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村の変わった人たちと新しい仲間 3


 あの後、散々お母さんにからかわれた。にこにこ、にまにま、そんな擬音語が飛び出すかのような笑顔で微笑ましそうにほっぺたをつつかれた。

 ああ、この調子だとコルキデのお家にも筒抜けなんだろうな。

 そう思っていたら、案の上だ。


「やあやあやあ! ごきげんよう、未来の可愛い娘ちゃん! うちの息子と仲良くしてくれているそうじゃないか。嬉しいよ」


 爽やかに、高らかに、唄うように。

 翌日。

 おばあちゃん三姉妹の家から帰る途中で、きらめかしい美青年に捕まった。コルキデ父こと、元吟遊詩人のヴァラさんだ。現在は手先の器用さを生かして細工作りの仕事をしている。

 サラサラと風に靡く髪は蜂蜜色。いたずらげに光る碧眼の瞳は、コルキデと似た柔らかな垂れ目。手には木製の楽器を持っている。私の古くなった記憶から表現すると、リュートに似た弦楽器だ。絵画に登場しそうな麗しさとは裏腹に、言動は2.5枚目である。


「こんにちは、ヴァラさん」

「いやだなあ、気軽にお父様って呼んでくれてもいいのに」

「あはは」


 すかさず手をとって口づけてくる気障っぷり。お父さんが見たら舌打ちしそうだわ。

 といっても、父親同士の仲が悪いわけじゃない。なんだかんだとよく酒を飲み交わすし、お父さんの愚痴もにこやかに笑って流してくれるらしいとはお母さんの言だ。私もたまにそういったところを目にすることがある。


「ヴァラさん、楽器を持ってどうしたの?」

「フヨウに僕の愛を捧げてきたのさ。お望みなら、可愛い未来の娘ちゃんにも差し上げよう」


 おもむろに楽器を構えてしなやかな指先が弦をはじく。

 ヴァラさんの歌は、歌詞はともかく、とても素敵なのは間違いない。頼むと気さくに奏でてくれるため、村でのちょっとした娯楽にと、私以外も楽しみに耳を澄ませる人もいる。特に急ぐ用事はないので、聞くのもいいかも。


「水源の主、恐ろしの主、足下に気をつけなさい。

美酒のごとき赤き沼、お前を眠りに誘うだろう。

月の夜、白い花、足下に捧げなさい」


 相変わらず謎めいた歌詞内容だが、素晴らしい伸びやかなテノールの歌声は心地よく耳をくすぐる。余韻を残して歌い終わったのを見計らって、拍手を惜しみなく送った。


「どうだい? サショーマから、ハノテ町の毒の主について聞いたんだ。僕が聞いたことのある噂話さ」

「とっても素敵。外の歌なの? 冒険のお話に出てくるのかしら」

「そうだねえ。もっぱら教訓話として語られてきたものの一部分さ。あの町の外も危ない獣がうろつくからね」


 そんな中で旅しながら吟遊詩人をしていたヴァラさん、実は強い人なんじゃと思うけれど、そんなそぶりは一切みせてくれない。目が合うと、軽くウインクをして「さて」と言って楽器を下ろした。


「うちの可愛い息子は暇しているよ。ぜひ誘って遊んでくれたまえ」

「はい!」

「ご褒美はもっとしてあげるといい。楽しいからね!」


 楽しいとはなんのことだろう。それはともかくコルキデにはたくさんお世話になっているのは間違いない。ご褒美もといお礼は何回してもいいくらいだ。


「はい!」


 元気よく返すと、吹き出すように笑って髪を撫でておでこをつつかれた。


「いい返事だ。素晴らしい! またね、我らが美しい蕾ちゃん」


 爽やかに手をひらひらさせてヴァラさんは歩いて行った。あっちは村唯一の道具屋さんがある方向だ。よくよく見ると、ヴァラさんの背中には美貌にそぐわない古い木皮の編籠があった。買い物をしに行くらしい。顔面の美に意識を取られて気づかなかった。

