はじまり 1
イーズィ10歳、コルキデ9歳。秋の月の話。
美しい少女に誘われ、運命に導かれるように青年は故郷を旅だった。
その先に待ち受ける過酷な定めを知らず……。
プロローグが入るなら、こんな感じだろうか。
秋の月15日。
昨日、兄貴分のアルフ兄ちゃんが最近保護していた少女を連れて旅立った。それも、いかにも訳ありな記憶喪失の白髪美少女だ。
アルフ兄ちゃんは小さい頃から一緒に遊んでくれた優しい気のいい兄ちゃんだ。
肩車をして走ってくれたり、お馬さんごっこで乗せて遊ばせてくれたり、何かとわんぱくな私がやらかしても見放さず、一言二言返事で請け負ってくれた。実の兄のように親しい気持ちで接していたと思えば、どうしてこんなことに。
いつかの記憶が、やっぱりアルフ兄ちゃんは主人公の立ち位置だよなあと囁く。
私は、無力な可愛い10歳のキュートガール、イーズィちゃん。未熟なお子様だ。
それ以外にはなりえないので、兄ちゃんについて行くことはできなかった。村に残って帰りを待つポジションである。
十中八九、焼ける村と消える幼馴染フラグだわ。
主人公に絶望を植え付ける役割を与えるやつだわ。
しかし! 私は絶望しなかった。
私には頼りになりすぎる味方がいるのだ。
あれがあればいいなと思えば、あるよ、と言い。これがほしいなといえば、作ってみたよ、と言い。それができたらなあと呟けば、代わりにこんなのはどう、と言う。そんな味方が。
たぶん、ゲームだったらチートコード専用キャラクターか何かで、物語ならデウス・エクス・マキナかメアリー・スーのごとき万能さを誇ると思う。それくらい、おそらくはなんでも出来る。
事実、村が滅びたらどうしようと不安に思って相談してみたところ、私の村は劇的な変化を遂げた。
村の敷地を守るようにそびえ立つメタリックな質感の高い壁。そしてその壁から外、上空を哨戒する合成獣のような何かやロボットのような何か。
穏やかな村の景観を著しくぶち壊しているが、村の安全を守れるなら安いものだ。ちなみにこれは一晩で作ってくれた。
コルキデのその力は、旅立つ兄ちゃんたちに加わったなら、大きな助力になるだろう。
だけど私は、その旅路についていって手伝ってあげれば、とは思えなかった。言えなかった。
私の味方、コルキデ。
彼は、まだ私より一つ下の可愛い幼馴染の男の子なのだ。
やわやわぷにぷにの幼少期から抜け出しても、9歳。9歳である。
いくら私と同じ転生者だとしてもだ。いや、同じというには憚られる謎の前世を持っているのだけれども。それでも、だ。
私の勝手で巻き込んで、無理に手伝わせるのは、気が咎めてしまった。
しかしながら、私は早死にしたくない不安を抑えきれず、保身に走ってお願いしてしまったわけである。
「うう、私は情けのない女……」
アルフ兄ちゃんたちが村を出たことを思い出していたら、つい村の入り口に来てしまった。
好青年の気のいい兄ちゃんである彼は、「気にするな。お前は村で元気で居てくれたらいいよ」と頭を撫でてくれた。くう、巧みな撫で具合に「はわわ」と声が出てしまったわ。
あれは爽やか主人公の器。
アルフ兄ちゃんが保護した綺麗な白髪ロングの少女、メレンダちゃんも、膝を折り曲げて私に視線を合わせると「おみやげ、買ってきます。イーズィちゃん、元気でね」と笑いかけてくれた。
間違いなく、メインヒロインの器。
現在記憶喪失なのも含めて、完璧になにか訳ありであるとわかる。私は詳しいのだ。いや、前世か前々世のいつかの記憶がそういっているだけだが。
