42話 吸血鬼城
闇が落ちる森には似つかわしくない雰囲気だけど、攻略組のメンバーもわたしのことを受け入れつつあるようす。そもそも見ず知らずの生産職を同行させるのにも不満は出ているはずだけど、メンバーの中心となるブラームが判断したからには従わざるを得ないのだろう。
「ついに『無邪気な悪魔』をこの目で拝めるのか」
「バトロワで餌食にされたのを思い出すぜ」
「今回はどんなアイテムで無双してくれるんだ」
めちゃノリノリでした。過度な期待をしてるみたいだけど、わたしは非武装・非暴力主義なんだからね。
「なんやかんやで纏まってきてんのか。これもナツハちゃんのカリスマ性なのかね」
場に流れる不思議な一体感に、ブラームは呆れるべきか感心していいのかわからないと苦笑いを零す。これが最終ダンジョンの前というのだから尚更だ。
βが始まって間もないころの攻略組は、統率も無い、力を競い合うだけの集まりであった。ボスに挑もうにも連携はバラバラ、自分の楽しみを優先して自滅していく背中を見る始末。
そんな状況を憂いたのがブラーム。当時はソロとして認識されていたプレイヤーだ。
切っ掛けこそ特殊ではあるが、初日にして最強の力とスキルを手に入れてしまった彼は、自分を磨くだけの日々を過ごしていた。
常に最前線を1人で行く彼は、さぞかし奇妙に映り、多くの嫉妬を買っていただろう。それでも、己を磨く日々はとても充実していた。
そんな日々の中で出会ったのが、攻略組と呼ばれる連中。何気なくダンジョンボスでも倒すかと赴いた先で、統率も執れずに単騎吶喊で玉砕していく彼らの姿だった。
対してブラームは、ボス部屋から逃げ出して回復中の攻略組を差し置いて、ダンジョンボスをソロで攻略してみせたのである。
突如としてアクティベートされた街に訪れた攻略組は、そこに1人佇むブラームを見て決闘を申し込み、完封負け。その後のなんやかんやで、ブラームは攻略組を率いさせられることになっていた。
「オレが纏め上げるまで、どんだけ時間か掛かったと思ってんだか……。それをナツハちゃんは、一瞬で……」
もう溜め息しか出ない。頭を抱えたくなるが、ブラームが指示を出さなければ、集団はいつまでもナツハ伝説(なにそれ!?)を語り続けるだろう。
「集合!」
ブラームの号令で、先程まで雑談していた攻略組が整列する。……わたしはどこに並べばいいの? 後ろでいいのかな。
「第1・第2小隊、突入後は左右に展開、警戒を頼む」
「「は!」」
「オレ、ルピナス、フィリオは、共にナツハの護衛だ」
「はーい」
「了解です」
「らじゃー……?」
「ナツハは返事しなくていいのよ」
「そうなの?」
「……ナツハは、随時オレの指示に従って行動するように。くれぐれも、フラフラと採取に行くんじゃないぞ」
「…………」
「……今は返事をするところですよ」
「ん、むずかしいね。らじゃー!」
「……なんか、自信が無くなってきたぞ。誰か指揮を変わってくれないもんかねぇ……」
「「「…………」」」
「お前ら、ほんとに纏まりがあるなあ!」
ブラームの指揮に従いつつ、一行は森を進む。青々としていた木々は徐々に枯れ木だけが目立つようになり、遥か高く聳える山脈は麓が見えるようになってきた。
一行を導くかのように続いていた枯れ木の道が途切れると、開けた視界の先に、夜闇にも負けない漆黒の城が現れる。
βエリア最終ダンジョン『吸血鬼城』だ。
「うわぉ、ファンタジー」
蔦が延びる外観、捻くれる尖塔、割れた窓ガラス、そして、異常に大きな扉。今にも悪魔の囁きが聞こえてきそうな城は、ただ静かに、わたしの来訪を待ちわびている。
「まさに吸血鬼城だねー」
「ああ。ゲームとわかっていても、竦んじまうな」
「レア素材の匂いがするよ! お宝もありそうだね!」
「……その感性が羨ましいよ」
吸血鬼城なんだから、コウモリの羽とか、牙とかが採れそう。
「あとはミイラの包帯なんかもあったりして」
「……ナツハ。自分で言ってるのにアタシの袖を摘ままないの」
素材は欲しいけど、怖いものは怖いんだよ。慣れるまではルピナスとフィリオの袖を摘まませてもらうね。
「よし、入るぞ……!」
檄を飛ばしたブラームが音を立てて扉を開くと、生温い風が心を撫でる。わたしは両手に力を込めて、城へと踏み込んでいった。
ゲームお馴染みのやたらと隙間から差し込む光によって薄明るい程度に保たれた城内では、赤い絨毯、一部が崩落した階段、蔓延る蜘蛛の巣といった、不気味三重奏が出迎えてくれる。それらが奏でる不協和音が、来訪者の心に絡みついてくるのだ。
「これもお馴染み、肖像画。黒い裏事情がありそうな貴族一家だね」
……いま、目が合わなかった!? こんなときは、みんなを怖がらせないように言わない方がいいんだよね?
「ナツハ、離れないでね(ガクガク)」
「そうですよ、手を繋ぎましょうね(ブルブル)」
あれ、ルピナスとフィリオも苦手な感じなのかな。
「実はさっき、あの肖像画と目が合っ――」
「「ぎやああぁぁぁ!!!」」
言っちゃった、てへ。