46話 開戦
わたし達の前に現れたキュリちゃんは悪魔の足下に立っている。なにより吸血鬼のコスプレをしていることからも、どうやら悪魔側の立場にいると推測できてしまった。
「ナツハさん……、あなたに出会ったときから、わたしの中で確かな変化が起きていました。……いいえ、もしかしたら、ずっと前からそうだったのかもしれません」
「キュリちゃん……」
「最初はほんの好奇心でした。外の世界を知りたくて、そちらからやってきたプレイヤー達に、わたしは話を聞いてみたんです。……でも、個人情報ですからね、誰も答えてはくれませんでした」
…………
「何万という語り掛けを断られ続けて、諦めようとしていたところに、随分と遅れてナツハさんがやってきたのです。……それから、わたしの中には確かな気持ちが芽生えました。それはナツハさんと、皆さんと会う度に膨らんで……」
…………
「わたしも……、皆さんと一緒に……、楽しみたい。……もっと、皆さんと遊びたい! ずっと、皆さんと一緒にいたいんです!!」
VRMMOキュリオスのガイドAIとして育てられた彼女は、このゲーム世界の管理人という立場からは逃れられない。でも、それでも彼女は、みんなと同じ視線で、みんなと同じように楽しみたいと願った。……願ってしまった、気づいてしまった。
……だから、
『キュリちゃん、なにをしているんだ! こんなことが上に報告されたら……! いいから早く戻ってくれ、キュリちゃん!!』
「うるさい! プレイヤー同士の戦いに運営が口を挟まないで! ……【強制切断】ポチッ」
運営用タブレットを用いて、外部からの通信を強制的に切断した。これでしばらくは邪魔が入らないだろう。
「キュリちゃん、どういうことなの?」
「えへへ。せっかくβ最終日なのでわたしも楽しもうと思いまして、このラスボスにちょちょいと細工をさせてもらいました。まあ、ステータスとスキルにはβ用の制限が掛けられていたのですが、わたしとしては満足です」
……うわぁー、嫌な予感しかしない。
「わたしの、わたしによる、ナツハさ――げふんげふん……、皆さんを倒すための魔改造悪魔! 戦う覚悟はありますか!?」
「「「おおぉぉぉ!!!」」」
部屋中に響いた雄叫びには、もはや恐れなど無い。そこにはただ、最高の戦いを楽しもうとする思いだけがあった。
「ナツハ・ハント・システム、起動!!」
玉座にうなだれる巨体に、赤いラインが浮かび上がり、吸血鬼城の悪魔が目を覚ます。
「略して『デーモン・ナハト』、闇夜に誘う悪魔の出撃です!!」
「グオアアァァァァアアア!!!」
キュリちゃんの指示によって起動した悪魔は、その赤い光を煌めかせながら巨大な戦斧を担ぎ上げ、城全体が震えるほどの咆哮を放った。
全長約5メートルの悪魔が小さな勇者たちに襲い掛かる。
――開戦だ――
「散開! 各小隊でデーモンを囲い込め!!」
力強いブラームの指示によって、各小隊は悪魔の四方へと展開。相手の攻撃を分散させる狙いだ。
相手から見て『×』を描くように4つの小隊が配置され、わたし達は左前方を担当、そして正面にはブラーム率いる第1小隊が構える。計5つの小隊による包囲を敷いて、ヘイト管理を徹底しながら相手の体力を削っていくのだ。
「小賢しい……、薙ぎ払いなさい!!」
「グオオォォ!!」
脚、腰、肩、それらの筋肉の軋みが腕へと伝わり、黄金の戦斧から世界を砕く豪快な一撃がお見舞される。
「ジャストガードを徹底しろ! 被ダメージとノックバックを抑えるんだ!」
背後のアタッカーを護るために、ブラームを含めた3名のタンクが防御体勢を取り、迫りくる一撃を待ち受ける。相手の攻撃が接するタイミングで盾を押しつけることで発生するジャストガードを狙うが、フレーム単位での正確さが求められる技術をこの状況で発揮できる者はそういない。
しかし、ここに集うのは攻略組だ。歴戦を乗り越えてきた経験は伊達じゃない。
「……決まった! 第3、第4小隊、この隙を逃すな!!」
攻撃を防いだことで作り出した一瞬の硬直を逃すまいと、対照の位置にいる小隊が隙のある背後を攻める。しかし、悪魔の背後にはもう1つの武器が存在していた。
鞭のように撓るは、幹の太さを持つ尻尾。
「へっ。そんな使い古された不意打ちなんざ、いまどき通用しな――ぐはぁ……っ!?」
