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村の変わった人たちと新しい仲間 1


 気持ちのいい朝だ。

 お母さんの声に起こされずともすっきり目覚めた私は、部屋の窓のカーテンを勢いよく引く。

 燦々と差し込む朝日。とても爽やかな光景だ。大きな機械らしき何かで出来た目玉が窓向こうの上空をゆっくりと横切ったのは見ないふりをした。



「おはよう、今日は早起きさんね。あなた、イーズィが起きたわよ」

「おはよう。ところで父さん、イーズィに聞きたいことがあるんだが」

「イーズィ、ご飯ならちょうどできたから座って待っていてちょうだい」


 部屋から出て居間にいくと、すでに両親が朝食の席についていた。お父さんは、辺境の村から奥に広がる未踏地を調査する仕事をしているため、たいてい朝が早いのだ。

 椅子を引いて食事の席に座ると、お母さんがささっと出してくれる。

 今日のご飯は、ふかした芋に植物の油をかけたものと焼いた卵だ。シンプルイズベスト。そんな心意気を感じる料理である。

 お母さんは実はいいところのお嬢さまだったらしく、ちょっと世間知らずでおっとりしていて、そして料理の腕はまあ、それなりだ。しかしながら、愛情はたっぷり注いでくれるので文句は言わない。実際味は美味しいのだ。味は。


「ありがとう。いただきまーす!」

「イーズィ、食べながらでいいんだが」


 もぐもぐ咀嚼しながら、厳ついお父さんを見る。

 我が父は、力仕事をこなすだけあって、それに見合った筋骨隆々とした渋い大人の男だ。私と同じ新緑の目で優しくこちらを見つめてから、ややあって絞り出すように呟いた。


「昨日、コルキデくんと……なにか、あったかな?」

「コルキデ?」


 ごくん、と口の中の芋を飲み込んで考える。

 何かとはなんだろう。あるといえばあったが。

 昨日のアルフ兄ちゃんたちを助けるお願いを聞いてくれたことだろうかと思い当たって、うん、と頷く。


「まあまあ! やっぱり、イーズィったらコルキデくんにちゅーしていたのね!」

「ほあっ!?」


 奇声があがる。私とお父さんからである。


「えっ、ええ、ええっ、なんで知っているの!?」

「ちちち、ち、ち、ちゅー! 最近、父さんにもしてくれねえってのに!?」

「あら、あんな場所でしていたら見えるでしょう? 母さん、洗濯干してたら見えちゃって、見間違いかしらって思っていたのだけど。ふふ、そうなのね。仲良しで嬉しいわ」


 フヨウとお話しましょう。

 うきうきと言うお母さんは、コルキデの母、フヨウさんとも仲良しだ。


「いや、違う! 違わなくないが、違う! 昨日、あの小僧に泣かされていたんじゃないのか!? 可愛いお目目が赤くなっていただろ!」


 ヒートアップしている父の姿を見ると、逆に落ち着いてきた。なるほど、オープンスペースだとこんな弊害もあったのか。

 頬にキスだけでよかった。

 思い返して、ちょっとだけ恥ずかしくなる。


「慰めてくれたのよね? ヴァラの良いところを学んでくれているのねえ」

「……うん」

「ヴァラめ。やはりあの男の息子は信用ならん。イーズィ、いいか、男はな、父さんのようにたくましい男をだな。いや、男はいらない。イーズィはお家でサショーマと俺と一緒に暮らすんだ」


 ぶつぶつ言うお父さんは、コルキデと結婚の誓いをしたよと伝えて以来こんな調子なので、そっとしておくに限る。お母さんも視線で、さっさと食べていってらっしゃいと伝えてくれた。以心伝心の仲良し家族で、嬉しい限りである。



