ウィリアム テイラー
ウィル、本名ウィリアム・テイラーは困惑していた。
隣に座る愛しい女性の言っていることが、理解できなかった。
結婚しちゃえばいいと昨日閃いた? 唐突すぎるだろう!?
確かに結婚できればとても嬉しいが、伯爵が簡単に許してくださるはずもない。
自分は貴族ではない。父は準男爵をいただいているが、それは一代限りの騎士爵だ。王族の警護にあたる近衛騎士や国防の要である軍の役職を担う者が、他の部署との連携がしやすいようにと儀礼的にいただく爵位だ。
自分の母の母(祖母)がブランドン夫人の乳母をしていたため、母と伯爵夫人は乳姉妹の関係であり、実際に本当の姉妹のように仲が良く、今でも頻繁に行き来している。
そのため自分とアメリアも幼なじみとして気安い関係を築いているが、本体なら伯爵令嬢と平民の子だ。身分差があり、簡単に結婚を許してもらえるはずもない。
最愛の女性の発言に同意すべきか、なんと答えようかと思案していたところ、伯爵が質問した。
「そもそも、ウィルと結婚したらどうなるか、きちんと理解しているのか?」
「もちろんよ!愛する人とずっと一緒にいられるって事でしょ!」
満面の笑みで答えたアメリアから、幸せいっぱいオーラが溢れる。
「いや、そうではなくて、もっと実際の生活のことなのだが、、、」
伯爵はアメリアの迫力に押されたのか、少し引き気味だ。
「ああ、そっち? もちろん大丈夫よ。騎士の夫を支える妻として、家のことができるように、毎日頑張っているわ。お料理とかお掃除とかね。洗濯はまだ試していないけど、、、」
アメリアはウィルに顔を向けると、ウィルにだけ聞こえるように囁いた。「花嫁修行って響きがいいわね。」
伯爵とウィルは、2人して頭を抱えたくなった。貴族令嬢が毎日家事なんて、外聞が悪いどころの話ではない。。菓子作りを趣味にしている令嬢もいるから、料理はまだなんとか許容できても、掃除や洗濯はあり得なさすぎる!
なんと言っていいのか言葉が見つからない男性陣と、幸せオーラ溢れるご令嬢。
そんな3人を微笑みながら見ていた伯爵夫人が、今日初めて、口を開いた。
「ねえ、アメリア。結婚はまだ早いと思うわ。」
満面の笑みが消えていくアメリアに、夫人はにっこりと笑って、言葉を続ける。
「でもあなた達の気持ちもわかるから、まずは婚約を結びましょう。ウィルが卒業して立派な騎士となってから、結婚したらいいでしょう?」
妻の言葉に驚いた伯爵が、夫人の顔を凝視した。
「そんな顔をしたって駄目ですよ。どうせ貴方は、この子のお願いに勝てるはずはないのですから、現実的な案を出しませんと。」
そして、伯爵夫人は3人を見渡して、
「何か言いたいことはある?」と、それはそれは、いい笑顔で言った。