兄ちゃんも、なんだかんだと言いながら結局旅に着いてくることになったジョジー叔母様も大変だ。
私に出来ることは、薬師のおばば様や他の村の人たち謹製のアイテムを届けたり、コルキデと一緒に応援したりするくらいだ。
旅の一行からは、十分すぎるから興奮しすぎて勢いのまま動くなと注意された。何故。
そして現在の季節は冬。冬の月の真ん中あたりだ。
私たちが暮らす、この世界は春夏秋冬の月のそれぞれ30日ずつで回っている。前世か前々前世かの記憶の一年と比べると三倍の早さで一年が経過する。では、寿命も三倍早く尽きるのかというと、そうではない。寿命は300前後ある。体感的にはいつかの記憶の寿命と似たようなものだ。
ただし、体の成長は青年期にさしかかると停滞し、長い青年期中年期を過ごして老年期となる。個人差があるらしいが大体こんな感じで年を取る。
それは何故かというと、外敵が多い世界であるため急速に成長を迎えないと命の危険がある、という理由からだ。
この世界の人は進化したのだ。いつまでも弱い個体だと獣や魔物や幽霊などにとって食われてしまう。悲しくも厳しい現実だ。そのため、精神面もすくすく成長する。人間の適応力は侮れないものである。ただし、出生率や生存率はよろしくない。赤子は夫婦生活100年で一人生まれたらいいほうくらい、らしい。
大人たちのゆっくり大きくなればいいという言葉は、子どもが安全に育てられる環境にあるという自信からくるのである。つまり、そうやって現在そう声をかけられ育てられている私の環境はかなり良い。辺境の村だけど、安全面はコルキデのおかげですこぶる良い環境に整っているはずだ。
ともあれ、この世界、この辺境の村に子どもが少なかったのは、こういった理由があるからである。
なので、数少ない子どもは愛されている。少なくともこの村では、とても。
「あら、よく似合うわ」
「こっちもいいわねぇ。二人とも、お似合いよ。サショーマ、リボンは?」
「フヨウ、そちらのスカーフもいいと思うわ。どう?」
「ばっちり可愛いじゃないの、はあ、いいわあ」
はい。
着せ替え人形になっているイーズィちゃん10歳。もこもこな毛皮のコートと帽子、髪の毛にはリボンと着飾られている。
ちら、と隣を見ると同じような揃いの格好にされて、ぼんやりとした表情のコルキデがいる。彼の賢いところは、この時間は耐えるのみであると察してすぐに自由を明け渡したところだろう。私のようにちょっとでも逃げようとすれば真っ先に飾り立てられて拘束時間が長くなる。
おっとり美人のお母さんと一緒に居るのは、男装の麗人と表現するにふさわしい美女だ。コルキデのお母さんである。スカートやドレスではなくパンツスタイルでバッサリと切られた髪は艶やかな黒だ。
元踊り子のスレンダーな体型で身軽に動いては、薄茶のアーモンドアイを嬉しそうに細めて私たちに衣装を合わせている。見た目はサバサバした印象を受けるけど、口調は柔らかくて色っぽい大人の女性で、私の密かな憧れでもある。格好良いし綺麗だし可愛いしの三拍子なのだ。
冬は厳しいから新しく防寒具を、までは良かった。
ただ急に新しいデザインの服が出来たわよと、おばあちゃん三姉妹から渡され、それに母同士が触発されてしまったのだ。
「お母さん、もういいかしら」
「まだだめよ。髪の毛もいじりましょう」
「ほらコルキデ、あなたは次こっち」
こ、コルキデがされるがままの愛玩動物のようだわ。
がんばろうね! 激励の気持ちを込めて視線を送ると、ぱちりと目が合ってにこりと微笑まれた。
さらに母同士が盛り上がって、お揃い服のファッションショーがしばらく続くのだった。
解放されたのは昼過ぎ。
