41話 最前線へ
見上げた空は今にも降り始めそうな厚い雲に覆われている。これは土地特有の現象で、常闇に閉ざされたエリアの最深部には闇をも貫く山脈が聳えているのだとか。
踏み入れる意思を挫いてくるような闇の先、βでは最難度を誇るその場所へ到達できる者はトッププレイヤーのみである。
そんな緊張感が漂う最前線に、なぜかわたしがいた。
「待ち合わせ時間が過ぎているが、本当に彼女は来てくれるのか?」
「少なくとも約束を破る娘じゃないわ」
「遅れている理由は……、まあ……、想像に難くありませんね……」
わたしの目の前には、煌びやかな鎧の戦士たち、幾何学模様が服に映える魔導士たち、それら10を超える一流のプレイヤーが寄り集まっている。ルピナスとフィリオも先に到着しているけど、どうやら誰かと待ち合わせをしているのか、時間が過ぎても姿を現さないと心配しているようだ。
人を待たせるだなんて、とんだ怠け者に違いない。
「ブラームさん、そろそろ攻略を開始しないと」
「……いや、もう少し待とう。今日は彼女に最前線を経験させるために集まったのだから」
「むう、そんな大事なときに遅刻してるのか。……もしかして、なにかトラブルでもあったのかなー」
「ありえないとは思うが、そうかも、しれ……、ん?」
この暗闇だから、もしかしたら遭難でもしているのかも。そう思ってブラームに話し掛けると、周りにいたみんなが一斉にわたしの方に体を向けた。……どうかしたの?
「ありゃ、ほっぺにクリームでも付いてるのかな……(フキフキ)」
「いや、そもそも体に色が着いていないんだが……」
「ナツハちゃん、ハイドスキルを解いていませんよ……」
あらほんと。どうりで袖が見えないわけだ。
「かいじょ、かいじょ……。よし、これで見えるよねー」
「はい、バッチリ見えますよ」
「それで……、みんなは誰を待ってたのかな……?」
「「「おまえだあぁ~~~!!!」」」
「ごめんなさあぁぁぁい!!!」
さて怒られたぞ。1人ずつ、たっぷりと。もう終わったよね。
「……自己紹介と叱責を同時にやるのって、なんか疲れるな」
「気を取り直すしかないさ」
自己紹介と叱責を同時に受けるもの疲れるんだよ。嫌でも顔と名前を覚えることができたけど。
ローテーション叱責が終わり、現場に落ち着いた雰囲気が戻ってきたが、一度崩された緊張感はなかなか戻らない。これから最終ダンジョンへ入ろうという張り詰めた空気が、一瞬にして霧散してしまったのだ。
今日は下見に留めながら、わたしに最前線を経験させようと計画してくれていたらしいのに、申し訳ない。
「恐れ多くも進言しますが、まずは彼女の自己紹介をしてみてはいかがでしょう」
「それもそうか。ナツハ、みんなに自己紹介をしてくれ」
気を取り直すには時間が必要だと、サムライ風の男性から助言を受けたブラームが、わたしに自己紹介をするよう頼んでくる。自己紹介なんてクラス替えのときくらいしかやったことがないけど、そのときに書いた自己紹介表を思い出しながら集団の前に行ってみた。
とりあえず名前とかを話せばいいんだよね。
「はじめまして、ナツハです。趣味はお昼寝で、特技はどこでも寝れること。好きなものはフカフカのお布団で――」
「ちょっと待て、誰がリアルの情報を話せって言ったんだよ。てか、ほとんど寝ることしか頭にねぇのか」
「ごめん、1学期の自己紹介表を思い出してたから……」
「リアルのことじゃなくて、ゲームでのこと。プレイスタイルとか、戦闘での役回りとかを頼む」
なるほど、そんな感じね。わかった。
「えっと……、普段は始まりの街でスミスをやってて……、プレイスタイルは採取。戦闘での役回り……、も、採取……? ああ、趣味は採取で、特技も採取だよー」
「睡眠が採取に変わっただけじゃねぇか……」
ありゃ、ほんとだねー。
だって、わたしはこのゲームに採取へ来ているのだから仕方ない。最近ではモンスターを討伐(爆破)できるようになり、コレクターブックも90パーセントを超えているので、このダンジョンを走り回ればきっとコンプリートできるだろう。ウハウハが止まらないのである。
「ナツハはどこに行ってもナツハなのよ」
「そうです、これこそがナツハちゃんですよ」
「ねー」
「「ねー」」
ルピナスとフィリオもこう言ってくれている。たとえ武器を持っていなくとも、わたしはわたしらしく、最前線の攻略に参戦すればいいのだ。
そう言えば、この間のショッピングモールも楽しかったなー。また一緒に行きたいねー。
「なんか、攻略組の双翼がナツハ化してるんだが……、ほんとに期日までにクリアできるんだろうか……」