 つつかれた額を押さえて、ぽうっとする。

 美形はどんな格好でも力押しの雰囲気でなんとかなるんだなあ。


 去って行った姿を見送ってからしばし。耳元に息がかかった。


「……イーズィ」

「ほあっ」


 肩が跳ねる。

 振り向くとコルキデが立っていた。

 どうしたのかと聞く前に、指先で額をつつかれた。とん、とん、と撫でるように触れて離れていく。


「な、なあに?」

「……べつに、真似してみただけ」


 なぜ拗ねた顔をするのか。拗ねた顔も目の保養だけど、何かご機嫌が斜めになる要素があったらしい。反応が悪かったからかしら。

 はて、と首を傾げて、ぽんと手を打った。ヴァラさんがもっと褒めろと言っていたのは、ご機嫌斜めなコルキデをよろしくということだったのではなかろうか。

 それならば。

 ばっと両手を広げる。

 そして、ぽかんとした幼馴染を迎え入れて、ぎゅうと抱きしめる。片手を背中に、もう片手は頭に。よーしよしよしよし。


「え?」

「ん?」


 あれ、思ったような反応じゃない。

 しかし、柔らかな髪はふわふわとさわり心地が良いのでよしよしと勢いを弱めて撫でているとぎゅうと背中に腕が回された。

 そのままくるくると体を抱え込まれたまま回される。一回転、二回転、三回転目でゆっくりと止まって離された。


「僕の嫁は、変なことをする」

「コルキデほどじゃないわよ。失礼ね」


 心外である。

 変わった人が多い辺境の村において、私ほどまともで可愛い女の子はいるまい。いや、転生者という点では変わっているかもだが、コルキデに言われるほどじゃないはずだ。

 だが、結果的にご機嫌はよくなったらしい。ヴァラさんの面影を残した幼い美貌がわずかに緩んでいる。


「それで、今日も見に行くの?」

「もちろん! 毒の化物でしょう? そりゃコルキデのおかげで何もないかもだけど、気になるわ」

「イーズィならそう言うと思った」

「今日はだめって言わない?」

「今日はまだ言わない。ついでに毒の採取をするから」


 そうだった。

 固まった私をよそに、手を引いてコルキデは歩いて行く。


 間もなくいつもの場所に到着すると、音もなく薄板が出現した。前と同じように椅子の位置を整えて座る間に、画面の映像が形を結んだ。


 数度ノイズが走った後に鮮明に写された景色は、ジョジー叔母様が太った多頭の蛇に頭から丸呑みにされている場面だった。

 嚥下するように蛇の喉元が脈打って人が飲み込まれていく。それを目の当たりにした瞬間、喉から悲鳴が飛び出した。


「あああああああわわわ、こここコルキデ!?」

「わあ」

「わあ、じゃなくて、わあじゃなくて! 大丈夫なのかしら!? 叔母様のまれちゃったわ!」


 私の叫びと同時に、あちらの画面からも「ジョジーさん!?」「なんで頭からつっこんじゃったんですかあ!」という叫びが聞こえてきた。

 えっ、ジョジー叔母様、自分から中に入り込んだの?


「落ち着いて僕の嫁。君の叔母様は無事だよ。死にそうになっても生き返る」

「そういう問題かしら? えっ、コルキデ、倫理とか、大丈夫なの?」

「生命の倫理については前に一通り参照したよ」

「参照……?」


 大丈夫なのか。私とコルキデで常識が違っていないだろうか。

 はらはら画面を見ていると、アルフ兄ちゃんが蛇の腹を割いてジョジー叔母様を摘出していた。ずるんと紫の体液にまみれた叔母様はぴくぴくと痙攣しながら体を動かしていた。

 ホラー映画のようだ。挙動がリビングデッドやグール、ゾンビもののそれである。駆けつけたメレンダちゃんが精霊術らしき力を使っている。回復魔法かもしれない。


「イーズィがそこまで心配なら」


 そう呟くとコルキデがぽいっと画面に何かを投げ込んだ。

 水面を通り抜けるかのように、小さな物体を飲み込むと画面の向こう、アルフ兄ちゃんたちと対峙している蛇の化物に飛んでいった。


「僕が力を貸しすぎると、兄さんたちのためにならないと思うけど」


 言った瞬間、蛇の頭がはじけ飛んだ。予兆も、音も何もなく、急に吹き飛んでいった。細胞の一つ一つが塵くずになって消えるように黒い煤が風に乗って流れる。

 画面の向こうも、私も、沈黙が降りた。


「イーズィ? どうしたの?」

「……コルキデ、あなたって」

「僕がなに」

「すごいのねえ」


 いろいろ突っ込みたいこともあるが、コルキデのおかげでアルフ兄ちゃんたちは無事なようだ。体勢を立て直して蛇の化物と向き合っている。

 よしよしと頭を撫でて、すごいすごいと褒める。ちょっと嬉しそうな得意顔に、こちらもなんだか嬉しくなる。


「い、今だ。メレンダ!」

「はい!」


 和やかに見合っている間に、画面の向こうはすっかり佳境だ。メレンダちゃんが何か祈り上げている。なんだか、ヒロインがやる感じの、よく見るやつだわ!

