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大公領と嘆きの館。毒とダンス 3


 心身共に疲れ切ったので、無事の解決の祝いを言ったあとに連絡を切る。

 いつもだったら、もっともっととねだっていた私だけれど、疲れが欲求を上回ったのだ。


 そうして、泥のように今日のことの忘却を祈りながら眠った次の日のこと。

 いつものルーティーンである習い事や手伝いを終わらせた後に連絡をつなぐと、ジョジー叔母様がこう切り出した。




「ねえ、ちょっとお願いがあるのだけど。姉さん、呼んでくれない?」


 画面が映した場所は、ちょっと豪華な広い宿屋の一室だった。

 ツヤのある木目正しい板張りの床に、大人しい色合いの絨毯が敷かれている。壁には風景画が飾られており、おしゃれな植物のデザインの壁面ランプがある。外はあまり明るくないくもり空なのか、日差しは弱く差し込むだけで、部屋の中はすこし薄暗く見えた。

 そんな中で、叔母様は一人でじいっとベータちゃんとにらめっこしていた。私たちが連絡する時間を待っていたそうだ。

 繋いだ瞬間にやや影のある顔がどアップが映ってしまい、驚いた。叔母様以外に部屋の中に人は居ないのか、アルフ兄ちゃんたち、他の人の姿は辺りをベータちゃんが見回しても見当たらなかった。

 どういうことかと思って尋ねれば、叔母様は考えるそぶりをしながら言った。


「あの後のことよ。ほら、屋敷のヤツを倒した後。大公側から晩餐会の招待が来たのよね」

「えっ、すごいわ! お城であるのかしら」


 驚けば、微笑ましそうに笑って叔母様は続ける。


「ま、そこまで楽しいもんじゃないわよ。それで、アタシはいやぁな予感がするわけ」

「嫌な予感?」

「そうそう。アンタ知ってた? アルフの家」

「家? 村の狩人のおじさまと一緒に住んでいるわ?」

「ちがうちがう。学園都市のでっかい家の方」

「ああー」


 数年前くらいにちらりと聞いたことがあった。

 なんだか偉い人から村に手紙が来て、アルフ兄ちゃんが苦い顔をしながら実家のことについてちょろっと言っていた。

 私たちの辺境の村を含む南側に構える大きな学園都市。

 とはいっても随分遠い所にあるらしい。大きい都市なので自治国と自称して王都と反目しているそうだ。政治の話題だあ、と感心した覚えがある。そうだ、そういえばコルキデに勧誘のお誘いもあったのかと思って勢いよく聞いて、違うよって否定されたのでガッカリしたっけ。

 コルキデは覚えているのかしら。

 今日も物静かに隣の椅子に ―― 昨日の一瞬で2人がけに改造した椅子は直してもらった ―― 腰掛けたコルキデを見れば、なんのてらいもない素の表情で見返された。あ、これ興味なさすぎて思い出す以前の問題だわ。長年の付き合いから察して、叔母様の続きを聴くことにした。


「ええ、知っているわ。それで、叔母様、何か関係があるのかしら」

「関係があるというか……あーっ、アタシまだるっこしいのとか遠回しに伝えるとか苦手なのよね。アンタたちに世間の嫌さを先人として教えてやることにするわ」

「お、叔母様……」


 あけすけ過ぎる。純真な良い子のほんの子どもじゃなくてよかったといえばいいのか。私はなんとなく察してしまった。どろどろした闇の世界というか、大人の嫌な世界というか。いつかの記憶の言葉を借りるなら、宮廷物語の裏舞台、悪役たちのやりとりが垣間見できる場面だわ、かしら。


「単刀直入に言うわ。大公家はアルフの身柄を確保したいのよ。それから、メレンダの力もね。そうなると、アタシやサンマクは邪魔者。始末される恐れがあるのよね。レイユは……下っ端でしょ、アレ。尻尾切りしやすい立場だから一緒に消されるかしら」

