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村の変わった人たちと新しい仲間 2


 ほかほかとまだ湯気の出る暖かいケーキの匂い。今日は前より美味しそうに出来たわ、とバスケットをちらりと確認して、コルキデの家まで迎えに行く。

 当たり前のように傍に居ることが多いコルキデだが、実は結構忙しい。

 英邁な幼馴染なのだから当然と言えば当然だ。村長の話を聞いたり、村の人の手伝いをしたり、最近は体も鍛え始めたらしい。体力作りは大事なことなんだって、と言っていたので、誰かに吹き込まれたのかもしれない。まあ、でも、この土地なら鍛えておいて損はない。将来の男手は若者の少ない村にとって大事な戦力だろうし。

 しかしながら、私が呼びかけると、必ず現れる。付き合いがもうすぐ10年になるけれど、理解できないこともまだまだたくさんあるミステリアスな美少年である。


「コルキデ、いるかしら」


 おなじみの挨拶文句でコルキデの家の入り口から声かけると、ほんの少しのあとにドアが開いた。


「いるよ、僕の嫁」


 これまたすっかりとお馴染みとなった返事をして、ひょこりとコルキデが姿を現した。手には何やら食糧を詰める袋を持っている。

 どうやら今日のコルキデは、村の司祭さまという職務よりも異形生物の研究が大好きなファフル司祭さまのところに手伝いに行っていたようだ。ビチビチと元気いっぱいに跳ねている長い形の魚のような鳥のような何かが食糧袋から飛び出している。研究好きの司祭さまは、魔物をはじめとした異形の生き物が好きすぎて都から喜び勇んで辺境にやってきた変人である。コルキデが村を激変させた時にめちゃくちゃ喜んだ人でもある。

 謎の生き物はお土産か何かだろう。この袋に詰めているってことは、食べられる何かなのかもしれない。美味しい物の発見だったらいいけれど。

 じ、と袋に目線をやっていたのに気づいたのか、コルキデは「ああ」と言った。


「成分分析済んだら、分けるよ」

「うん、いつもありがとうコルキデ。ねえ、昼ご飯は済んだ? ケーキを作ってきたの」

「食べたよ。でも、イーズィが作ってくれたのなら食べる」

「貴方へのお礼だもの、ぜひ食べてちょうだい! それから……約束の時間よ。アルフ兄ちゃんたちのサポートに行きましょ。コルキデと一緒の方が安心だもの」

「安心……そう、わかった。いいよ」


 元気よく返事すると、袋をぱっと消して、何やら上機嫌で私の持っているバスケットを取った。おお、紳士的な行動をするようになっていることに、幼馴染の成長を感じる。

 てっこてっこ歩いて、昨日の木製椅子と机があるスペースに落ち着く。

 もくもくとバスケットに詰めていたケーキを小動物のように食べ始めるコルキデを横に、私はぽちりと薄板のボタンに触れた。




 白い肌の色。

 画面いっぱいに広がったのは、ふっくらとした二つの丘陵の谷。それが中央に映されている。

 咄嗟にコルキデの目を隠す。スパァンと景気の良い音が出たけれど、仕方ない。青少年の健全な成長には刺激が強すぎる。

 慎ましやかな私の大平原もいつかこんな風に育つのかしら。いや、きっと大丈夫。

 少しして、音声が向こうから聞こえてきた。


「アンタたち、嘘ついてんじゃないでしょうね? こんな精霊様、見たことないわよ。何よこれ」

「いやその、ジョジーさん、あんまり触らないほうが」

「そ、そうですよぉ。この精霊さんはちょっと、その、変わった精霊さんなんです」


 聞いたことのない女性の声と、アルフ兄ちゃんとメレンダちゃんの声だ。

 会話から察するに、ジョジーさんという人がベータちゃんをいじくり回しているのかも。


「ま、いくら怪しくても感謝はしないとね。助けてくれてありがと」


 ぱっと画面が切り替わる。おお、どうやら解放してくれたみたいだ。ゆっくりと景色を映した中に三人の姿が見えた。

 アルフ兄ちゃんは町に着いているはずだと言っていたけれど、この場所はどうみても町ではない。曇天が広がる拓けた平野だ。きっと町へ続くのだろう道は申し訳ない程度に踏み分けられて判別できるが、人気は見当たらない。

 さて、話しかけて良いのかしら。

 様子をうかがいながら、ちらりと横のコルキデを見る。目隠しのための手をどかすと、ぱちぱちと榛色の目が瞬いた。お詫びに残りのケーキも手渡す。無言でこくりと頷くと、頷き返した後に、静かにもぐもぐちまちま宝物のように大事に食べ始めた。うんうん、怒ってない! 大丈夫!