地を薙ぎながら接近する尻尾へと透かさず防御体勢を取った第4小隊だが、盾に接触する寸前で動きを変えた尻尾は、槍に変貌して1人のタンクを突き飛ばす。
「そんな使い古された対応がこのVRMMOで通用するとでも? バトルロワイヤルの映像から、あなた達の動きは予測済みです!」
「チッ……、一筋縄にいきそうにねぇな……」
飛ばされたタンクが後方に下がって回復薬を飲む間、仲間の第4小隊は全体が同様に下がって動きを止める。人数が欠けた状態で無理をしても、新たな負傷者を増やすだけなのだ。
伴って標的にされる確率が上がった4つの小隊だが、戦斧や尻尾があろうと範囲に入らなければ問題はない。
「ならば遠距離から攻撃するまで。……悪魔の弱点は額の宝石だ! 魔導士は隙を見て狙い撃て!」
四方から放たれる魔法攻撃は的確にデーモンの額へと向かっていくが、5メートルの高さに到達するよりも早く、相手は腕を盾とし、首を傾げて避けてしまう。
初めてのダメージによってHPゲージが僅かに削れたが、ほとんど無きに等しいので、相手を倒す前にこちらのMPが底を尽きるだろう。やはりこれも、有効な立ち回りとは言えない。
「的確な隙を作り出そうにもか……。これは長丁場になるな……」
どうにか作戦を練りたいところだが、魔法が止むとデーモンは再び戦斧を振り翳す。併せて尻尾も動き出し、第2と第4小隊へ同時に襲い掛かるつもりのようだ。
右足を軸とし腕に力が込められる。遥か頭上から薙ぎ払われる戦斧が迫り――
軸足が爆発した。
「グアアアァァオオォォ…………」
「どうして!? ……まさか!?」
明らかな苦鳴を叫ぶデーモン。優勢と思われた状況の一変に、キュリちゃんは爆発が起きた右足を注視する。
「こんなことをするのは、ナツハさんしかいません!」
「バレた……?」
みんなが盛り上がっている様子なので、忘れ去られていたわたしは、ハイドスキルを使ってデーモンの足にリミットボムを仕掛けていたのだ。
「デーモンが踏み込んだ瞬間に、その足が気になったんだよねー」
「まさか、戦斧を振り下ろすときに軸足が弱点になってるのか!?」
おお、そうだったのか。偶然にしては、かなり貴重な情報をゲットできたよ!
「くぅっ……、そんなことまで見分けられるだなんて、反則ですよ!!」
「えー。偶然だよー?」
ほんとに、ちょっと気になったから仕掛けてみたの。ちょっとだけね。
「ぐぉぉ、ナツハさんには細心の注意を払うようにプログラムしたはずなのにぃぃ……」
「なんでわたし特化で対策してるのかな。あと聞きたかったんだけど、ナツハ・ハント・システムってな――」
「ですが! これも想定済みなのです! デーモンのHPゲージをよく見てください!」
動きを止めたデーモンの上。そこに浮かんでいるHPゲージは僅かながらも減少している。これを見て、なにがわかるのだろうか。
「なぜだ……、弱点を突いたはずなのに……」
「HPゲージがほとんど減ってねえ……」
「『あの』ナツハさんのアイテムだぞ!?」
部屋中にわたし以外の驚愕が満たされていく。
「ナツハのアイテムは1つで1万のダメージを与えるはず……。それがどうして1000のダメージしか効いてないのよ!」
「ほゎ、言われてみれば確かに!! どうして!?」
ついにわたしの驚愕が見れて満足したのか、キュリちゃんはニヤリと口角を上げると(薄い)胸を張って答えてくれた。
「えっへん。このデーモンはすでにアイテム耐性値を9割に上昇させているのです。これで如何にナツハさんでも、普通のダメージしか出せなくなりました」
なんということか! わたしのレア素材大量消費のユニークアイテムが封じられてしまった!!
これではまともに役立てないと狼狽えるわたしに「どうですか? 驚いたでしょう、ほめてほめてー」とニコニコする吸血鬼ちゃん。あまりの純粋な笑みに、攻略組ですら困惑である。
「鬼畜アイテムが効かないなんて……」
「あの娘も鬼畜悪魔になっちまったのか……」
「どうしてあの娘に関わったヤツらは……」
なんか違う意味で困惑している気がするけど、気にしないでおこう。
攻略組とわたし、双方への対策を万全にしている悪魔を相手に、果たして勝つことができるのだろうか。