そのままご飯も一緒にすまして、ぽいっと外に遊んでらっしゃいと送り出された。冬の月になって気温もぐっと下がっている。雪はまだ降ってはいないけれど、元気にお外で遊ぶぞとはりきる気分にもなれない。第一、先ほどの怒濤の着せ替えタイムで疲れは十分溜まっている。
なんとなく切ない気持ちになりながらも、コルキデと手をつないでてっこてっこと歩く。
すると前方から珍しい人が歩いてくるのを見つけた。
村の狩人、ハインツおじさんだ。
おじさんは、アルフ兄ちゃんの血のつながらない家族で優秀な狩人である。ずんぐりした樽体型に厳つい顔、そんな屈強な外見にそぐわず、お酒が弱いと有名でもある。村の祭りや宴で酔いつぶれているのを何回か見た。そしてぶっきらぼうにみえて、子どもに優しい人だ。
しかし、普段はあんまり出歩かない人でもある。不思議に思ったので、かけよって声を掛けることにした。
「こんにちは。ハインツおじさん、どうしたの?」
「こんにちは」
「ああ、手紙を預かっていてな。配っている」
挨拶をして尋ねれば、コルキデも追うように続く。おじさんは片手をあげて返すと、腰につけている鞄を軽く叩いて示した。
なるほどと納得する。辺境の村の郵送を一手に担うのは、狩人かお父さんのような冒険者の限られた人にしかできない。危険だからだ。普通の人が行き来するとなると、運がすこぶる良くて助かるか護衛を雇って安全を確保するかのどちらか。なお、運が悪いと魔物や獣の餌になる。
そもそも辺境の土地に手紙が送られるなんてそう多いことではないため、一月に一度、近くの町に行って受けとるのみだ。発送も同じように行われる。
「お前たちにも届いているぞ」
そう言って手渡された手紙には、読み取りやすい文字で私とコルキデの連盟で宛名が書かれていた。
初手紙だ。驚きに目が丸くなる。
外に知り合いがいない私たちに、誰からかと手紙を裏返すと、アルフ・ローヴィンと送り主の名前があった。
「アルフ兄ちゃんからだわ!」
「あいつも律儀なやつだ。村の人に何枚も出してからに。おかげであちこち回らなきゃならねえ」
そう言うわりには、嬉しそうなハインツおじさんである。
そうよね。兄ちゃんが無事でおじさんも嬉しいわよね。うんうん頷いて手紙を表返し裏返ししていると、横から手が伸びて手紙が開かれた。
「届くのに随分と時間がかかるんだね」
さっと中身を確認したコルキデは私に手渡す。なになに。
『イーズィ、コルキデ。元気だろうか。
いや、いささか元気すぎるお前たちのことだからきっと心配はいらないだろう。
この間は急に精霊様を送ってきたから驚いたよ。人がいないところで良かったが、目についたら大変なことだ。気を付けなさい。村にある大きなものたちを送ってこなかっただけ、よかったよ。
……コルキデはイーズィが、イーズィはコルキデが、互いに注意しあうように。
世間知らずのお前たちは、大人の言うことをきちんと聞いてから実行に移すことをおすすめする。ただし、研究第一のファフル司祭や王都が絡むと余計なことをしかねないカデミア村長には頼らないように。まずはお前たちの両親にたずねるように。いいか、くれぐれも、くれぐれも都や人が多い場所での奇行を起こすんじゃないぞ。
可愛いお前たちに危害が及ばないよう、俺も頑張ってくる。
メレンダも記憶は相変わらず戻らないが、元気でやっている。彼女の記憶が早く戻れるといいが。俺にできるのは人の多い町で情報を探すことくらいだ。
なんにせよ、うまくやるつもりだ。お土産をつけておいた。村にはない面白いものだと思う。
アルフより』
半分以上お説教が混じった文面だったが、初の手紙だ。嬉しい。内容から察するに、ジョジー叔母様と出会う前の町で書いたものだろうか。メレンダちゃんの使命に付き合うとも書いていないし。