 餌付けしているようなほっこりとした気持ちになって息をつく。よし、もうちょっと待ってみよう。


「それで? アンタたち、なんでこんなところに来たの? アタシが言えたことじゃないけど、化物が多い場所に来るなんて物好きもいいとこじゃない」


 ジョジーさん、きっとお金持ちなんだろう。キラキラと耳元には宝石の耳飾りがきらめいていて、ドレスを動きやすいように改造した服装は華やかだ。ちょっと露出が多い気もするけれど。胸部の上の半球が見えてるけど。とても外向きには見えないお洒落な女の人の肌には、入れ墨のような文字がところどころ書かれている。背中にあるのは、矢筒と短弓だ。

 おそらくこの人は、術士だろう。術士とは、この世界ではそこそこよくある職業の一つ。文字通り術、つまり魔法を使う人たちのことで、体に入れた文字の数で術士の格がわかるそうだ。


「領主様に頼まれてしまって。それに、メレンダがこの先が気になるらしいから」

「す、すみませんアルフ。でも、なんだか、放っておけないものがこの先にいるんです」

「なあによ、それ。変な精霊様もだけど、アンタたちも変なやつらね」


 なるほど。兄ちゃんたちはお使いクエストみたいな頼まれごとを引き受けたのか。そして何かを感じるメレンダちゃん。なんだかよくないことが起こりそう。


「でもこの先は危険よ。毒を操る化物がでるって、知らない?」

「それなら、ジョジーさんも危険では?」

「アタシは別! これでも領主の町一番の腕利き術士、ジョジー様よ。この肌に刻まれた術印はそんじょそこらの雑魚術士とは違うわ」


 ツン、とお高くとまった風な動作をするジョジーさん。しかし、どこか見たことがあるような人だ。褐色の髪色は私の髪色ともちょっと似ている。真っ直ぐな髪を一つにまとめて括った勝ち気な妙齢の美人。心当たりがあるような、ないような。


「あのぅ、でも獣に襲われていましたし、お一人は危ないと思います」

「そうだ、メレンダの言うとおりですよ」

「あ、あれはたまたま! たまたまよ!」


 私の疑問はともかく、現在、新たなパーティーメンバー獲得の瞬間に立ち会っているみたいだ。どきどき眺めていると、ふとアルフ兄ちゃんが視線をこちらに向けた。


「……イーズィ?」

「はひゃい!」


 思わず返事をする。ピシッと背筋まで伸びてしまった。


「やっぱり。ベータが急によく動くから変だと思ったんだ」

「まあ、イーズィちゃん。こんにちは」


 丁寧に挨拶してくれるメレンダちゃんに、「こんにちは」と返す。途端、くわっとジョジーさんが目を見開いた。あ、紫の瞳。お母さんと同じだわ。


「しゃべるのコレ!?」


 対するアルフ兄ちゃんたちは冷静だ。


「ええまあ。イーズィたちですので」

「はい。すごい精霊さんなので」


 二人の言葉をつなげると、私が精霊みたいに聞こえるからやめてほしい。


「ええ……? しゃべれる珍妙な形の精霊様? ほんと、何よそれ」

「イーズィ、コルキデもいるのか」

「いるよ」


 アルフ兄ちゃんの質問に簡潔にコルキデが答える。


「お前を頼って悪いんだが、この先の地理とか、わかるか? 礼はする」

「あっ、マップね! これは大事なサポートよ、コルキデ」


 この世界、村で得た情報からわかっていたが、地図がない。もっと言うと、国自体も少ない。大きな国というと中央の国の王都、王都とは別の領主が治めるいくつかの公領都だろうか。そんな世界なので正確な地図は存在しないし、貴族階級は領都によってまばらである。いつかの記憶の世界よりも人類の総数は少ないのだ。つくづく世知辛い世界である。

 しかし、我が幼馴染ならば完璧にしてくれるだろう。きらきらと輝く眼差しを向けると、コルキデはちょっとだけ黙って視線を左右に動かした。


「……送った」

「仕事が早いな。助かるよ、二人とも」


 何故か私まで褒められてしまった。その分、コルキデを褒めてあげよう。なでなでと頭を撫でてみる。目元に朱が走って、撫でていた手を優しく剥がされて握られた。照れているのかしら。


「なんか、え、何? なにこれ、四角い精霊様から絵が出てきたけど!?」

「ジョジーさん、そういう精霊さんなんです」

「メレンダといったわね、アンタ。逃避してんじゃないわよ、普通じゃないわよ!?」

「そういう精霊さんなんです」

「男の子の声も聞こえたけど!」

「はい、そういう精霊さんなんです」


 にぎにぎと手を握って遊んでいるうちに、向こうは賑やかにお話が進んでいる。コルキデの手はちょっと硬くなった。成長の証かしら。

 アルフ兄さんはコルキデが送ったらしい地図を眺めて、あっちか、と確認をしている。進むつもりのようだ。あの黒い獣みたいなやつがたくさん出てくるのだろうか。怪我がありませんようにとお祈りしていると、声がかかった。