「そんな、決めてかかるなんて」

「大公家の話は知ってんの。えっぐいわよお。宗教と権力が絡むと面倒よねえ。ヤダヤダ。そのあたりは、家を途中で飛び出したアタシよりも姉さんの方が詳しいと思うけど……ってわけで、姉さんの知恵を借りたいのよ」

「ええと、大変なのはわかったわ。でもどうして、母さんに?」


 聞き返すと、ジョジー叔母様はちょっと驚いたみたいだ。つり目がちの目を見開いて「やっだ、まじ?」と呟く。


「アンタ知らないの? 姉さん、アタシもだけど。東にある商業都市の大店の娘よ。それもとびきりのね」


 今度はこっちが驚く番だった。私はぱちぱちと数度瞬きをして、コルキデを見る。


「コルキデ……私、お嬢様だったのね」


 貴種流離譚とかそういうものかしら。しかしながら生まれが良かったと聞くとちょっと嬉しい気持ちもある。品良く見えるように、はわわ、と口元に両手をあざとくあててみる。嬉しさを感じつつ冗談めかして言えば、コルキデはじっと私を見た後で不思議そうに言った。


「そう。でも今のイーズィに関係あるの?」

「……ないわね!」


 まあ、その通りだわ。

 生まれてこのかた、ド辺境育ち。そして外界とはほとんど縁がない生活。すっかりこの暮らし、この環境に慣れて育った私にとっては、全くさっぱりピンとこない。不便なこともあるけれど、村の生活が好きだし、張り切って都会に移り住もうとは思っていない。それに、今はコルキデがいるので、正直なところ、外に出るよりも間違いなく村が安全だし利便性は格段に上がるだろうなとわかっている。


「コルキデ、居てくれてありがとう」

「うん? 変なイーズィ」


 スーパーマルチな幼馴染に感謝を捧げると、くすぐったそうに笑われた。


「はいはぁい、仲良いのはいいんだけど、あとにしてくれる? それで、呼んでもらえるかしら。こっちは身の危険を感じるわけよ」

「死なないのに?」

「死ななくても、搾取されるだろう未来が予測できそうだから嫌な予感がするっつってんのよ」

「精神にも異常はきたさないのに?」

「イーズィ。アンタの相手、場所が場所なら間違いなく魔物の王か邪な精霊として崇められるわよ。いいから早く呼んでちょうだい。あの野郎、近いうちにでもっていうわけよ。時間がないの」


 しっしっと手で追い払う仕草をして、ジョジー叔母様がこちらを睨んだ。うっ、紫色の瞳で睨まれるとお母さんに怒られているかのような感覚がする。


「はいっ、呼んできます!」


 反射で答えて立ち上がる。


「コルキデ、お母さんの場所」

「ん。イーズィの家にいるよ」

「ありがとう! 待っててね」


 さらっと居場所をナビゲートしてくれたコルキデに手を振って、私は急いで走るのだった。




***




「あらあ。まあまあ、ジョジーったら、面倒なことによく突っ込むのね。昔から変わらないわ」


 そう言うと、お母さんは快諾して家の掃除の手を止めて来てくれた。

 ただ今は、姉妹の仲の良い挨拶をしている。連絡ができる薄板の正面にもう一つ椅子を作ってもらって、そこに品良くお母さんが座っている。私と同じ栗色の長い髪を一つにまとめて簡素な服装に身を包んだお母さんは、とてもじゃないけれど、大店の娘には見えない。やたら美人な女性村人Aくらいの様相だ。

 私とコルキデは正面を譲って、後方に椅子を下げてちょこんと座って様子見である。


「そうね。大公様のお話は、あなたよりは知っているわ。熱心な精霊教徒ですけど、ちょっぴり欲深いお方なのよね。うちのお店もたくさん利用していただいたわ。いろんなお品をね」