じいっと旅立っていった道の先を眺める。村の外に行く勇気は私にはない。
なぜなら、この村は、辺境も辺境。
ド辺境にあるせいか、まだ身を守る術も持たないか弱い女の子には厳しすぎる。過酷な道のりを超えないと、領主の街には辿り着けない。
魔鳥をはじめ、魔物や凶暴な獣が世の中には跋扈している。それらに襲われるのも、よくある不幸な事故の一つだ。物騒な世界である。
剣と魔法のファンタジー世界は世知辛い世界でもあった。
せめて、屈強な狩人のおじさんレベルか、私のお父さんレベルの冒険者でないと、袋だたきにされることだってある。前に森でお亡くなりになった遺体を目撃したときは、ガクガクと足が震える経験を味わった。
そんな恐ろしくも大変な旅路を歩くだろう二人が心配になる。
もしかしたらと思い始めると、自分が安全な地にいるぶん、後ろめたさと不安が募るのだ。
ここは現実であり、物語のような架空の世界ではない。
厳しい寒さに震えたり、贅沢な食事にありつけずにひもじくなったりすることもある。転生して可愛い女の子だやったー、と単純に喜べない。いや、可愛いのは純粋に嬉しい。めちゃくちゃはしゃいでいる。
そのおかげか、10歳にして結婚の約束というか、将来の誓いができたしなあ。
はふ、と息を吐き出す。憂鬱もこのまま一緒に吐き出せたらどんなにいいか。
「私にも何か手伝えたら、よかったのに」
「何を手伝うの?」
「あ、コルキデ」
ひょっこりと現れたのはコルキデだ。
一体どこからやってきたのだろう。昨日は壁の上空あたりから滑空してきたので、また空からだろうか。
なお、コルキデに羽は生えていない。あと魔法なんかも使った形跡もない。
脈絡もなく現れても、まあコルキデだもんなあ、で済ませられるようになって早数年。今を生きるイーズィちゃんは、細かいことを気にしないおおらかな女なので。
「おはよう」
「おはよう、イーズィ」
ふにゃりと笑うコルキデは珍しい。
そもそもコルキデの表情は、小さい頃からあまり動かなかった。
いくら元吟遊詩人であるコルキデの父、ヴァラさんが軽快なトークを飛ばしても反応に乏しい。
アルフ兄ちゃんに滑らないトークを無茶振りしてやってもらっても、まるで分析するようにじいっと見つめるだけの子どもだった。
それでも誰一人、不気味だとコルキデを排斥しなかった。というのも、村のみんなが善良な人たちばかりだったからだろう。変わり者も多いけど。
私は今の村のみんなが好きだ。もちろん、コルキデも。
「どうしたの、コルキデ。そんなに笑って」
「笑う? そう? そう見えるなら、僕の嫁がここにいるからかな」
焦茶の柔らかな短髪を風に遊ばせて、私の横に来ると当たり前のように頬に口づけてきた。
ひょわ、と変な声が出そうになって睨もうとすれば、ご満悦な顔と向き合って何も言えなくなる。垂れ目ハニーフェイス美少年の甘い顔はずるい。
コルキデからの早すぎる結婚の誓いを受けたのは、夏の月の日のこと。
なお、お父さんに報告したら泡を吹いて倒れたのち、槍を片手にコルキデ宅に突撃しようとしていた。
以来、熱烈に愛されているなあと実感する日々……なのだ。
安穏とゆりかごに揺られているかのように優しくされている、と思う。
そう思えば、また旅出っていった二人を思い出して、申し訳なくなってきた。
「イーズィ? どうしたの」
「あの、アルフ兄ちゃんたちのことで」
「うん」
むすっと表情が変わる。あ、よく見ているいつもの表情だわ。
ちょっとだけ安心した気持ちになりながら、私はぼそぼそと胸のもやもやを打ち明けた。
