婚約者らしい事
秋の爽やかな風が吹くブランドン邸の庭で、アメリアとウィルはお茶を飲んでいた。会話がふと途切れた時、アメリアが少し沈んだ声で言った。
「ねえ、ウィル、私たち、婚約したのよね?」
「そうだ、と思いますけど。。。」
2人が婚約してからもう4ヶ月も経つ。アメリアの真意が分からず、ウィルは曖昧な返事をしてしまった。
「でもね、婚約者らしい事って、していないと思うの。」
アメリアは、さらに沈んだ声を出した。
「婚約者らしい事ですか。。。? こうやって一緒にお茶を飲んだりは。。。? 先週末には買い物に行きましたし、夏休みには郊外の森へピクニックにも行きましたよね。。。?」
ウィルはまだ困惑したまま、答える。
「でもそれって、婚約する前もしていた事でしょ?」
さっきまで沈んでいたアメリアの声は一転、熱を帯びてくる。「そうじゃなくて、もっと、特別なのがいいのよ!」
特別なのって、なんだろう。。。? 確かに婚約前と今と、あまり変わったところはないけど。。。?
「どんな事を、お望みですか?」ウィルはおずおずとした調子で聞いた。
アメリアは、ウィルの問いかけに、待ってました!とばかりに目を輝かせた。
「あのね、この前の夜会でね、学園の時の同級生に会ったのよね。それでね、彼女ね、婚約者の方から素敵な呼び方をされていたのよ! ねえねえ、なんだと思う?」
身を乗り出してきたアメリアに、ウィルの腰が引けてくる。
誰がなんと呼ばれたかは知らないが、ウィルは、なんだかイヤな予感がしてきた。
アメリアは目を見開いて、ウィルに答えを促す。
「えっと。。。『私の愛しい人』とかでしょうか。。。?」
アメリアの目力に押されたウィルは、なんとか無難な答えを探し出した。
「ブッブー!違います! 正解は『私の可愛い子猫ちゃん』です!』
ウィルったらダメねえとつぶやくアメリアの向かいで、ウィルは、やっぱり聞かなければ良かったと頭を抱えた。
「それでね、、、」
「駄目です!無理です!いくら貴女の頼みでも、それは出来ません!」
アメリアの言葉を遮って、ウィルは必死に首を横に振る。
「試しもしないで、そんなこと言わないで!」
「貴女を『猫ちゃん』なんて、呼べません!」
「違うわ! 『可愛い子猫ちゃん』よ!」
「もっと無理です!」
「いいこと、ウィル。愛には不可能はないのよ!」
「いえ、人にはそれぞれ限界があるんです!」
「すぐに諦めるなんて、男らしくないわ!」
「熟慮の上での、お断りです!」
「(いつもならすぐに折れるのに、今日のウィルは強情ね。よし、奥の手よ!)
ねえ、ウィル!! お・ね・が・い!」
「私の『お・ね・が・い』も聞いてください!」
普段とは異なる2人の応酬に、屋敷の皆は、息をひそめて様子をうかがっていた。