40話 夏休み前、ひと休み
自主企画が好調に終わりを告げ、翌日。
人が絶え間なく交差する駅前広場。そこのベンチに腰掛けるわたしは、とある人物と待ち合わせをしている。昨日の自主企画で、キュリちゃんに繋がりの大切さを教えられたわたしは、さっそく繋がりを持たなければと話を持ち掛けたのだ。
「リアルで会いたい」と。
ほんとならリアルの話をするのはマナー違反だし、相手も快く受け入れてくれるかはわからない。
それでもわたしは、みんなと、ずっと友達でいたいと思ったんだ。
「来てくれるかな……。来てくれると、いいな……」
「ナツハ……?」
「ナツハちゃん……?」
青い空を流れる雲を見つめていると、とっても耳馴染みのある暖かな声が聞こえてきた。安心感に包まれるように瞳を閉じたわたしは、ゆっくりと声のしたところへ視線を合わせる。
「ルピナス……?」
「やっぱりナツハだったわね!」
「……フィリオ!」
「ぐっ……、どこを見て判断しているのですか!」
そう。わたしがリアルで会うことを持ち掛けたのは、ゲーム世界で最も仲良くしているルピナスとフィリオだ。2人は同じ学校に通う友達のため、途中で合流してきたらしい。
よかった、来てくれたよ。
「ほんとにアバターと同じなのね……」
「最初の一言で性格まで同じだとわかりましたが……」
「えへへー。2人もゲームのままなんだー」
ルピナスのツインテールは健在で、少し淡い赤毛に合わせたオシャレな服を着ている。
フィリオもポニーテールのままだけど、艶のある黒髪がとってもキレイだ。
……2人とも、スタイルも全く変わらないんだね(うらやま)。
「ナツハは黒髪なんだ。めずらしい」
「うん、よく言われるよ。フィリオも黒髪だね」
「厳密に言うと、わたしは少しだけ茶色いのですよ。ナツハちゃんの黒髪は本当にキレイです」
むふふ、ほめられちゃった。
2人にほめられたのが嬉しくて黒髪をブンブン振り回していると、呆れの目をしたルピナスが思い出したかのようにハッと呟く。
「そうだ、まだアタシの名前を言ってなかったわね」
「ほへ? ルピナスじゃ……」
「ゲームネームではなくて、本名を名乗っていなかったのです」
なんと、2人とも本名ではなかったらしい。わたしも最近知ったけど、ゲームでは本名を名乗らないのが基本なのだそうな。
「アタシは、ルーピンよ。ほとんど変わらないけどね」
「わたしは霞水と言います。呼びづらければ、ネームのままで構いませんよ」
ルーピンと、カスミンだね。覚えたー
「わたしは七葉だよー。ネームと同じにしちゃった」
「……注意すべきなのかしら、まぁ、アンタらしくていいのかな」
わたしの不用心さを再認識した2人はクスクスと笑いだす。笑われている側としては不服を申したいところだけど、自覚をしている部分もあるので、ほっぺを膨らませる程度に留めるしかない。
そんな『ム~』としたわたしに気づいた2人は、揃って暖かい目をしたかと思うと、なぜか抱きついてきた。
「ほんと、ナツハは変わらないのね……」
「リアルで会うことが少し怖かったのですが、ぜんぜんそんな必要はありませんでした……」
約束はしたものの、ゲーム世界とは違っていたらどうしよう、リアルで会うことによって何かが崩れてしまうかもしれない、2人はそんな不安を抱えていたらしい。ゲームとリアルでは人格が変わる人も多いため、わたしがそうだったらどうしようと考えていたようだ。
2人のぬくもりが何も変わらないように、わたしも変わらないよ。
「わたしは、わたしだよ」
「安心した」
「ですね」
いつでも、どこでも、わたしはわたし。みんなもそうだよね。
「それじゃあ、さっそく行きましょ!」
「……どこに行くの?」
「え、決めてないのに誘ったのですか……?」
ありゃりゃ、会ったあとのことは考えてなかったよ。