最後まで読んで、おじさんを見上げる。
「お土産があるんですって!」
「ああ。これだ」
私が読み終わるのを待っていたのだろう。すっと出されたお土産は、なんと貝殻つきの組紐だ。若草の色と木の実の色。落ち着いた二つの色の組紐は、シンプルながらも素敵な品物だ。辺境の村にはない流通が町にはあるのだろう。
「ふふ、今日はとことんお揃いみたい」
組紐を受け取って、コルキデの腕に結ぶ。コルキデはそれを、緩んだ笑みを浮かべて外した。
「僕はこっちがいい」
取られたのは若草色の方。さっと腕に結ぶと、今度は私の方に残りの方を結んだ。
「イーズィの目の色みたいで、綺麗」
「わ、本当! アルフ兄ちゃん、さすが! じゃあ、こっちはコルキデの目の色ね。似ているわ」
マメな兄貴分だ。心配りができるなんて、実にパーフェクトな主人公らしい。完璧な美男子ではない容姿も取っつきやすくて素晴らしいし、兄ちゃんこれなら旅の間とてもモテるのではないかしら。妹分として鼻が高い。
「あいつもお前たちに喜んでもらえたと知ったら、喜ぶだろう。じゃあ、またな」
「おじさん、ありがとう! 配達頑張って!」
手を降る私と会釈するコルキデと別れて、おじさんはのしのしと歩いて行った。
その姿を見送って、私はコルキデの手を取った。
「じゃ、お礼を言いに行きましょう」
「言うと思った」
小さく笑いあって、そのままいつもの場所へと歩き出す。
ツンと冷たい空気の中、繋いだ手先からくる温かさがなんだか嬉しい。もらった組紐が繋いだ腕が同時に揺れ動く。コルキデが興味深そうに組紐を眺めては繋いだ腕を軽く振っていた。
「お揃いって、いいね」
静かに呟いたコルキデに、笑顔で返す。
「そうね。お揃いって、悪くないわ」
***
かん、こん。かん、こん。
ところ変わって、場所は鉱山。
関連するものをあげると、迷宮、もしくは鉱山で働く炭鉱夫だろうか。物語で出てくるような架空の存在をあげるならば、ドワーフやドラゴン、ゴーレムが定番だった。いつかの記憶が懐かしがる。
アルフ兄ちゃんたちの次の目的地は、領主の町の北方面、峻険な山々の狭間に位置する炭鉱街だ。
この世界では、ドワーフというよりも、普通の人類種が適応した結果頑強な体へと変化した、延長線上の存在の部族が住んでいるそうだ。乾いた土地や寒暖差に強い石や岩のように硬い肌をもつ代わりに、水は苦手らしい。部族名はそのまんまの岩族。わかりやすいっちゃわかりやすい。予想するに水族や木族とか火族とかいるのかもしれない。ちなみに私たちに部族名はない。普通の人、というところだろうか。
かん、こん。かん、こん。
一定のリズムで響く音は、柱時計の振り子のようだ。
暗い炭鉱内部でおぼつかないランプの光源がちらつく中、無心の作業。そんな地味な絵面を、現在眺めているイーズィちゃんです。お隣のコルキデは何を考えているのか、ぼんやりとしています。お馴染みの表情です。
代わり映えがない。
いや、途中でジョジー叔母様が「つかれた~! ちまちまちまちまやってらんないわよ!?」と文句を言ったり、ひいひい言いながらメレンダちゃんが顔を赤くしてツルハシを壁に振り下ろしていたり、アルフ兄ちゃんが生き生きと壁を掘っていたりしているから、まったく同じ画面のままというわけではないのだけれど。
旅の一行は、炭鉱内で採掘作業をしていた。
お礼を言いそびれて、数十分。真剣に作業しているのか、あのう、そのう、と声をかけてみても届かなかった。採掘の音が大きいからってのもあるかもしれない。
真面目にしているところに大声を上げるのも憚られて見守ることさらに十数分。私たちに気づいたのは、ジョジー叔母様だった。