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はじまり 2


 時間としては、十数分も経たないうちにコルキデは手に何かを持ってきた。

 いや、正確に言うならば、恥ずかしながら泣き止んだ私を見守ってから数秒の間のことだ。一瞬消えて、呆気にとられている間に戻ってきた。

 ついでに手触りのいいハンカチも持ってきて、目元を優しくぬぐってくれる気遣いつき。

 こういうところはコルキデ父、ヴァラさんの教育かもしれない。あの人は、かなりの女たらしで浮き名を流した男だとは、お父さんの言葉だ。

 ヴァラさんは、コルキデの製造元だとよくわかる柔和な美形だ。蜂蜜色の髪の毛を日差しにきらきらさせながら、コルキデ母であるフヨウさんに、愛の歌をよく唄ってはすげなく流されている。


 いつまでも村の入り口にいると邪魔になる。

 かといって私の部屋に招待すると、もれなくお父さんがしわくちゃのよれよれみたいな顔になるので別の場所に移動する。

 相性が悪いというか、一方的にお父さんがコルキデを敵対視しているのだ。コルキデは気にしていないみたいだけど。

 辺境の村は子どもの足からしても広々とした土地を持っている。誰も来ない地だからか家もぽつぽつとしかないのだ。

 そして、そのぽつぽつした間隔があいている場所は、絶好の遊びスポットでもある。アルフ兄ちゃんを交えてよく遊んだものだ。最近ではメレンダちゃんも何回か一緒に遊んでもらった。

 とくに私の家とコルキデの家の間にある空き地は、コルキデ監修によるインテリアが置かれている。そのため、かなり居心地がいいのだ。

 子どもサイズの木製椅子に、すべすべとしたさわり心地の丸机。日よけに幾何学模様の透明に見えるシールドが張られている。

 ええ、謎の技術の浮いたシールドのような何かだ。透明なのに強い日差しは防いでくれて日焼けしない。お母さんもこれにはニッコリな技術である。

 適当な場所を探すと、結局この場所に落ち着く。

 丸机に二つ配置された椅子を寄せて座ると、コルキデは持ってきた物体を私に見せてくれた。


「はい、これ」


 四角。

 いつかの記憶で例えるなら、ルービックキューブのように格子状の溝が入った立方体。

 滑らかな光沢をもつ鈍色のそれは、コルキデの小さな手のひらの上でゆっくりと踊るように回転している。


「これ? なあに?」


 ちょんちょんと恐る恐るつついてみると、こつこつと硬くて冷たい。


「花の精霊β(ベータ)


 ごく普通に、なんでもないように言われた。意味の咀嚼をしかねて、つつく指が止まる。


 精霊。

 今、精霊と言わなかったか。


 えっ、この世界の精霊って、こんな風なの?

 機械、どうみてもオーバーテクノロジーな機械じゃない?

 村のみんなが精霊様といって年越しや収穫祭で祈ったりしてるけど、みんな知ってたの?

 ベータ、とかコルキデ言っているけど、名前もそういうものなの?


 怒濤の疑問が駆け抜けて、コルキデの顔を見る。

 困ったような顔をしてしまった私をコルキデも見返して、こてんと小首をかしげている。

 その仕草、私の真似だろうけれど、ゆるふわ美少年がやるとやたらめったら可愛い。


「これをアルフ兄さんに送って、兄さんたちを助けてあげる」

「ええと、この精霊、さん? 様? は何ができるの?」


 ひとまずの突っ込みを置いて質問をしてみる。コルキデはうーん、とちょっとだけ迷ってから答えてくれた。


「まず、身体保護機能をつけたよ。著しい欠損があると健常な状態に修復させるようにしている。次に精神保護機能。現在の人格を損なう危険が起きたら、正常な人格を再認識させて上書きをする……ああ、イーズィにはもうしているから、安心してね」