 食事を片付けて、家を後にする。

 さて。

 昨日眠る前に、考えたことがあった。アルフ兄ちゃんたちの装備状況だ。

 村から出たばかりだから簡易な装備で、荷物も身軽なものだった。重たい荷物だと、あのときみたいに咄嗟の戦闘になったら邪魔になるからだろうか。でも、それだと、いざというときやっぱり心配だ。

 そこで私は思いついたのだ。

 村の薬師のおばば様からよく効く薬を作ってもらって送る。きっと、役に立つだろう。

 花の精霊のベータちゃんは、なんと送った荷物を異空間で管理してくれる。ゲームのシステムウィンドウにあるアイテム欄みたいだな、と思った。ともかく、便利な機能をもっているので活用しないわけにはいかない。


 私のお小遣いで足りると良いなあ。

 もしくは、お手伝いでどうにか手に入ると良いなあ。


 優しいおばあちゃんだからきっと大丈夫。

 気合いを込めて、よし、と呟いて辺境の村の唯一の薬師、おばば様のところへと足を向けた。




***




 ぐつぐつと煮立つ鍋。

 ぼこぼこと上がった泡がはじけて緑色の飛沫が湯気となって昇る。得も言われぬ、形容しがたい濃い緑の匂い。

 それを一心に回しながら、おばば様は口角をつり上げて、いつもの穏やかな表情を消し去って高らかに笑っていた。


「いぃ~ひっひっひ! いぃ~ひっひっひ!」


 薬を作ってもらうまでは、一言返事で「いいわよお」と了承を得られたのだが、いざ作り始めたらおばば様は豹変した。

 テーレッテレー! と背景にぴかぴか光る電球が見えそうになるくらい、それはもう良い笑顔で一心不乱に作り始めた。

 怖い。

 真面目に、真剣に、心から、怖い。

 なんなら、昨日の黒い獣とは別の方向からの恐怖だ。

 おばば様の薬は私もお世話になったことが何回かあったけれど、作る様子は見たことがなかった。せっかくだから見学するかい? と言われて、うなずいたのが過ちだったのだろうか。

 固唾をのんで見守っているなか、落ち着いたのか、急に黙ったおばば様は首だけこちらに向けると私の名前を呼んだ。


「イーズィちゃん。もうちょっとだからねえ、気合いがいるのよねえ」

「は、はい」


 思わず畏まった返事をしてうなずく。にっこりと優しい笑顔をしたおばば様はまた鍋に向かうと、狂ったように笑いながら鍋をかき回した。

 おばば様、昔、わけありで都を追われた腕利きの薬師って聞いたけど、これが原因なのかしら。

 こわごわと薬が完成するまで、私はこの異様な空間に耐えるのだった。

 コルキデ。コルキデの癒やしが恋しい……!


 私が薬を手に入るまで、実に数時間を要した。

 なんならその後、一緒に笑い声を無理にあげながら鍋をかき回して薬作りした。筋がいい、と褒められたけれど、なぜだか褒め言葉が嬉しくなかった。




 疲れた。へろへろとした足取りで次の場所に歩く。

 昨日コルキデが言った通り、私は現在裁縫を習っている。この世界の子女の嗜みのようなもの、らしい。なんとなくいつかの記憶でも、かつての女の人は繕い物ができるとステータスになると言っている。

 もちろん私のお母さんも上手ではあるが、「教わるならばもっと上を目指しなさいな」と激励を受けてしまい、村でも有数の裁縫名人に習っている。

 その名も、運命の糸を手繰る乙女たち……とかつて有名だった、機織り縫製なんでもござれな三姉妹のおばあちゃんである。薬師のおばば様よりは若干若くてきゃぴきゃぴした元気な女性たちだ。楽しく年齢を重ねたらこうなるのかな、とちょっと羨ましくなるような素敵な人たち。

 クロトー、シスケ、トロポス、という名前は都会じゃ知らぬ物はなかった、とは本人たちの談。腕前は素晴らしいので、本当のことなのだと思う。息子さんや娘さんが中央の都で布屋を営んでいるそうだ。