相談の結果、わたし達は駅前に隣接する乗り場からバスに乗って、都内でも大きなショッピングモールにやってきた。ここに来ればなんでもあるので、目的にも困らないということである。
「……遠いなぁ」
「いくら自動運転でも、モールの中までは運んでくれませんよ」
好奇心を刺激される公園なら歩けるのに、人が多いだけの道は気力が削られて歩く力が出ない。誰かセグウェイでも貸してくれないかと願っていると、少し高い位置から声を掛けられる。
「ナツハってゲームではチョロチョロしてるのに、リアルでは全く動かないのね……」
「だって疲れるんだもん」
「そんなことを言っていたら太ってしまいますよ。昨今では機械技術やAIが発達していますが、だからこそ、リアルでの運動を意識しないといけないのです」
「運動を意識するとかイヤだよぉ。2人とも意識高い系だよぉ」
積極的に歩くだなんて、わたしには無理なのです。はい。
「ほら、ぐだぐだ言ってないで行くわよ。ちゃんと歩かないと、置いてっちゃうからね」
「待ってよー。わたしも歩くからー」
いろんな店が建ち並んだショッピングモールは3階建てになっており、わたし達は吹き抜けの広場を抜けた先にあるエレベーターに乗り込んだ。
『いらっしゃいませ』
「う~ん、とりあえず洋服を見に行きましょうか」
『2階に参ります』
洋服を見に行くみたいだね。さすがオシャレ女子、わたしとは発想が違う。
流れるAIの声に返事をすれば、壁に洋服店までの地図が表示される。いくつかの候補と共に詳細がポップされる案内を見たルピナスは、1つの点を指してニコリと笑った。
「なにかいいお店でも見つけたのー?」
「ふふん、アタシのオススメよ。きっとナツハも気に入ると思う」
「おー。オススメかー」
「こう見えてルピナスは、服のセンスだけはありますからね」
わたしが気に入るってことは、キャラクターものかな? ゲコゲコ~。
そんなわけないかとエレベーターを降りて、洋服店への道を進む。道中でもオシャレな店が何度も現れるけど、ルピナスはチラ見しただけで通り過ぎていった。わたしには何を判断しているのかわからないけど、彼女のセンスを信じていれば、きっと新しい出会いがあるに違いない。楽しみだねー。
「ふむふむ……」
「急に立ち止まってどうしたの?」
「…………迷った!」
迷ってたのか。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。洋服店でわたしをコーディネートしてくれたり、気づいたらトランポリンに遊ばれていたり、宝探しを最短でクリアしたり。
いろんな場所を巡って疲れたわたし達は、カフェでひと休みである。
「ナツハちゃん、本気でそれを食べるのですか……?」
「そだよー。見た目が面白いよねー」
「見た目だけは、ね」
赤、青、緑のパステルカラーがマーブルなカレーを食べていると、2人からドン引きされた。このあとは白、黄、黒がトルネードしたプリンを頼むつもりだけど、止めた方がいいのかな?
「それはそうと、βテストもあと1週間で終わりか……」
月末には夏休みが始まるため、もうすぐでβテストが終わってしまう。来月には正式サービスが開始されるので寂しいということはないのだけれど、ゲーム内ではどこも緊迫した状況に急かされているのだ。
ラストダンジョンをクリアしなければならないと。
「入口は見つかって、付近の探索は進んでるんだっけ?」
「まあ、吸血系のモンスターがメインになると見当はついているのですが……」
わたしの質問に、フィリオの表情が曇る。攻略は上手くいっていないのだろうか。
「そこで、ナツハに相談があるんだけど……」
「なになにー。わたしにできることなら、なんでも言ってよー」
「アタシ達と一緒に、攻略組に参加してくれない?」
……え、
……武器、持ってないよ?