 とんでもないこと言われてしまったが、まあ、コルキデなので、わかったような顔でうなずいておく。コルキデは私に害をなそうとはしないと、信用しているし信頼もしている。


「それから、イーズィが言うような、過去の記録を遡るのは今の僕にはちょっと難しい。ごめんね」

「いいえ、十分、十分だわ、コルキデ。ありがとう!」

「そう? でも僕の嫁のお願いはできるだけ添いたいから……さっきの機能に、生命の危機と判断できる怪我をしたら安全な場所へ転移させる避難機能もつけてみたんだ。これなら、アルフ兄さんがいくら死にそうになってもこの旅の間は死なないようになるし、安全になったと思う」


 どうかな。と言われたので、返事の代わりにぎゅっと抱きつく。その拍子にぐらりと揺れながらも、がんばって支えてくれたコルキデの息が耳元にかかる。


「それって最高! とってもすごいわ!」

「……イーズィが一番欲しい機能もあるよ。兄さんたちがどこに行っても会えるように、通信もできるようにした。贈り物も届けられるよ」

「コルキデ~! 大好き! 好き! 愛してる!」


 本当になんでもありな将来の婿殿だ。

 ぐりぐりと頭を擦り付けていると、「だけど」、と冷静な声で付け加えが入った。


「イーズィは夢中になると他のことがおろそかになるから、決まった時間だけじゃないとだめ」

「ええっ。そんな」


 心当たりはある。

 確かに、冒険がしたいかといえばしてみたい。ただ私の実力的には無理だ。安全に外の世界をアルフ兄ちゃんたちについていろいろ見られるとなれば、時間を忘れて熱中してしまうだろう。

 いや、だって、心躍る剣と魔法の世界での旅はわくわくどきどきするものではないか。そりゃあ、兄ちゃんたちの旅路の無事を祈る気持ちはあるけれど、それはそれ、これはこれだ。


「イーズィのお母さんから言われた。イーズィ、今、裁縫を習ってるよね」

「うぬぬぬ」

「うなってもだめ。僕に何かくれるって聞いた」

「ううう」

「だめ。イーズィ」


 じとりと美少年の真顔の圧が痛い。

 お母さんめ!

 我が母はコルキデに甘い。コルキデがなんでもかんでも便利に何かしてくれるからだ。さらには、スーパー良い子なコルキデは、基本的に年長者の意見に従ってくれる。

 手のかからない上にお手伝いもしてくれて、美少年で娘に真摯な将来の義理の息子。

 好かれないわけがなかった。お父さんは悔しそうに歯噛みするけど。


 仕方ない。

 コルキデは私のためといって、こんなにも尽くしてくれているのだ。わがままを言える立場じゃない。頼りになるからとつい甘えてしまうが、現状、私の方が一つお姉さんなのだ。

 いやでも、こんなに頼りになりすぎたら、一つくらいの年の差とかないも同じでは?


「……わかった。ごめんね、コルキデ。ありがとう」

「うん。それじゃあ早速届けるね」


 体を離して椅子に座り直す。

 コルキデは、相変わらずくるくると回る立法体こと、無機質な花の精霊を手でわしづかむ。

 音もなく、ぱっと消えた。


「はい、送ったよ」

「え、もう?」

「そうだけど」


 それがなにか? みたいな顔で言われたが、私がおかしいのだろうか。いやいや、コルキデのことだ。突っ込むまい。

 場所がこんな辺境の村でなければ、神様とあがめられてそうだなあ、と思いつつ、どうなったのかと催促をしてみることにした。


「えっと、えっと、じゃあ、早速様子を見てみたいわ」

「僕のための裁縫は?」

「ちゃんとする! 明日から毎日するから! ほら、それにアルフ兄ちゃんたちも急に送られてきたら、何かなって思うでしょう?」


 じとっと見られる。う、疑われている。

 そわそわしているからだろうか。あの私に激甘のコルキデに疑われることに、心が痛む。


「お、お願い! お願いよ、コルキデ! 今日はちょっとでいいから! 確認したいの。ね? ね?」

「……イーズィ」

「コルキデの好きな木の実のケーキも作るわ! それから、ええっと、それから」


 なにか、なにか釣れるもの。ぐるぐる考えて、は、と思いつく。

 もう一度ぎゅっとコルキデに抱きついて、頬に口づけた。

 イイ女のキスは高いのよ。そう高らかに言い放つコルキデ母、フヨウさんと、跪いてキスをこいねがっているコルキデ父ことヴァラさんを思い出しながら、柔らかな頬にもう一度口を寄せる。