 足場の悪そうな沼地に鎮座する巨大な蛇の腹がのたうつ。何故か空には月が出ている。


「あら、夜? こっちは昼なのに」

「こことむこうで空間が歪んでいるんじゃないかな」


 さらっと解説が返ってくる。アルフ兄ちゃんたちは戦闘に夢中なのか、こちらの声に反応はない。

 狩人のおじさんに鍛えられた兄ちゃんの得意武器は斧や鉈だ。残念ながら勇者らしい長剣ではない。今は鉈と剣の中間のような曲がった刀で頭のなくなった蛇の首をいなしている。危ない攻撃もどうにかうまく避けては切り返す。手に汗握る戦闘場面だ。

 ジョジー叔母様は回復した後、体に刻まれた術印を光らせて魔法を放っている。町一番の術士という自負は間違いないのだろう、勢いある炎の魔法弾で牽制している。たまに危なっかしく攻撃を避け損なっているけれど、それでも実力者には違いない。

 私はすっかり感動して隣のコルキデの肩を揺さぶる。


「みんなすごいわ、格好良いわ……! ね、コルキデ」

「僕の嫁が望むなら、今すぐ片付けるけど」

「アルフ兄ちゃんのためにならないって言ってたじゃない! コルキデがすごいのはよくわかっているんだから」

「……それならいいよ」


 変なところで張り合うコルキデである。

 やがて、メレンダちゃんの体に燐光がまとって沼地を明るく照らしていく。白い光が花のように広がっていくのを見て、あら、とヴァラさんの歌を思い出した。

 わああ、物語とかであるやつ! あるやつだったわ!

 イーズィちゃん大興奮である。ばしばしコルキデの肩をたたいていると、落ち着けと手を握りこまれた。そわそわどきどきと高まる気持ちで握った手をぶんぶんと振る。


「すごい、すごいわ! きっとあの光で悪い奴を浄化するのよ! それか、捕まっていた存在を解放するのよ!」

「イーズィ、詳しいね」

「だいたいそういうものがスタンダードですもの!」


 見守っている間に、光は化物の体を包みこみ、やがて形を変える。どんどんと収縮して光が明滅してはじけ飛ぶと、そこに立っているのは光の球だった。


「あなたは?」


 メレンダちゃんの声が響く。アルフ兄ちゃんもジョジー叔母様も固唾をのんで見守っている。もちろん私もぎゅうぎゅうと握った腕のまま自分の胸に抱き込んで画面にかじりつく。

 男性のような女性のような不可思議な声がする。しかし、うまく聞き取れない。


「光の、大精霊……あなたが」


 かわりにメレンダちゃんの言葉で推察するしかない。

 続く言葉を聞きながら、内容を大まかにまとめると、光の大精霊の欠片のような存在らしい。メレンダちゃんは大精霊の分け身で世界を歪ませる原因となった精霊たちを正しに行かないといけない、ということを言っていた。本来ならもっと力を蓄えて、助力できたはずが、目覚めを促そうと働きかけたときに何かの妨害にあたり追い払われたとのこと。

 知らないところで世界の危機が起こっていたらしい。欠片とはいえ、大精霊を消しかけるなんてすごい。同意を求めてコルキデを見ると、興味なさそうに、へえ、と返された。クールなところがある幼馴染である。

 何はともあれ、毒の化物の件は解決とみてよさそうだ。

 ほっとしていると、コルキデがちょいちょいと指を動かしていた。指先に赤紫の球体ができている。見るからに危険な色合いに見える。身構えて握っていた手を離してのけぞってしまう。


「コルキデ? なあに、それ」

「サショーマさんに頼まれていたもの」

「頼まれ……あっ、毒? 毒ね!? えええ、持って帰るのやめない?」

「約束は守らなきゃいけないよ、イーズィ」

「そうなのだけど」


 画面の方は、解決フェーズに移ったのか和やかに三人が話している。しばらくこちらから会話を挟み込むのは野暮だろう。がっかりしながら薄板のスイッチボタンを消して立ち上がる。


「どうせ渡すなら、私の前で渡してちょうだい。お母さんがどこに置くか、何をするか見ておかなきゃ」

「毒は効かないから心配しなくても良いのに」

「そういう問題じゃないの!」


 指先で球体を遊ばせるコルキデを監視すべく見つめながら、私は息を吐いて決心を固めつつ、コルキデの手を引く。私にとって我が家が魔物の潜むモンスターハウスのように見えた気がした。




ヴァラ「(普段鉄面皮な息子の動揺する反応が)楽しいからね!」

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