「へえーそうだったかしら」

「ええ、ええ。毒にも造詣が深くいらっしゃって、私感激したのだけれど……今回のことを考えると、あまり喜べないわねえ」

「やっぱり」

「そうね。ジョジー、あなた、渡された物品、食事や飲み物をこちらに渡してくれるなら、見てあげられるわ。コルキデくんなら、できるわよね?」


 急に話を振られてびくっとなったが、コルキデは特に気にした様子もなく肯定した。


「できます。分析もしようと思えば」

「頼もしいわ。そのときにはお願いね、お礼をするわ。イーズィが」

「はい、楽しみにしています」


 コルキデ。お母さんにはかなり従順だ。いや、基本的にコルキデは大人たちに対して素直なんだけれども。わかりやすく丁寧な言葉になるから、コルキデはお母さんのことが好きなのかしらと聞いたことがある。答えは「イーズィを生んでくれたから」だった。わからないが、コルキデの中の価値基準で上位に位置しているらしい。実はお父さんに対しても丁寧な口調だったのだけど、お父さんが嫌がったのでやめているらしい。

 まあ、私も私の家族が尊重されて悪い気はしない。


「ふふふ、ありがとう。頼もしくって、イーズィは幸せ者ね。さあ、ジョジー、あなたがすることはわかるかしら?」

「毒を姉さんに送ることでしょ?」


 ジョジー叔母様の返事を聞くと、残念そうにお母さんはため息を吐いた。そうして、理解の悪い子に説教するような口ぶりで言った。


「それもだけど違うわ、お馬鹿さん。仲間のために、死ぬ気で時間を稼ぎなさい。晩餐会でしょう? みっともない真似はできないわよ。教えるのは貴方一人なんですからね」

「……えっ……は? アタシが?」


 動揺で二の句が継げない叔母様に対して、お母さんは呆れた顔をしている。頬に片手をあてて困ったように息を吐いてから、もちろん、と言った。


「ええ。立ち居振る舞いは大事よ。アルフは尊い血があっても未熟。その他はそれ以下かしら。貴方はそこそこ。だから、ジョジーが時間を稼いで、見られるまでに磨いてあげなさいね」

「姉さん? サショーマ姉さんは? ほら、可愛い妹が大変なのよ」

「あいにく私の可愛い妹は、昔家出してしまって……哀しい事件だったわ」

「根に持ってる!? 根に持ってるのね!? 姉さんっ」

「私はそうね、かわりに可愛い娘と息子を磨いてあげようかしら。イーズィも一通りできると、好きな人と楽しくダンスが踊れるわ。それってとっても素敵よね」

「姉さん!?」


 おっとりと厳しいことを言いながら、お母さんはすっかり意識はこっちに向いてしまっている。にこにこと笑いながら、良いことを思いついちゃったと言わんばかりに両手を合わせて私たちに言う。


「コルキデくん、イーズィと仲良く踊るのは、きっと楽しいわよ」

「イーズィと」

「そう、あなたの将来のお嫁さんをしっかりとエスコートできないと、結婚相手としても心配だわ」


 イーズィのためよ。と、優しく言い添えると、コルキデはしっかりと強くうなずいた。


「僕の嫁のためなら」

「まあまあっ、素敵ね! お母さん、張り切っちゃうわ」


 画面の中から聞こえる悲痛な呼び声をバッサリ無視して、お母さんはそれはそれは嬉しそうだ。乙女のように目をきらめかせてわかりやすくはしゃいでいる。しかし、言動は乙女のように可愛らしく甘くはなかった。


「イーズィも、まずは刺繍をもっと頑張るところから始めましょうね」

「これ以上!?」

「あなた最近中だるみしてるのだもの。だめよ。コルキデくんに半端な物を渡しちゃ」

「えっ、え、でも、あれは私の精一杯の今の技術をがんばってこめたのよ」

「いいえ。非の打ち所のないくらい、やるのよ」


 お母さんに変なスイッチが入ってしまった。

 いつものゆるふわおっとり加減は口調しか残っていない。


「フヨウにも踊りの指南を頼まなくちゃ。ヴァラには演奏を、ガンキにも付き合ってもらいましょう」


 ぶつぶつと楽しそうに言いながら、お母さんはうきうき席を立って歩いて行った。

 後には、これから待ち受ける試練を思って両手で頭を抱えたジョジー叔母様とまったく同じポーズをした私。そしてそわそわとしているコルキデが残るのみだった。



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