 あのとき、コルキデは「なるほど」と頷きながら、じいっと私を見ていたのだ。

 期待に満ちた眼差しを、目をそらして目の前の夫婦コントを眺めていたあの時。いざというときに使えるかもと、ずるい私は手段として確保していたのだ。


「ええと、これで、だめ?」

「ん、え、あ……えっ」


 ぱちりと榛色の目を瞬かせている。呆気にとられた表情から、徐々に頬が紅潮していく姿を見ていると、こちらまで恥ずかしくなってきた。

 コルキデから私は何回もキスをされている。それなのに、逆にされることには慣れていないらしい。初心な様子に、きゅうと胸がときめいた。

 はくはく口を動かそうとして失敗して、目を伏せて気持ちを落ち着かせようとしている。動揺に震えて、頬どころか目尻や耳まで真っ赤だ。

 め、めちゃくちゃ、可愛い。

 いけない扉が開きかけたところで、コルキデは小さく息をついて言った。


「……わかった。いいよ」


 よっしゃー! 勝ち申したわ!

 心の中でガッツポーズを上げつつも、可愛い反応をするコルキデをきゅんきゅん見つめる。すっかり、にこにこ笑顔のイーズィちゃんである。

 若干不服そうな様子でもコルキデは言ったことを守ってくれるようだ。丸机をトン、と指がたたく。


 途端、机の中央に薄い板が出現した。


 こどもの指の一関節にも満たない厚さの半透明の板は、額縁みたいな枠で飾られている。幾何学模様の枠はよくよく見ると解読不能の文字らしき物が掘られていた。コルキデの世界の文字だったのだろうか。


「イーズィにわかりやすいように、入力装置をつけるね」


 言うやいなや、枠の一部が盛り上がり、丸いボタンのような形状が出来る。なるほど、電源ボタン。

 ぽち、とコルキデがそれを押すとこちらをのぞき込んでいる二人の人物が板に映った。目が合う。

 燃えるような赤銅を思わせる赤髪に、いかにも人の良さそうな顔立ち。ほどよく締まった立派な体躯の年若い青年の横には、大人しそうな印象を受ける砂糖菓子めいたふわふわな白髪の美しい乙女がいる。アルフ兄ちゃんとメレンダちゃんだ。

