9話 アイテムマスター、爆誕
震える山。
荒れ狂う轟音と衝撃波が山を呑み込み、光を蝕む黒煙が空を閉ざす。翼あるモンスターは空へ飛び、脚あるモンスターは地を駆けて、地獄からの離脱に奔走した。
自由と平和を謳歌するというゲームのテーマを逸脱するこの現象を引き起こしたのは、未だスライムとの戦闘もままならない1人の少女である。
まさに驚天動地の美少女こと、このわたしだ。なんちゃってい!
さて、思わず心の声が文豪してしまうほどの驚きではあったけど、1つずつ順序立てて振り返ってみようか。
今日は世界初のVRMMOであるキュリオスのβテストが開始されてから1週間が経った日である。休日であったこの日も朝からログインしていたわたしは、とあるレアアイテムを手に入れるために山を登っていた。
「いっぽ、にほ、さ~んぽ。さ~んぽしてたらルビーを拾う~」
……ルビーをアイテムボックスに入れたので、引き続き山の頂上を目指して歩み出す。
βで開放されているエリアの中ではかなり辺境に位置するこの山は、散策するには最寄りの村を拠点として活動する必要があった。他の町とも離れているせいでクエストや攻略を一時的に放棄しなければならないのである。
それでもこの山には攻略組と呼ばれるトップランカー達ですら好んで足を運ぶほどの魅力があった。攻略組によって新たにアクティベートされた街の住人が、とある噂話をしていたからである。
『辺境の山の頂上には空の主と呼ばれる怪鳥の住処があり、そこには怪鳥が習性で集めてきた宝物が眠っている』
こんな話を聞いて沸き立たないプレイヤーはいなかった。真偽すら定かではないにも関わらず、全てのランカーが休戦を宣言して辺境へと旅立っていったらしい。
噂話を当てにして麓の村に来てみれば確かに該当するクエストがあり、勢いも劣らぬまま山がプレイヤーで埋め尽くされていったそうだ。
「それも2日前までだけどね。今はもう誰も来なくなっちゃったよー」
山を歩くわたしの前にも後ろにも、人の姿は愚か気配すら存在していない。空気が澄んでいて鳥の囀りが心地よく聞こえる、どこにでもある平穏な山の光景が広がっていた。ランカーに便乗しようとした多くのパーティーが犇めいていたなんて嘘のよう。
では、どうして攻略組と呼ばれるランカー達や多くのプレイヤーが去ってしまったのか。目当てのクエストをクリアして満足したからか? いや、その逆だ。
誰もクリアできなかったから、である。
「とうちょ~う! うへぇ、つかれた……」
植物も根を張ることができない高山を登るのは非常に疲れる。いくら装備でステータスを上げていると言っても、疲労を感じなくなるまではまだまだ遠かったようだ。
「ちょっとだけ休憩させてねー。となりに座らせてもらうよー」
わたしが誰に話しかけているのかなんて決まっている。空の主こと怪鳥さんだ。会長さんじゃないよ。
今も大きな鳥の巣の真ん中で丸まっている巨大怪鳥は、寝息を立てていて起きるようすは感じられない。これはクエストを受けたプレイヤー達によると、怪鳥の腕(翼?)に包まれた宝石を盗み出して一定以上離れなければ起きない設定になっているからなのだとか。
もちろん怪鳥にダメージを与えようものなら、すぐさま戦闘状態になり、βでは対処不可能と言われる猛攻の餌食にされるらしい。
「こわいねぇ。どこまでなら大丈夫かな? ……つんつん」
返事は無い。ただのチキンのようだ。
「それじゃ、そろそろアイテムゲットしようかな」
休憩を終えて怪鳥の翼へと近づいたわたしは……、羽を掴んで背中へと登っていく。
「宝石は欲しいけど、どうせなら怪鳥の素材も欲しいよねー」
宝石だけを盗み出したところで、ランカー達ですら逃げられない怪鳥から鈍足ステータスのわたしが逃げられるはずがない。わたしがこのクエストをクリアするには、現状では怪鳥を討伐するしかないのだ。
ところで、どうやってこの巨大怪鳥を討伐するのかというと。
「アイテムボックスオープン! タル爆弾設置!」
寝息を立てる怪鳥の肩に、ダメージ量を底上げさせるレア素材を加えたナツハ特製タル爆弾を設置する。
続いて隣接するように次のタル爆弾を設置して、その隣にもタル爆弾を設置。それを【アイテムコレクター Lv:4】のスキルで上昇した設置数上限、50まで繰り返していくのだ。
「49……、50……! ふぅ……」
怪鳥の上に50個もタル爆弾が並ぶと重そうだ。しかし、寝息を立てる怪鳥にダメージを与えなければ起きることはない……よね?
「えっと、どうやって爆発させよう。ぜんぜん考えてなかったや」
タル爆弾を叩くわけにもいかない。わたしも木っ端微塵になっちゃうよ。ここは石でも投げればいいか。
「じゃあ投げるよ~。ぽーい」
現在に戻る。
軽く投げた石は辛うじてタル爆弾へと命中し、山が震えるほどの爆発を生み出した。衝撃波を諸に浴びたわたしは背後にゴロゴロと転がっていき、自然に止まるまで山を落ちていく。
爆発の余韻が収まったのを見計らい、耳鳴りが痛い耳を押さえながら改めて頂上まで戻ってみると、そこには煌々とした光を放つ宝石と、怪鳥の素材と思われるドロップアイテムが転がっていた。
1個で5千の固定ダメージを与えるタル爆弾は、50個設置されたことにより、およそ48万あるとされる『眠れる』怪鳥の体力ゲージを一瞬で吹き飛ばしたのである。ここまでくると睡眠状態のダメージ2倍も伊達じゃないね。
1個1万ゴールドのタル爆弾、お金の力の勝利だよ。
「あ、怪鳥はガルーダっていう名前だったのか。ふ~ん」