「――……つまり、イーズィはアルフ兄さんが死なないかが心配なんだ?」
「うん、だいたい、そう」
「見送りに護身用具も渡したし、兄さんたちはそれなりに腕がたつのに?」
確かにコルキデはついていかないかわりに、カプセルのようなものを渡していた。投てき武器になるらしい、謎技術の塊である。
それに、コルキデの言う通り、狩人のアルフ兄ちゃんは腕利きだと村でも評判だ。
コルキデの口調は私を気遣うみたいに柔らかい。杞憂だと、馬鹿にせずに聞いてくれる。
「それでも、だって」
「だって?」
言葉尻をとって優しくオウム返しする声に勇気づけられる。この際全部吐き出してもいいだろうか。
相手が受け入れてくれるという確信が、私の堪えをなくしていく。
衝動のままコルキデに近づく。勢いのままに手を取って握りしめ、目をまっすぐ見つめる。息を吸い込んで、迷いごと吹き飛べと祈りながら口にした。
「とても、心配なの。怪我をしたらどうしようって、帰ってこなかったらどうしようって! 物語やゲームじゃないもの。セーブなんてないわ」
「セーブ?」
「ええっと、そのね、旅の記録……みたいな。たとえ危なくなっても記録したところからやり直せるのよ。でも、そんなのないでしょう?」
「そうなんだ」
「そうよ。もし、アルフ兄ちゃんたちがひどい怪我をしても、魔法みたいに治らないわ。だって村長さんの腰痛もずっと治らないもの……ねえ、コルキデ。私、村だけ安全ならいいって、ひどいこと思っちゃったの。これで、きっと安心だわって」
「うん」
「でも、でも、アルフ兄ちゃん、行っちゃったじゃない」
「そうだね、イーズィ」
「アルフ兄ちゃんたちに何かあったら? それから、村になにかが起きたら? みんな本当に大丈夫なのか、わからないじゃない」
言いつのると、だんだんと悲しい気持ちが増してくる。
自分可愛さに涙があふれるのか、悔しくて涙がこぼれるのか、怖いのか、冷静に考えられない。目頭が熱くなる。
いつかの記憶を持って大人ぶってみせても、ただの無力な子どもの体に私の精神は引っ張られてしまう。
「私、私は」
――私は、寂しいのだ。
幼い10歳の少女の私は、親しい家族同然の兄が旅立って、どうしようもなく戸惑っている。なんで、どうしてと、地団駄を踏んでいる。
自然とうつむいた頭をゆるく振っても、哀しい気持ちは減らない。
嗚咽がもれてしまいそうになる前に、肩に腕が回されてゆっくりと抱きしめられた。
「イーズィ、大丈夫。僕は、僕を見てくれる君のためなら、なんだってやってあげる」
「っひ……ズッ、うううう、コルキデぇえ。迷惑じゃ、ない? 私、いつも」
頼ってばかりだ。無茶を言ってばかり。
ずびずびと鼻をすすって続けようとする私を遮って、コルキデはあやすように背中をたたいてくれる。
ああ、これ、アルフ兄ちゃんの真似だ。
同じ背丈でも、不思議と安心感がわく抱擁に額が自然と首元にすり寄る。
「迷惑じゃないよ。すごく、うれしい。悪くない。僕の嫁に頼ってもらえるなら」
「ほんとう?」
「僕は嘘をつかないよ」
「嘘ついたら、怒るわ。いっぱい怒るわよ」
「うん。元気なイーズィの顔が見られるなら、それもいいな」
「……コルキデ、お願いしてもいい?」
落ち着いてきた嗚咽を抑えながら、コルキデの顔を見上げる。
やや赤らんだ目元で、くすぐったそうにコルキデははにかんでうなずいた。
「まかせて、僕の嫁」
嬉しいお言葉に勇気づけられて、書いてみました。ざっくり時系列。
暇つぶしにでもどうぞ。誤字報告、ありがとうございます。