44話 ボス部屋
「…………やれるのか?」
「だいじょーぶ」
ここまで同行させてもらうだけで何もしていないと、わたしが足手纏いみたいで申し訳ない。きちんとした意志を持って攻略組に参加すると決めたのだから、必ず役に立ってみせないとね。
「おお、精霊と悪魔の対決だぞ」
「だが、どうやって倒すんだ?」
「罠を仕掛けて誘き出すとか?」
新米の少女に任せるのが不満なのか、いろいろな呟きが廊下に低く響いている。それでも道は開けてくれたので、わたしはみんなの前に、リビングアーマーの範囲内へと躍り出た。
「お嬢ちゃん、危な――」
「心配するな。ナツハちゃんが『大丈夫』って言うんだから、信用してやるのが仲間だろ」
侵入者を感知したリビングアーマーは、地面を鳴らしながら重たい足取りで近づいてきた。妖しい鈍色の手甲が剣を抜き、確かにわたしを狙い定める。
対するわたしはゆっくりと右袖で顔を覆い、その手から一枚のディスクを取り出した。
キラリン――☆
薄闇に煌めくは赤い光。迫り来るリビングアーマーに【投擲】スキルを発動する。
「とや……っ!」
風を切るように投擲されたそれは直線にしか飛びはしないが、寸分の違いも無くわたしが認識したポイントへと――リビングアーマーの胴体へと貼りついた。
ピ……、ピ……、ピ……、
赤い光が明滅する。リビングアーマーは尚も接近。
ピ……、ピ……、ピ、ピ、ピ、
明滅が早まるなか、リビングアーマーは剣を振り上げた。
ピ、ピ、ピピピピピ――チュドーン――!!
爆 発 !!
赤い炎が廊下を照らし、リビングアーマーの破片が舞い散るなか、微動だにしないわたしのダブルピースが浮かび上がる。
……ふ、決まった。
激しい轟音と熱風に煽られた一行は、眩む視界のなかでダブルピースを決めるヒーローを目にする。そのドヤ顔は全ての視線を釘着けにし、堂々たるポージングは少年の心を忘れない攻略組の心を射抜いた。
「圧倒的ではないか……」
「カッコイイ……」
「オレ、アサシンになる!」
みんなが口々に声を漏らしているが、耳を塞げないポージングをしているわたしには、酷い耳鳴りで何を言ってるのか聞こえない。
炎のエフェクトも消えたころだし、そろそろ動いてもいいかな? リビングアーマーの素材がほしいのだよ。
みんなのヒーローとなったわたしへ向けられていた歓声は、床を這いつくばってきっちりと鎧の破片を回収したあとには静まり返っていた。新しい素材を手に入れてウキウキしながら一行の下へ戻ると、疲れた表情のブラームに迎えられる。
「戦ったのはわたしなのに、なんでブラームさんが疲れてるの?」
「なんでだろうな……。さらに魔改造されたアイテムのせいか、そいつの一撃にも勝てない己の未熟さゆえか……」
「リミットボムが欲しいなら、1個あたり10万ゴールドだよー。最近見つけたレア素材を使ってるからねー」
「10ま……っ。はぁ……、余計に疲れるから、早く先に進もうか……。今は何も考えたくない……」
リミット付きはやはり使い勝手が悪いのか、ブラームに購入を断られてしまった。これより威力を上げても意味が無いからと、無駄な機能を付け足したのがダメだったらしい。
それなら触れたと同時に爆発するほうがよかったかも。四方八方から現れる敵にシュパパっと。……いいね、カッコイイ。次はそうしよー。
吸血鬼城を登り、リビングアーマーが出てくる度に爆破し、ブラームは溜め息を増やす。そうしているうちに、段々と辺りの雰囲気が変わっていることに気づいた。
「なんだか、道がキレイになってきたね」
入口付近ではボロの絨毯や崩落した壁が目についていたけど、この付近は絨毯の質が上がっていたり、シャンデリアに明かりが灯されていたりと、明らかに雰囲気が変化している。それに、廊下の高さも異常なほどに高くなっていた。
「大ボスがいるようなダンジョンは、深部へ進むにつれて景色が変わる傾向にある。特にエリアボスともなれば、尚更だろう。……もしかすると、この先には――っ!」
息を呑む音が、やけに冷たく届く。まるで凍りついたかのように足を止めた一行は、ある一点へ向けて目を見開いていた。
廊下の遥か先。紅い宝玉が散りばめられた漆黒の扉。それは、視界に入れるだけでも強い圧力を感じるほど、大きく、高く、聳え立っている。
もしもこの扉を必要とするならば、部屋の主はどれほどに大きいのだろうか。
「…………ブラーム、ボスを見てみる?」
「いいや、撤退だ。……あの扉からは、なにか嫌な感じを受ける」
「そうですね。わたしの【看破】スキルにも掛かりませんが、あの扉には仕掛けがあると思われます……」
「全滅する前に、撤退するぞ……」
吸血鬼城の外に出てきた。今日は遅くなったので解散である。
「各員、アレの討伐に向けて準備を進めておいてくれ。βの残り期間が限られているため、少しでも早く調えるんだ。……おそらく、一発勝負になることも視野に入れておけ」
それにしても大きな扉だった。予想が正しければ、あのなかに巨大なラスボスが鎮座しているのだろうけど、本当に勝てるのか不安になってくる。
なにせVRMMOでは、自分の目で相対することになるため、向き合うだけでもかなりの覚悟が必要となるのだ。
そうして攻略組の会議が終わっても暗い空気が漂っているので、なんとか元気づけてあげられないかと、わたしはあるモノを取り出した。
「ブラームさん、肩になにか乗ってるよ?」
緊張に強張る黒い鎧の肩。そこにはイタズラで使っていた不気味人形が。
「へへ、そんな子どものイタズラで、このオレがビビるとでも――シュワーン――」
攻略組の要である黒鎧のブラームは、気絶で強制ログアウトしました。