 ぽかんとしている。おそらく、私も。

 涼やかな黒色と明るい蒼の瞳がこちらを見て固まっている。

 ノイズが少し走った後に、頭が痛いという顔をしたアルフ兄ちゃんが、今にもため息を吐きそうな仕草で口を開いた。


「イーズィ、コルキデ。説明しろ」

「ほら、これで通じるよ」


 指さすコルキデはさておき、説教が始まりそうな予感を察知して、私は曖昧に微笑んだ。


「ええと、話すから、怒らないでね」





***



 私はがんばった。両手を握りしめて、自分の不安とコルキデの素晴らしい提案を熱く語った。

 どんなに心配だったか、力になれたらと思ったのか、プリティガールとなった現在のアドバンテージを最大限に用いて、身振り手振りで説明した。

 コルキデが横で、「イーズィ、こっちの映像は向こうには見えないからね」と言っていたが、さながら電話口で頭を下げるのと同じようについつい体は動く。


「というわけで、そうしてできあがったのが、この花の精霊のベータちゃんで、二人のピンチを救ったのよ」


 説明を終えて、しばらくの沈黙が走る。怒られるかしらとどぎまぎしながら様子をうかがうと、遠慮がちに言葉が返ってきた。


「あー……その、うん、つまり心配してくれたんだな。ありがとう、イーズィ、コルキデ」

「す、すごいですね! こんな、ええと、その、そう! とってもすごい、あの、多分……せい、れい? ええ、きっとそうです、精霊さんを味方につけてくれるなんて!」


 映像の向こうで引きつった笑いをこぼす、アルフ兄ちゃんとメレンダちゃんがいる。

 ちょっと煤けて見えるのは、先ほどの戦闘のせいだろう。

 場所はすこし開けた野原だ。村の森を越えるとこんな景色があるのかと、思いながらも二人の無事にほっとする。




 先ほど、説明しなさいと怒りをにじませたアルフ兄ちゃんの発言の後、突如襲われたのだ。

 見たことのない、黒い獣だった。オオカミのような形をしているが、こんな凶悪なうなり声と形相は見たことがない。狂ったように躍りかかったそれは、あまりに恐ろしいものだった。

 突然の出来事に、武器を構えようとするも間に合わない。あぶない、と画面越しに叫んで両手で顔を覆う。

 そして喉笛を狙って飢えた獣が跳ねた瞬間。


 ジュッと消えた。


「僕の嫁が怖がる」


 コルキデが言ったかと思えば、次々に魔物は消えていった。何やら光線がきらめいては奔っていく。これがおそらく送りつけた精霊から出ているのだと気づいたときには、すっかり襲撃した獣の姿は消え、光線で蒸発した際に飛び散った炭のような塵や煙で汚れたアルフ兄ちゃんたちが残るのみだった。


 そうして落ち着いた場所で、改めて気合いを込めて説明して、今に至る。


 花の精霊β、ベータちゃんだよ、と紹介すると二人して二度見どころか画面を三度見していた。画面というかベータちゃんを見たのだろう。

 特にメレンダちゃんの動揺はすごかった。彼女は確か、貴重な精霊術を使えるそうなのだ。村にいたときに、そう聞いた。きらきらふわふわしている美少女は目に保養だわ、と眺めていたのでよく覚えている。

 だからだろう。いろんな精霊を知っているだけに、え、なにこれ、知らないという困惑が大きかったのだと思う。

 私は精霊を見たことがなくて、ベータちゃんが初めてなので、いまいち驚きに共感できないのが残念だ。やっぱりこの精霊、珍しい部類というか変なのなんだなと思うしかない。コルキデが改造したのかなとも思わないでもない。しかし、頼りになるなら問題ない。



「ともかく! ともかくよ! 私もアルフ兄ちゃんやメレンダちゃんを手伝いたいの。できるだけ毎日、サポートするし、二人が怪我しないようにベータちゃんもがんばってくれるのよ! 二人のセーブ機能になるんだから!」

「お前は相変わらず、変なことを思いつくなあ」


 腕を振りつつそう伝えると、アルフ兄ちゃんに苦笑いされた。


「それでね、えっと、これからどこに行くの? ご飯はどうするの? あっ、私が、ご飯つくるのはどうかしら!」

「イーズィ、イーズィ」


 ちょいちょいと袖を引っ張られて、椅子に戻される。いつのまにか前のめりになって画面に近づいていたらしい。

 こういうところが夢中になるとほかのことがおろそかになると言われるのだろう。後になって我に返っても遅い。


「イーズィ、約束」

「ううっ」


 名残惜しい。もうちょっとお話ししたい。おしゃまでお転婆なプリティガールな側面が強く出過ぎてしまったようだ。10歳の少女の体につられて、ついはしゃいでしまった。

 心の中の幼女がやだやだと駄々をこねそうになるが、約束は守らなきゃいけない。しぶしぶ頷く。

 そんなたしなめられる私の様子を見てか、優しい兄貴分は慰めるように言ってくれた。


「明日には、この辺りの領主様の町につく。時間はたぶん、昼頃だろう。昼ご飯を食べたら、連絡をするといいさ」

「わかったわ! またね、アルフ兄ちゃん、メレンダちゃん」

「ええ、また。イーズィちゃん、コルキデくん」

「またな」


 にっこり笑顔で手を振れば、画面の二人も笑って手を振ってくれた。

 イーズィちゃん、ご満悦である。


 その日は、ぐっすりと実によく眠れた。




花の精霊β → 村を記す話、1年目春の月1日。から抽出されました。

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