「こんにちは。イーズィです」


 薬師のお家で日は昼前にさしかかっている。昼ご飯前には済まさないと、と目的の家屋の入り口を叩いて挨拶をする。

 ややあって、きいとドアが開いた。

 出迎えてくれたのはトロポスばあちゃんだ。


「ああら、イーズィ。ちょっと薬くさいわねえ。あなた、薬師さまのおうちで遊んできたのね」


 トロポスばあちゃんはしょうがない子ねえと言いながら、奥へと入っていく。


「遊んでないわ。薬を作ったのよ」

「まああ、そうなの? あなた、将来は薬売りにでもなるのかしら?」


 広い居間へと案内されると、トロポスばあちゃんとよく似た二人の老婦人が円卓を囲んで座っている。居間は様々な生地や布が乱舞し、刺繍の糸が所狭しと屋根から壁へと踊るように垂れている。これほどの量があると雑然として見えるはずなのに、メルヘンチックでファンタジックな乙女心くすぐる雰囲気の部屋だ。

 空いた場所に腰掛けて、用意されていた布地と針を手に取る。さて、今日も頑張らないと。イーズィちゃんは約束を守れる子なのだ。明日からちゃんと毎日する、を有言実行しなければ。


「なあに言っているんだい。いやだねえトロポス、あんた、イーズィは村の縫製士になってもらわなきゃ」

「そうよそうよシスケの言うとおり。うちの息子たちより、ずうっと上達させて見返さなきゃ」

「まああ、クロトー。都会の息子にまだ怒ってるのねえ」

「あの小手先ばっかりのやつが都会の流行を作っているなんて、ちゃんちゃらおかしいのさ。ねえ、シスケ」

「はーやだねやだねえ、手紙も最近送らないんだから親不孝な息子たちだよ」

「手紙ねえ。狩人衆やガンキ、アルフたちが手紙をとってきてくれないとろくに連絡がとれないのよねえ」

「アルフと言えば、あの白いお嬢ちゃんと良い感じだって聞いたわよ」

「そうよそうよ、花嫁衣装もいつか作ってあげなきゃねえ」

「そりゃあいい。イーズィたちはまだまだ先だしね、腕がなまる前に作っちまおうじゃないさ」


 なお、三姉妹はノンストップで話が始まるのであんまり口を挟めない。私が座る前からその後まで延々と弾丸のように会話が飛び買っている。

 ただ、もくもくと手を動かしていると、マシンガントークの傍らに指導の声がかかる。たまに、私の知らない情報も会話に飛び出すので、その分聞いているだけならちょっと楽しい時間だ。

 三姉妹は会話も早いがその手元は倍速い。その中で、もたつきながらもちまちま進めている私に、決して三姉妹のおばあちゃんたちは文句を言わない。注意はするけれど。


「おやま、イーズィ。変わった形の刺繍だこと。面白いわねえ」

「その色は悪くない。あとはこっちの色をさし入れしな」

「まああ、その色、コルキデへの贈り物かしら。いいじゃないの。素敵よ、イーズィ」

「ありがとう」


 言いながらも目は離せない。何分、私の技術力はおばあちゃん三姉妹の一割くらいだ。調子に乗ると指を刺してしまう。

 なんとか今日の分のノルマをこなして、立ち上がる。

 ハンカチはまだまだ完成には遠そうだ。すこしよれた生地を見ながら、ふうと息をつく。


「やっぱりお式の服は今からでも準備しておくべきよ」

「あらやだ、あんた、何枚作るつもりなんだい」

「いっぱいあってもそれはそれでいいわねえ」

「向こうの流行はごちゃごちゃ飾り立てるって言うじゃないか、逆さ、逆をいこうじゃないのよ」

「いいねえいいねえ、もっと品の良い形にしてやろう」


 手際よく自分たちのものを終わらせたおばあちゃん三姉妹は、先ほどの会話から盛り上がって、式典の衣装を作り始めた。きゃぴきゃぴテンションが上がるとこちらの声になかなか反応しなくなるため、ひとまず一番話が通じるトロポスばあちゃんに声を掛ける。


