43話 最深部へ
ルピナスとフィリオはあるときから、ゲーム攻略よりも楽しむことを重視するようになり、身に纏うトゲトゲしい雰囲気が無くなったらしい。丸くなった2人を見ては「思春期を抜け出したんだなぁ」と成長を微笑ましく感じていたブラームなのだが……
「見て見てー、人形が置いてあるよー」
「バカ! そんなもの拾っちゃダメ!」
「どうして持ってくるのですか! いやあぁぁ!!」
丸くなり過ぎてないか、と心配になる。これでは攻略にも支障が出そうなものだが、そこは2人、必要なときにはメリハリを付けて意識を引き締め……
「攻略組も巻き添えよー!」
「なんでこっちに走ってくんですか!?」
「ちょ、ばっ、止めてください!」
意識を……、引き締めて……、くれるのだろうか。
「オレがしっかりせねば……」
最近はいろいろな場所で気を使う、ブラームなのでした。
おっかなびっくりで吸血鬼城の探索は続き、採取できるものは採取しながら薄暗い廊下を歩いていく。アイテムボックスには入れられないけど、人形はまだまだ使い道がありそうなので、こっそり隠し持っておいた。
途中でブラッドバットなどの魔物と戦闘にはなるが、警戒を任されている第1・第2小隊が、ヘイトを稼ぎつつ瞬時に討伐している。さすが攻略組、見事な手際だ。
そうして順調に探索は進み、ついに未踏の地へ差し掛かったとき、わたしはあるモノを発見する。
「……ん? みんな止まってー」
「ナツハちゃん、どうかしたのか?」
一行に制止を呼び掛けたわたしは、先頭を行く第1小隊のさらに前へと向かった。
……ふむふむ、やはり間違いない。そう確信したので、廊下の隅に飾られている大きな壺を、道の先へ投げ込んだ。
「よいしょ……!」
両手を使った見事なアンダースローによって床を転がっていく壺。カラカラと鳴っていた軽い音は、とある地点を越えた辺りで、ガタンという重たい音に変わる。
そこは絨毯が破れている地点で、広範囲の廊下が『ガバッ』と下に開き、壺を下階へ落としてしまったのだ。廊下の左右端まで口を開けた穴は、しばらくすると閉じられて、一見すると何もない廊下に戻る。
「落とし穴か……。第1小隊、【看破】スキルは使っていなかったのか。MP切れか?」
「すみません! スキルは使っていたのですが、破れた絨毯が死角を作り出していたようで……」
「そう容易くは進ませないってか……。各小隊、ここからは看破要員を2名に増やすぞ」
不足の事態が起きても、ブラームは冷静に指示を出していく。第1小隊の隊長を務めているイザン(サムライの人)と共に、隊列を見直していった。
「……ナツハさんを前列に組み込んでみては?」
「バカ。あの娘に頼りきってたら、オレ達に先はねぇぞ。……だが、このまま探索を続行するのはありかもしれないな」
本来の計画では、わたしを最前線に慣れさせるのが目的であったため、あまり深部には踏み込まない予定だったそうな。ところがわたしは、攻略組の雰囲気に怖じ気づくどころかブチ壊し、吸血鬼城という特殊なダンジョンでも己を保ってみせた(ほめてるのかな?)。
それならば、このまま探索に同行させても良いのではなかろうか。
「どうだ、ナツハちゃん。深部まで着いてこれそうか?」
「うん、大丈夫だよー。みんなでボス部屋を見つけちゃおーう!」
「ははは、そんな簡単に見つかったら苦労しないんだがな」
ボス部屋を見つけるのって、そんなに大変なんだね。
「まさか……、ボス部屋の位置がわかったりなんて……、しないよな……」
「なに言ってんの、わかるわけないじゃん」
「だ、だよなー、ははは……。なんか安心したよ……」
まったく、人をなんだと思ってるのやら。そんなことができれば、運営さんが泣いてしまうよ。
みんなの空笑いが終わると、ようやく行軍が再開された。落とし穴を避けるために道を迂回しつつ、分かれ道がある度にマップを確認していく。
そこで気になったのだが、マップには一行が通った場所のみが記されており、随分と空白が残されたままになっているのだ。廊下の至る所には部屋へと続く扉があるものの、いっさい入る素振りも見せず、まるで目指す先でも見えているのか、ほぼ直線で階段へと向かっている。
「今の部屋、お宝がありそうだったけど、入らなくていいの? 誰かに取られちゃうよ?」
「ああ、攻略組にとっては宝なんかいらないからな。クリア以外のモノに関しては他のパーティーに任せてるのさ」
「早さ重視で、最短クリアを目指してるんだねー」
「そういうこった」
なるほど、これも攻略組ならではの楽しみ方なのだろう。誰よりも先に、未知なる景色を見ることを追い求めているのだ。プロフェッショナル。
「止まれ!」
その中でも最前列を歩くイザンが、とつぜん一行に制止の声を掛ける。短くも鋭く放たれた声に、どこか緊張感が漂ってきた。
ブラームが素早く前列に駆け寄る。
「ヤツを見てください」
「あれは……、まさか、リビングアーマーか。厄介な」
リビングアーマーとは自ら意思を持って動く鎧のことである。吸血鬼城のようなダークな建物にとっては御用達、物理攻撃が効きにくいという特徴を持つので、必然的に魔法攻撃に頼らざるを得ない厄介な魔物だ。
「ここへ来てMPの消費は惜しいが、仕方ない……」
どうやらブラームは、リビングアーマーを避けては通れないと判断したらしく、魔導士たちを全面に展開させた。相手は一定の範囲に接近しなければ動かないので、先手を取って致命傷を与えようとの算段である。
しかし今までの戦闘や看破スキルでもMP回復薬を消耗している上、ここでMPの消費が激しい魔導士を使ってしまうと、ボス部屋までは辿り着けないかもしれない。
む~ん、せっかくならボス部屋まで行きたいのにな……。
「ツンツン……」
ブラームの肩をツンツンしたわたしは、攻略のために、ある提案を持ち掛ける。
「あれ、わたしに任せてくれない?」