「イーズィ、サショーマさんが呼んでるよ」


 コルキデが私の家の方を指して言う。ややあってお母さんの声がした。デートから帰ってきたらしい。


「えっ、でも、今日もちょっとしかお話できてないわ」

「イーズィちゃん、お母様は大事にしないとだめですよ。またお話はできますから」


 画面の向こうで、メレンダちゃんが優しく言う。子どもに言い聞かせるようにされても、と思いつつもぷくりと頬が膨らむ。


「ほら、イーズィ。渡す物があるよね?」

「……うん」

「兄さん、僕の嫁から」


 バスケットの中身が消える。コルキデが送ってくれたらしい。


「これは……ネルネばば様のか。あ、パンもある。ありがとう、イーズィ」

「ありがとう、イーズィちゃん」

「えっ、ちょっと、もっと動じなさいよアンタたち。なんで急に瓶やパンが出てくるのよ」


 ジョジーさん、几帳面な人だ。丁寧に突っ込みをいれて心配してくれている。悪い人じゃなさそうでよかった。アルフ兄ちゃんたち、お人好しだし、こういう人が一緒だと頼りになりそうだ。




「あら、ジョジーじゃない。懐かしいわ」


 名残惜しく画面を見ていると、後ろからお母さんがやってきた。

 この不可思議な技術の塊を見ても動揺しない大らかさ、確実に今の私に影響を与えてくれている。


「呼びに来てよかったわ。久しぶりに家族に会えるなんて」


 作ったのはコルキデくんかしら? おっとり尋ねる母にコルキデはこくんと頷く。ジョジーさんには聞こえていないようだ。


「ジョジーはねえ、妹なのよ。術士になりたあいってお家を出ちゃったのよね。お話はできないのかしら?」

「今のところは、まだ。僕とイーズィだけで」

「あらまあ、そうなのね。それは残念だわ……ああでも、そうね、話しても長くなりそうだし。またいつか、お願いするわね」

「はい」


 へえ、すごいわねえ、あらまあ、こんな格好しちゃって。と呟きながら画面をみるお母さんは楽しそうだ。ということはだ、つまりジョジーさんは私の叔母様ということだ。これからはジョジー叔母様と呼ぼう。


「お母さん、アルフ兄ちゃんたちこれから領主さまのお使いで毒の化物を見に行くんだって」

「毒?」


 向こうに聞こえないようにこそこそ話すと、ジョジー叔母様と同じ紫の瞳がきらめいた。


「まあ、まあまあ毒! 懐かしいわあ。ハノテ町の化物の毒って、蛇毒よりもずっと強いのよね。青臭い草を燻した香り、いかにもな毒々しい赤紫。まれにしか現れないはずと聞いていたけど……できればほしいわ、アルフに頼めないかしら?」

「お、お母さん……?」


 急にはきはきと流暢に語り出した。知らなかった母の一面だ。いいところのお嬢様という再確認もだけれど、過去に何があったのか怖くて聞けない。


「僕が聞いておきます」

「ふふ、ありがとう。将来の義息子が頼もしくて嬉しいわ」

「はい」


 コルキデ……?

 ぼんやりか淡々かわからない顔を真面目にして頷かないで。毒を所持しているお母さんは怖いからやめてほしいのだけど。握ったままの腕を必死にくいくい引っ張ると、コルキデはこっちに気づいて微笑んだ。


「大丈夫だよ、イーズィ。毒は効かないから」

「ありがとう、でもそういう心配じゃないの」

「そうなの?」

「そうなの」


 間違いを正していると、お母さんは「イーズィ、お土産があるから取りにいらっしゃい」とウキウキ帰って行った。お父さんとデートに行くときと同じくらいご機嫌だ。どうしよう、お母さんの新たな一面が物騒だった。

 あわあわしているうちに、コルキデが淡々と毒の採取をするからまたつなぐと言って、画面を切っていた。


「あっ!」

「今日はもうだめ」

「コルキデ」

「甘えてくれるのは嬉しいけど、だめ」


 それなら、後でこっそり画面をつけてしまおうか。そう思っていると、お見通しだったらしい。薄板が机に沈み込んでなくなってしまった。


「ああああっ」


 消えた辺りに手を伸ばしてのぞき込んでも、もう跡形もない。


「……イーズィがキスしてくれたら考える」


 ぼそりというコルキデに、それならと顔をあげるが、その拍子に見えた我が家の陰から、口元に手を当ててまるで期待しているような母の姿がみえた。お、お母さん!

 さすがに見られながらは、いくら美少女と美少年で可愛い絵面だとしても恥ずかしさが勝る。頬が熱くなる感覚をこらえながら、首を振る。


「また今度にするわ」

「……わかった」


 めちゃくちゃ残念そうなしょんぼり顔をされた。

 罪悪感を刺激されてしまった。



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