「あのう、そろそろお昼ご飯食べに帰るね。また明日、よろしくお願いします」

「ええ、ええ。イーズィ、いつでも待っているわ」


 また明日も練習するので、途中の代物は預けさせてもらう。

 にっこり笑顔で別れて、解放された気持ちで足取り軽く家へと駆け出す。

 コルキデとの約束も守った。アルフ兄ちゃんたちに差し入れる薬も手に入れた。あとは、昼くらいに町についているだろう兄ちゃんたちに連絡するだけだ。


 わくわくしながら、しかし息を潜めて自分の家に戻る。

 お父さんがまだ居て、くだをまいているか、お母さんに甘えている可能性があるからである。両親は、とても仲が良い。互いをちゃんと好き合っていて子どもの前でも躊躇いなく愛情表現をするタイプなので、気をつけないと惚気に巻き込まれてしまう。

 帰りがけに家の窓をこそっと覗いてみる。誰もいないようだ。

 ということは、お母さんはコルキデの家でお茶をしているのかも。お父さんは、仕事に出たのかな。

 よしよし、と頷いて家に入る。食卓まで移動すると、案の定書き置きがしてあった。労りの言葉ととともに、デートしてきますと丁寧にハートマークがつけられている。予想とは違ったけれど、今日もお熱くて何より。

 書き置きを裏返すと、コルキデくんにも差し入れてね。と書いてある。

 食卓の上には、技術ではない愛情こそすべてと言わんばかりの料理が置いてあった。私の分とは別に小分けにしたパンがあると思えば、そういうことらしい。

 差し入れかあ。

 席について食事をしながら、はたと思い出す。


「ケーキ、作るんだったわ」


 危ないところだった。これですっかり忘れてしまって、連絡に夢中になっていたらコルキデがしょんぼりした顔をしてしまうところだった。それに、コルキデにお礼を何もしていない。

 急いで残りの食事を掻き込んで、水差しからコップに水を注いで飲み流す。片付けをして材料を引っ張り出す。

 木の実のケーキは、いつかの記憶を思い出しながら初めて作ったものだ。本当はもっと甘くて美味しいものだった、と思う。しかし、甘味は貴重なのだ。同等の素材が手に入らないなかで、試行錯誤をしながら作り上げて、今年のコルキデの誕生日祝いに持って行った。

 ものすごく、喜んでくれたと思う。ぼんやりしていたコルキデがさらにぼんやりしてしまって、返答がおざなりになるくらい。不味かったのかと不安になったけれど、全部綺麗に食べてくれた。最後の一欠片は勿体なさそうにしばらく眺めていたっけな。

 以来、ことあるごとに「イーズィ、ケーキないの?」と聞かれる。大分お気に召してくれたようである。


 さて、何回か作ったことで、作業はある程度慣れている。

 さくさくと混ぜて小さな片手鍋で蒸し焼きにするだけだ。味は徐々に改良できている、と思う。ええ、きっと、そう。そうに違いない。家族を始め、コルキデや村のみんなが甘い対応をしてくれるので、いまいち確信が持てないが、上達はしているはずだ。信じられるのは自分の味覚だけである。

 焼き上がるまでに他の準備も済ませておこう。

 薬師のおばば様の薬瓶、それから飲料もいるだろうか。お母さんのパンも分けてあげよう。

 適当な布地にくるんでおいたところで、焼き上がったケーキを器に移してバスケットに詰めたら準備完了だ。


「よおし!」


 気合いを入れて、いざ、昨日の場所へ。

 今日からがんばる、サポートのお仕事に胸を躍らせて足を進めた。



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