39話 キュリちゃん
円滑に列が流れ、順調にグッズが売れていった。お客さんの笑顔が増える度に、わたし達の笑顔も明るくなっていく。
そんな楽しい時間も夕方には去り、お祭りの余韻が漂い出す広場で片づけを始めようとしていると、随分と遅れて最後のお客さんがやってきた。
「すみません。まだ間に合いますか?」
「大丈夫だよー、ゆっくり見ていってね。……って、ジョージさん。それにキュリちゃんも!」
舞台横の階段から姿を表したのは、白いスーツを夕陽に染めた運営のジョージと、いつもに増してわくわくした表情のキュリちゃん。2人はテーブルに近づくと、興味深くディスプレイを眺めた。
「自主企画イベント、お疲れ様です。大盛況でしたね」
「うん。グッズが途中から足りなくなったから、販売はカエルさんに任せて、わたしは後ろで生産してたんだよー。運営からも、警備AIを出してくれてありがとねー」
舞台上、販売ブースの裏手には、わたしの倉庫から取り出した鍛冶釜が存在を主張している。ルピナスとフィリオの方でも品切れが相次いだので、さっきまで休み無く稼動し続けていたのだ。
そんな感じで予想外の事態はありつつも、商売に集中することができたのは、運営が広場に警備AIを派遣してくれたから。自主企画イベントの計画段階から相談に乗ってくれたジョージには本当に感謝している。もちろん、カエルの着ぐるみで奮闘してくれたマスターにもね。
「運営としても、こうしてβの段階から大規模な自主企画イベントが開かれたことは、学びの多い経験となりましたよ。今回の例を参考にして、正式サービスの際にはより活発的に自主企画を行ってもらえるようにしたいと思っています」
「それはいいね。みんながいろんな形でゲームを楽しめれば、もっと盛り上がりそうだよ」
こんな風に販売するだけじゃなくて、屋台が引き立つお祭りを開いてみたり、西洋の風景を生かしたイベントとか、現実では体験できないことをするのも面白いかも。そしたら、みんなが毎日ハッピーハッピー。
「ナツハさん、ナツハさん! わたしもグッズがほしいです!」
ありゃ、ジョージが社交辞令なんて話してるから、純粋乙女なキュリちゃんが待ちかねちゃったみたい。わたしのぬいぐるみやキーホルダーを眺めていたキュリちゃんは、ルピナスとフィリオのブースも忙しなく行き来している。
「いいよ、キュリちゃんも買ってね。どれがほしい?」
「もちろん、全部ですよ!」
おお、こんなに幼い(背はわたしと変わらない、ガクッ)女の子から、コンプリート宣言が飛び出した。
「全品購入だね、ありがとう。……でも、お金は持ってるの?」
いくら幼いキュリちゃんでも、さすがに全てのグッズを無料でプレゼントすることはできない。なかには1万ゴールドを超えるプレミアグッズもあるし、材料のハピネスストーンも底を尽きかけているのだから。
せめて5つくらいならプレゼントしてあげるんだけどな、と悩んでいると、キュリちゃんは心配無用と1つのガマ口財布を取り出した。
「わたしはこのときに備えて、お金を稼いできたのです! これだけあれば、なんだって買えちゃいますよ」
なんでもキュリちゃんは、ついさっきまでフィールドを駆け回って素材を採取をしていたのだそう。この前わたしと一緒に採取した分も換金したそうで、十分な資金を手に入れてきたようだ。
「どれくらいあるの?」
「えっへん、5千ゴールドです! たくさん稼いだでしょう、ほめてくれてもいいのですよ!」
パンパンに膨らんだガマ口財布を掲げるキュリちゃん。余程がんばって採取してきたのか「ほめてほめて」と満面の笑みでわたし達を見つめている。
……でも…………
「……ごめんね、キュリちゃん。5千ゴールドじゃ、全部のグッズは買えないよ……」
「え……」
一瞬にして、幼い顔から笑みを消してしまうキュリちゃん。
「買えても、4つかな……」
「そうなの……、ですか……?」
あんなにがんばったのに。瞳を伏せるキュリちゃんは、答えを求めるようにジョージへと振り返る。
「……そうだね」
短い答えに胸を押さえるキュリちゃんに、ジョージは地に膝を突いて視線を合わせた。
「お金を稼ぐということは、とっても大変なんだ。人が生きていくのは、とっても大変なんだよ」
「でも……、わたしは……」
相手がAIであるかどうかなんて関係無い。ジョージの言葉には心に寄り添う暖かみがあった。
それは、キュリちゃんになら、しっかり伝わっているはず。
だからこそ、キュリちゃんは涙を流しているんだ。
「キュリちゃんは、キュリちゃんだよー」
「……はい」
「それじゃあキュリオス……、いや、キュリちゃん。自分で稼いだお金を、よく考えて使ってみなさい」
「よく、考えて……。わかりました」
「……キーホルダーをください! みなさんと、ずっと一緒にいたいから!」